第八話 女騎士リーゼロッテ
第八話 女騎士リーゼロッテ
ガーフシャールは服屋を探して歩いていた。微かなガーフシャール自身の記憶を頼りに大通りを歩き、商業地区内に数件の服屋を見つけた。
「服って高級品だよな・・・確か仕立屋と古着屋がある気がする」
実際、あやふやなガーフシャールの記憶は当たっていて、仕立屋を利用するのは貴族か豪商くらいである。多くは古着、しかもほつれや穴あきを補修した古着、お古と言った方が良いだろう。
ガーフシャールは孤児で、捨てられていたボロ布なのか服なのかわからない状態の服を着ていた。兵士になった際、衣服が支給されたのが嬉しかった。ゴワゴワの麻かなにかの下着でも嬉しかったのだ。
古着屋を見つけたので入ってみる。黴の匂いが鼻を突く。
「いらっしゃいませ・・・お買い物でしょうか?」
店員が近寄ってきた。ガーフシャールは金貨を手渡し、コートを含めた一式を見繕ってもらう。金貨を手渡すと怪しんで見ていた店員は掌を返し、服を選んでくれた。
ウールの厚手のコート、シャツ二枚、ズボン二枚、ジャケット、靴、下着を数枚買う。大きめのザックも貰い、着替えもし、着替えはザックに詰める。
金貨で買えた服はガーフシャールの記憶を辿ると上等であるらしかった。麻の下着なのでゴワゴワしているのには変わりないのだが。
「良くお似合いです。商家のご子息ですか?」
「いえ。服をありがとうございます」
ガーフシャール礼を言うと古着屋を出た。
「これで遊郭ジャオンルーに行き、ギリーとカリールリーファにも会ったし、まあ抱かなかったけど、ボーンデの遺言は終わったでいいよな・・・」
ガーフシャールの胸にちくりと針が刺す痛みがした。カリールリーファの唇の感触を、舌の感触を思い出してしまう。
カリールリーファは神秘的で、綺麗だった。
「俺がもう少し大人で、稼ぎがあれば・・・」
ガーフシャールは首を振ってカリールリーファの事を頭から締め出し、大通りを歩いた。大通りの奥に一際大きい建物が見える。領主一族のお屋敷だろう。上手くいけば仕事が貰えるかもしれない。何しろ、子爵家だ。
「で、でかい。砦よりも大きいんじゃないか? 確かグレルアリ子爵家だっけ。凄いな」
屋敷は城と言っても言い過ぎではなかった。城壁に囲まれ、門には二人の衛兵がいる。
「なんだ小僧! ここはご領主さまのお屋敷である。来たところで仕事もないし、施しもない。帰れ! 帰らぬと斬るぞ」
ガーフシャールは衛兵に短剣を見せる。
「デルーグリ様より顔を出すよう命じられています。ご案内もしくはお呼びいただけませんか」
「そ、その短剣は・・・貸せ」
衛兵が短剣に手を伸ばして来たので手を引く。
「申し訳ございません、デルーグリ様の短剣、お貸しするわけにはまいりません」
「その短剣はご領主様一族の身分を証明する貴重な品だ。ゆめゆめお主のような平民が持って良い物では無い。何処で盗んだのだ?」
どうやらデルーグリはとんでもない品をガーフシャールに手渡した様だった。
「功により賜った品です。手離すにはデルーグリ様の確認が必要です。お呼びを」
「何を騒いでいるのですか?」
「これはリーゼロッテ様! お騒がせして申し訳ありません! この者がデルーグリ様の短剣を持っていたので問い詰めていたところです」
声の主はガーフシャールと同じくらいの体格の女性、年はガーフシャールより上だが、二十歳前後であろう。目を見張ったのは出で立ちだ。帯剣し、上物と思われる簡易の革鎧を装着している。栗毛色の髪はさらりと肩まで流れ、精悍ななかにも美しさを備えた女性だった。美しさの中に強さが同居している感じである。
「短剣?」
ガーフシャールは短剣を見せる。リーゼロッテは短剣を眺めるだけで、受け取らなかった。
