第六十三話 離間の計
第六十二話 離間の計
「今度はどうしたのじゃ? お主は怪我が多いのう。ほれ、薬湯じゃ・・・顔色も良いの。戦病が良くなったようじゃの。治らないと聞いておったが、不思議じゃの」
ダリム医師は苦い薬湯をガーフシャールに飲ませると部屋を出て行った。
十日間経過し、ようやく腹の痛みも消えてきた。食事を摂ると腹はまだ痛むが、ようやく歩けるまでに回復した。それよりも気分が爽快である。
「本当ね・・・顔色が良いわ・・・」
「俺を起こしてくれた時、リーゼロッテの魔力か何かが悪い物を全て流してくれた感じなんですよ・・・悪い物・・・あ、グーリヂューンの街はどうなったのかな? 俺が刺されたのは加勢を頼まれたからだった気がする」
「・・・突入隊十名が魔物が巣くう聖堂に突入したらしいんだけど、出てこないから全員死んだと思われているわ・・・でも今頃は全て倒されているんじゃない?」
「そうですよね」
グーリヂューンの街はグレルアリ騎士爵家が子爵家だったときの寄親、デルギルグフィ伯爵の領都である。現在滞在中のガルーシャの街から馬車で数日だ。
「・・・外が騒がしいわね。何かしら・・・アッ! 第九騎士団が来たわ!」
リーゼロッテは木窓を開けて確認すると、第九騎士団五名がジョコグエース子爵とやり合っている。
「どれどれ・・・いたた・・・」
ガーフシャールも痛むお腹をさすりながら木窓を覗く。
「いたいた・・・先頭の女騎士ですよ、俺を刺した奴。子爵様に酷い口調だな・・・騎士団ってそんなに偉いの?」
偉そうな女騎士がジョコグエース子爵に偉そうに命令口調で怒鳴っていた。体が大きく、ドレスより鎧が似合う女性である。
「やはりフールフーリだったのね・・・面倒な奴だわ・・・ドールヅフォーシュ侯爵の四女なのよね」
「ん? 何派なの?」
「宰相デルクスリド公爵様が寄親よ・・・宰相派ね・・・うちみたいな弱小貴族には関係無いわよ」
「何言っているんだい。辺境伯様は国王派っぽいよ。多分辺境伯様とデルギルグフィ伯爵様で派閥を組むっぽいけど、ちょっと弱いんじゃない? デルーグリ様は当然国王派だよ」
「・・・ええ?」
「どうやら王国では王位簒奪レースが始まっているみたいだ。慎重に動いた方がいいね。近い将来内乱になる可能性が高いんだ」
「そうなの?」
「魔物は内乱の為に誰かが蒔いたと思っている。問題は国王派が弱い勢力らしくて、かなりの確率で王権を失うと思っている。歴史の流れであり、現王朝の末期だと思う・・・後の派閥は?」
「デークマリ公爵率いる公爵派、ブルッシ侯爵率いる侯爵派ね」
「なるほど・・・あっ、突破した!」
第九騎士団五名がが子爵家の静止も聞かず、無理矢理屋敷に突入した。
リーゼロッテは並べてある銃二丁に弾を込め、火縄に点火する。ガーフシャールは銃を持って立ち上がると、ドア横に息を潜めて立ち、ドアが開けられるのを待った。
「ガーフシャール! 貴様の身柄を拘束する! ミーエルステーア様を殺害した犯罪者・・・ウゴッ」
ガーフシャールは先頭で入って来たフールフーリの足を払ってバランスを崩させるとドアを閉め閂を掛ける。リーゼロッテは足下がおぼつかないフールフーリが剣を抜こうとした所を銃で払う。
「く! 剣が!」
フールフーリの意識がリーゼロッテに向いているので、ガーフシャールは後ろから銃床でフールフーリの後頭部を打つ。
「が・・・」
「リーゼロッテ! 拘束を!」
「わかったわ!」
リーゼロッテはよろめくフールフーリを床に這いつくばらせ、腕を極めて顔に剣を押し当てる。ドアは激しく叩かれ、開けろという女性の金切り声が聞こえて来る。ガーフシャールはお腹を押さえ、脂汗を流して苦悶の表情を浮かべる。
「大丈夫?」
リーゼロッテが心配そうにしている。ガーフシャールは耳元で口裏を合わせるように囁く。
