第六十二話 目覚め その二
第六十一話 目覚め その二
「俺達の大将! し、死んでるぜ兄貴!」
「馬鹿言うな! 俺達の大将が死ぬわけがない!」
幌馬車を引いて待っていたのはムロークとベルフォスの兄弟だ。ガーフシャールが刺されて、馬車でガルーシャの街で帰ってたのだ。依頼は流石に違う人に回して貰い、待機していたのだ。リーゼロッテはガーフシャールが寝かされた横に座る。
「兄貴! もしかしてリーゼロッテ様じゃねぇか! こりゃスゲエ!」
「リーゼロッテ様、馬鹿弟を勘弁して欲しい。俺達はガーフシャールと砦で一緒だったんだ。同じ第二隊だったんだ。俺は気絶して死んだと思われたらしい。弟は死んだふりだ」
「本当に・・・?」
「ああ。さあ行くぞ。何処だ?!」
「私が案内するわ! 付いてきて!」
シューリファールリ王女はキーミルに騎乗し、進み始める。早朝の街は人影が少なく、移動に好都合だった。ガルーシャの街を領するジョコクエーズ子爵の屋敷に到着すると、一人の衛兵が現れた。
「なんだなんだ・・・リーゼロッテ様・・・? どうされたのですか? 顔色が優れないですよ?」
幌馬車から降りたリーゼロッテを認めた衛兵が驚きの声を上げる。
「久しぶり、デールジ。真面目に働いているので安心したわ・・・ジョコクエーズ子爵にシューリファールリ王女とガーフシャールの保護をお願いしたいの」
「は・・・! これはシューリファールリ王女殿下! 大変失礼をしました! お入りください! あの時の不思議な馬も一緒ですね!」
衛兵のデールジに案内されて一階の大広間に移動する間にジョコクエーズ子爵が現れた。
「殿下! 一体何処に行かれていたのです・・・ガーフシャール? 死んでいるのか?」
ジョコクエーズ子爵は驚いてガーフシャールを見る。
「大丈夫です・・・なんとか一命は取り留めました。私が慌てた理由です」
「殿下・・・で、この者どもは・・・」
ジョコクエーズ子爵の視線はカリールリーファに釘付けだった。背から翼が生えているのだ。仕方が無いだろう。
「あら、ガーフシャールと一緒にこの街の魔物を退治したと聞いてますけど? ガーフシャールの私兵のカリールリーファと、同じく私兵のムロークとベルフォスの兄弟です」
三人は緊張しながら頭を下げる。
「お久しぶりです、子爵様」
「リーゼロッテ殿・・・どうされたのだ、酷く顔色が悪い・・・状況を教えてくれ。ガーフシャールはどうしたのだ?」
「フールフーリに腹を刺されたようです・・・激昂して無礼討ちにされたらしいです」
「そういうことか・・・彼奴らめ・・・わかった。二階で休んでくれ。医者も呼ぶ。生きて・・・いるな・・・おい!」
ジョコクエーズ子爵が叫ぶと、早朝にもかかわらずメイドが現れ、各々は客間に案内された。
ガーフシャールは冷え切った体に暖かい何かが流れて来たのを感じた。それは体の中を巡り、温もりをもたらした。何であるかわからないが、誰の物かは瞬時で理解した。それは目覚めなさいと、優しく語りかけてきた。ガーフシャールはそれが今までの良くない物を一晩掛けて全て包み、消化していった。悪夢が消え去り、ガーフシャールの心は暖かみで溢れていった。余りに暖かく、涙がこぼれた。逢いたいと強く願う。
誰かが額に触れた。ガーフシャールはそうっと目を開けた。
「よかった・・・お帰り、ガーフシャール」
「リーゼロッテ、様・・・」
「二人きりよ、様は要らないって言ったでしょ」
「じゃあリーゼロッテ」
「うん」
「結婚しよう」
「ウフフ・・・もう。軽口も出て来たわね。子供の癖に。君には早いわ。村が落ち着いたら考えてあげる。その頃には私はおばちゃんになっているわよ」
「また躱された・・・でも諦めませんよ。俺に魔力を流してくれたのはリーゼロッテでしょう・・・?」
「うん。魔力欠乏って言っていたわ・・・カリールリーファちゃんが。殿下も心配して王族を辞める発言までしたのよ・・・呼んで来るわね」
「え?」
「フフフ。罰が悪いでしょ。その身の軽さを少し反省するのよ。まあ二人とも子供だけどね」
「ここは・・・痛・・・」
「駄目よ! ここに来て三日間寝込んでいたのよ。懐かしいわね。元のガルーシャのお屋敷よ。第九騎士団に刺されたから保護を求めたのよ。しかし古巣ながら許せないわね。待っていてね。寝ているのよ」
リーゼロッテはウィンクして部屋を出た。バタバタと走る音と共に二人の女の子が入って来る。シューリファールリ王女とカリールリーファだ。
「殿下・・・お帰りになられたのでは・・・カリールリーファ・・・? 元に戻ったのか・・・? いや、翼は生えたまま?」
二人は泣くだけで何も話せない。
「心配をおかけしました・・・もう大丈夫です・・・」
「無理しちゃ駄目よ・・・? ホントよ?」
「はい、殿下・・・カリールリーファ、元のカリールリーファに戻ったね・・・二人は仲がよさそうですね・・・」
「そうよ! ね!」
「はい・・・!」
「じゃあカリールリーファ、これから殿下の護衛を頼む。殿下、邪魔じゃなかったらカリールリーファの世話を頼まれてくれませんか?」
「!」
カリールリーファは驚いた顔をする。
「そんな、恐れ多くて・・・!」
「あら、私は嫌い?」
「いえ! あの!」
「カリールリーファ、人を殺してはいけない。これは絶対だ。わかったね」
「はい。よ、よろしくお願いします・・・」
「でもどうしてカリールリーファがあの悪魔みたいな女の呪縛を・・・あ、また吸ったのか」
ガーフシャルの指に青白く光る指輪があった。
「うん」
「そうか、良かった。これでようやくあの女の呪縛が・・・あ、もしかして俺に・・・?」
「大丈夫、入っていないです・・・殿下の魔力も拒否したの・・・」
「ショックだったわ・・・もう!」
シューリファールリ王女がお腹を触る。
「い、いて!」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて手を引っ込めた。
「ウフフ・・・」
カリールリーファが笑っている。ガーフシャールは殿下から良い影響を貰ったと思った。以前は殆ど笑顔を見せなかった。同性の友人が必要なのだ。友人と言えるのか、身分が違い過ぎるのだが。
「あ! ムロークとベルフォスは!」
「安心して。無事よ」
「呼びましたか大将!」
「弟よ、五月蠅いぞ」
ムロークとベルフォスが入って来た。
「これからよろしく頼む、大将」
「? 何です?」
「ガーフシャールの部下になったのよ。明日から銃の稽古をするから。この二人は君が責任持たないと駄目ね。騎兵になって貰おうかしら」
リーゼロッテも入って来る。
「よろしくお願いします。騎馬隊も良いけど、銃装歩兵でいいかな? ここだと馬は手に入らないしね」
「ウフフ。決まりね。じゃあ早く良くなりなさいね」
リーゼロッテはガーフシャールの瞼を閉じさせると、皆を部屋から出した。リーゼロッテはガーフシャールが寝息を立てるのを確認すると、そうっと部屋から出て行った。