第六十一話 目覚め その一
第六十一話 目覚め その一
「ガーフシャール・・・連れて来れば良かった? でも頭が真っ白で・・・もう頼っちゃ駄目だと思ったし・・・」
リーゼロッテは木窓を開けて寒風を浴びながら紅茶を飲んでいた。早朝の風は冷たいが、頭を冷やすには必要だった。ガーフシャールを置いてきた後悔の念が沸き起こる。
正体のわからない雑多な感情が止めどなく巡るのを紅茶で押し流した。感情を処理できないでいるとキーミルが現れた。二階の窓にだ。
「きゃああ! キーミル?! キーミルなの?!」
木窓から顔を差し込んでくる白馬の名を呼んだ。間違えるわけはない。キーミルだ。
「ここは二階よぉ?! どうして飛んでいるの? 翼が生えているじゃないの?」
キーミルはリーゼロッテの裾を噛むと引っ張った。
「乗れっていうのね?! わかったわ。準備するから待ってて。お利口だから、ね?」
頭を撫でると、キーミルは下に降りて行った。
「天馬じゃないの・・・? どうなっているのかしら・・・? でも、行くわ」
リーゼロッテは急いで身支度を調える。鎧を身につけ、腰に剣を差し、銃を手に取る。生産が進んだ八丁の銃を持つ。銃と弾薬が入ったザックを背負う。一階に降りて行くと、デルーグリが部屋から降りてきた。
「どうしたんだ? 姉さん?!」
「デルーグリ! キーミルが呼んでいるわ! きっとガーフシャール君に何かあったのよ!」
「キーミル? 何言っているんだ?」
デルーグリが訳がわからないと顔をしている。
「外に居るのよ! 見ればわかるわ!」
二人で外に出ると、キーミルがリーゼロッテに駆け寄って鼻を擦り付けてくる。
「ゲ、な、なんだ?!」
「ウフフ・・・あの指輪の力かしらね・・・天馬になっているわ。じゃ行ってくるわね」
「姉さん、あいつを戦わせないように、見張っていて。こっちはデデとなんとかするから。お幸せに」
「・・・無理だと思うけどわかったわ。じゃあね! 行くわよ!」
リーゼロッテは大量の銃をキーミルにくくり付け、飛び乗った。
「さあキーミル! 連れて行って!」
リーゼロッテが叫ぶと、キーミルはふわりと浮き上がり、ガルーシャの街目がけて飛び立った。一刻ほどでガルーシャに到着する。リーゼロッテが連れて来られたのはギリー飯店だった。
「子爵様の屋敷じゃないの?」
リーゼロッテが躊躇っていると、キーミルは大きく嘶くと、扉が開いて少女が顔を出した。少女はキーミルとそっくりな翼を持つ、不思議な少女だった。
「リーゼロッテ様でしょうか? キーミルさんがつれて来てくれたのですね・・・」
「リーゼロッテ・グレルアリです。朝早く翼の生えたキーミルがいて・・・」
「カリールリーファといいます・・・さ、キーミルさん、裏にいくよ」
キーミルはカリールリーファに従って建物の裏に行き、草を喰み始める。
「ガーフシャールさんを助けてあげて・・・お願いします」
リーゼロッテは荷と一緒に建物に入る。
「ギリーさん! 王女様! リーゼロッテ様がいらっしゃいました!」
店にいたのは二人の女性と、男性だった。ギリーとデルコイの夫妻と、シューリファールリ王女である。
「リーゼロッテ! もしかしてキーミルに?!」
「はい・・・殿下こそどうしてここに? 子爵様の屋敷ならまだわかりますが・・・」
「手短にはなします・・・激昂した第九騎士団にガーフシャールが刺されて目が覚めないの。ガーフシャールが嵌めている指輪の力で傷は塞がったのですが・・・魔力なるものが欠乏して命の危険があるのです・・・」
シューリファールリ王女はリーゼロッテの手を握る。
「え・・・? 第九騎士団が・・・?」
「高慢な女騎士がガーフシャール君を無理矢理連れて行こうとしたの。砦の生き残りの二人が断ると激高した騎士に斬られたらしいわ・・・初めまして。ギリーと申します。元ジャオンルーの遊女です。夫のデルコイも砦の生き残りなの」
「砦・・・公国との戦い・・・?」
「そうだ。公子だかが討たれる所を見たぜ! さ、二階に行ってくれ!」