「確かに弟の短剣です。ガーフシャールですね? 弟から話は聞いています。お入りなさい」
「リーゼロッテ様! 下賎な輩を入れる訳には! リーゼロッテ様の身に何かあったら大変です!」
「くどい。下がりなさい。私がこの子に負けるとでも思っているのですか? 疾風のリーゼロッテが? ああ、そうね。貴方は兵士だったわね。ちょうどいいわ。稽古に付き合いなさい。殿方が相手だと体力がしんどくて、たまには貴方でちょうどいいわ。付いてきなさい」
リーゼロッテは後ろを向くと門を潜り、広大な中庭に出た。兵舎らしい建物に入ると、武器が所狭しと並んでいた。
「好きな得物を取りなさい。君や私の体格なら余り太い大剣は無理なのでこの辺の細い剣がいいわ」
ガーフシャールはサーベルを受け取った。細身の片刃の曲刀である。雰囲気としては日本刀に近い。近いというか、ほぼ日本刀だった。
思わず懐かしくなり、大巨匠の映画の真似をした。居合いで相手用心棒を斬り捨てる場面だ。鞘で曲率半径を持った刃を滑らせて高速で剣を抜きはなつ技である。
ガーフシャールが居合いの真似をすると、リーゼロッテが目を見開いた。
「なんです。その技は?」
「故郷に伝わる秘剣ですので、ご容赦いただきたく」
ガーフシャールは大仰に断ってみせる。
「そ、そうですね。いきなり秘剣を教えろと言われても無理ですよね。さ、打ち合いますよ」
リーゼロッテは非常に残念な顔をしていたが、入って来た入口とは別の入口から出た。校庭ほどの大きさの練兵場と思しき場所だった。何人かの騎士が打ち合いの稽古をしていた。
大柄で体格が良い騎士達は力任せに大剣を振り回すスタイルだ。剣術もなにも無い。
「彼奴等の相手は大変なのよ。さ、やるわよ」
ガーフシャールは小学校の少年団で習った剣道を思い出しつつ、素振りを始める。足を固定したまま、肩、肘、手首の順でしなやかに振る。最後、振り切ったら肩を入れ、剣を伸ばす。次にすり足を組み合わせて素振りをする。
「変わった剣ですね・・・行きますよ」
リーゼロッテは足で立ったまま上段から思いっきり剣を振ってきた。速かったが、足を地に付けたままの剣など全く怖くはない。軌道が丸わかりだった。
ガーフシャールは軽くステップで躱し、右手で肩を触るとリーゼロッテは驚愕の表情をする。
「まずは一本です」
「な・・・」
リーゼロッテが声にならない言葉を発すると、回りの騎士達が集まって来た。
「行くぞ! 次だ!」
二本目は躱さなかった。中段で構え、受けると剣がはね飛ばされた。貧弱なガーフシャールでは受けきれなかったのだ。
「・・・ギャラリーが五月蠅いわね。屋内の剣術場へ行くわよ。手を抜くと怒るわよ」
リーゼロッテは鋭い目で俺を睨む。先ほどの武器庫は剣術場であった。小さな体育間ほどの大きさだ。
「さあ誰も見ていないわ。お心使い感謝するわね」
リーゼロッテは顔の横で剣を構える。ガーフシャールは中段で構えた。ガーフシャールは右足を大きく踏み出すと突きをリーゼロッテの喉元に繰り入れる。リーゼロッテは抜群の運動神経で辛うじて躱す。
「やるわね。見たことの無い剣。もう一本よ!」
今度はリーゼロッテが先に剣を振ってきた。顔の横から力一杯振られる。ガーフシャールは右側、リーゼロッテの左にステップして難なく躱すと籠手、正しくは剣の根本にたたき込んだ。リーゼロッテの剣は金属音を響かせて叩き落ち・・・なかった。
「く・・・なんて重い剣・・・やあッ!」
ガーフシャールは逆に剣を弾かれ、落としてしまう。残念ながら筋力の差があるようだ。
「やるわね。ただ技に筋力が付いていっていない感じね。体を大きくすれば強くなるわ・・・さ、弟の所に行きましょうか」