「く・・・デークマリ公爵様とブルッシ侯爵様と辺境伯様の会談が行われると言うのに・・・我らは警備にたどり着けないぞ、リーゼロッテ様不味いですね。デルーグリ様の転封の話も無くなるかもしれませんよ。折角今より王都に近い領地が分割になるのに」
リーゼロッテは一瞬驚いたが、直ぐに合点がいったようだ。
「この女にすっかり滅茶苦茶にされたわね。どうする?」
「会談だと・・・? そんな訳無い! 有るわけ無い! 私を騙そうとしているな!」
フールフーリは体を押さえつけられながら青い顔をしている。
「まあ兵卒である俺に言われてもなあ」
「でも会談っていつものアレでしょ? 皆さん和やかにされるのよね。でも今回は違うわ。なにか重大な議題があるらしいわよ」
「へ? でも我らには関係無いですよね」
「まあね。重大って何かしら・・・?」
「我らが行けないので会談の安全が保てないですよ・・・この女め! 褒美を貰い損ねた!」
ガーフシャールは軽く立つように手で指示する。リーゼロッテは頷いた。リーゼロッテがわざと力を抜くと、フールフーリはリーゼロッテを突き飛ばし、閂を開けて部屋を出た。
「大変よ! 今すぐ戻るわ! みんな! 戻るわよ!」
「で、でも犯罪者を!」
「それどころではないわ! 行くわよ!」
「はい!」
第九騎士団は慌てて屋敷を去っていった。
「どうしたのだ? 第九騎士団が慌てて帰っていったぞ? しかし噂に聞くフールフーリ隊は酷いな」
ジョコグエース子爵がため息と一緒に入って来た。
「計略を仕掛けました。辺境伯様とデークマリ公爵様とブルッシ侯爵様の三者会談を行うとデマを呟いたんです。慌てて嘘の情報を持ち帰りましたよ」
「・・・? どういう事だ?」
「王派と侯爵派、公爵派の三派が結託して宰相派を追い落とすと勘違いさせました。まあよくもあんなデマを信じるというか」
「頭まで筋肉なのよ。しかたないわ」
「そういうことか・・・お前達あくどいな・・・」
「宰相派、公爵派、侯爵派は今は共闘のはずです。離間させましょう。嘘の手紙を書いて、早馬を出して貰えます? わざと第九騎士団に捕らえて貰いたいなと。彼女たちでもわかるように密使を送ってください」
「手紙だと・・・? 私の名で出せば信憑性が増す訳か・・・」
「ええ。会談は中止、別途連絡・・・宰相様のスパイを演じて貰いますか・・・宰相配下の秘密工作組織とでも・・・?」
「無理よ。宰相は細かいことが出来る人間じゃ無いわ」
「宰相派のドールヅフォーシュ侯爵様は抜け目ないと聞く。侯爵様の秘密の手の物としよう。急ぎ書いて持たせ、追いつかせてフールフーリに指示させるか・・・お嬢様と言えば信じるだろ」
「フールフーリ様・・・どうされたのです? 顔色が優れませんわ・・・」
フールフーリは王都に向けた幌馬車の中で唇を噛みしめる。驚きであった。寄親であるデルクスリド公爵家を除いて密談を行っていたとは大変な驚きであった。
「お嬢様! お嬢様はおられますか! フールフーリお嬢様!」
馬車と平行して走る騎乗の者がいた。フールフーリは幌馬車を止め、降りると騎乗の者も降り、フールフーリに跪き、三通の書状を手渡した。
「お嬢様! 三通の怪しい書状が子爵様より出されました。書状の扱いを侯爵様に確認していただきたく・・・私への指示もお願いしたく・・・潜伏を続けるか、書状を届けるか・・・出来れば家内でも秘密の仕事ゆえ、侯爵様の前とて口出しはされぬよう・・・漏れて殺されては情報を吸い出せぬゆえ。お嬢様の手柄としていただきたく。密使を捕らえて書状を得たと」
「宛先は・・・デークマリ公爵様、ブルッシ侯爵様、辺境伯様・・・会談の調整役は子爵だったのね・・・子爵が領地を得たのは秘密会談の功だったのね・・・いいわ。流石お父様、部下を秘密裏に潜伏させるとは・・・わかったわ、見上げた忠義ね。書状は預かるわ。戻りなさい・・・違うわね。一カ月ほど遊びなさい。金貨をあげるわ。お酒でも飲んで」
「は」
「すまないけど急ぐわ」
偽の潜伏者は幌馬車を見送ると、急ぎ屋敷へ急行した。