リーゼロッテはシューリファールリ王女の案内で二階のガーフシャールが寝ている部屋に入る。
「!」
「大丈夫、リーゼロッテ。死んでいないから」
シューリファールリ王女は驚きで声が出ないリーゼロッテの手を取り、ガーフシャールの右手を握らせる。ガーフシャールの右手には指輪が青白く光っている。
「あ!」
リーゼロッテは恐る恐る手を握るった瞬間、何かがごっそりとガーフシャールに流れた。嫌な汗が滝のように流れ、猛烈な目眩と吐き気、頭痛に襲われる。
カリールリーファがガーフシャールの容態を確認する。
「上手くいきました。もうガーフシャールさんは大丈夫です・・・リーゼロッテ様も魔力の欠乏になられています・・・鎧を脱いでお休みになって・・・」
カリールリーファは苦労してリーゼロッテの鎧を脱がすと、寝息を立てるガーフシャールの横に寝かされる。リーゼロッテはそのまま意識を失うように眠気に襲われた。
ドアがノック音でリーゼロッテが目覚めたのは翌日の朝だった。いつの間にかガーフシャールの右腕の中で眠っていたようだ。
「リーゼロッテ様、お目覚めに・・・」
「ほら、見なさい。恋人添い寝じゃないの。残念ね、王女様とカリールリーファ」
がっくりとうな垂れるカリールリーファとシューリファールリ王女。
「殿下・・・これ以上ここにいると迷惑がかかります・・・子爵様に保護を求めましょう・・・」
「あら? 別にいいのよ?」
「いえ・・・ここに踏み込まれれば殿下誘拐の罪で恐らくお二方は問答無用で殺されます。貴族という生き物はガーフシャールでさえ殺す程なのですよ・・・殿下の言い分など通らないかと」
「でも! ガーフシャールを助けてくれたのよ!」
「殿下はガーフシャールから、良い影響を受けたようで・・・殿下は皆を人間と思ってくださいますが、貴族達は違います。少しでも懸念があれば殺す事に躊躇いがありません。殿下もおわかりでしょう・・・? 特に今回は第九騎士団の誰かしら・・・沸騰しやすいフールフーリかしら? 彼女は貴族意識が高すぎて・・・何回止めた事か・・・殿下がガーフシャールの為に動くのを見て嫉妬したのでしょうね」
リーゼロッテは起き上がるが、床に転がってしまう。ギリーが助け起こす。
「大丈夫・・・じゃないわよね・・・わかったわ。馬車を用意するわ。あんた! 馬車を!」
「おう! 任せておけ!」
一階から威勢の良い声がする。
「今回の第九騎士団はフールフーリの隊なの・・・」
「本物の貴族の子で構成される面倒な隊ですね・・・」
「はい・・・前回の隊とは別なのです・・・」
「最悪です・・・今すぐ出ます」
「駄目よリーゼロッテ! 寝ていないと!」
「殿下、フールフーリの第一隊、別名知っていますか? 無礼討ち隊ですよ?! 何人の平民を斬ったと思っているんです? 私の前で三人斬りました・・・恐ろしい女ですあいつは。キーミルは目立ちます。直ぐにここがばれます」
「わかったわ・・・」
リーゼロッテは大きく息をすると、鎧を着始める。
「おい、手配した。下で待っている」
デルコイが二階に上がってきた。
「あんた、ガーフシャール君を下におろして」
「おう。大将・・・少し顔色が良いし、呼吸もしっかりしているな・・・がんばれよ、俺達の大将」
デルコイはガーフシャールを軽々と抱き上げ、下に降りて行く。
「ギリー、急に来てお世話になりました・・・あの、可愛い赤ちゃんが生まれるといいですね」
ギリーはシューリファールリ王女を抱き寄せる。
「王女様の妹よ・・・会いに来てね。お忍びだろうけど」
「絶対に来ます!」
シューリファールリ王女はギリーを小さい手で一生懸命抱きしめる。
「ギリーというのかしら・・・もしかして」
「私とカリールリーファはガーフシャール君の数少ない知り合いよ・・・カリールリーファは私が遊郭から出る際に買い上げたんだけど、今はガーフシャール君に買い上げて貰ったわ。カリールリーファもお願いね。翼が生えちゃったけど・・・」
「え・・・? あ、そういうこと・・・わかったわ。ガーフシャールをありがとう」