第六十話 二人の少女
第六十話 二人の思い人
「ククク・・・魔力の元が豊富だわ・・・魔石を回収しなきゃね・・・」
カリールリーファはガルーシャの街外れの廃墟に来ている。深夜の街は漆黒に包まれているが、カリールリーファは問題なく歩いていく。
「・・・四匹居るわ。大聖堂の外にも出始めたわ・・・この街でちょこちょこと見かけたけどこれが最後。大聖堂は騎士さんに任せましょうかね・・・フフフ・・・殺し合えばいいのよ・・・ざまあみろだわ」
カリールリーファは左右の手に氷の玉を四つ作り出す。崩れたドアから廃墟に入ると、一斉に撃ち込んだ。蜘蛛達は何も出来ず、氷漬けにされた。蜘蛛は大聖堂の蜘蛛より二回り小さく、上半身は人間では無く普通の蜘蛛だった。
「ふうん・・・大蜘蛛は小さい蜘蛛を産むの? それにしても成長が早すぎだわ・・・魔人の産む魔物の第一世代はあっと言う間に成虫になるのかしら・・・? まあ知ったこっちゃないわ。魔石を頂くわね」
カリールリーファは両手で蜘蛛の頭を持つと九十度回転させる。氷った体液を落としながら首が離れる。氷った頭を床に打ち付けると頭が砕け、魔石が獲れる。
掌に魔石を載せ、魔力を吸い取ると砕け散った。残りの三匹の魔石も回収し、魔力を吸い取った。
「・・・足りないわ。こんな小物の魔力ではガーフシャールに吸い取られた魔力に届かないわね・・・」
カリールリーファが外に出ると、キーミルが鼻息を荒くさせて待ち構えていた。
「お、お前はあの時の馬ね! ガーフシャールはどうしたの? まだ動けないのかしらね? 死んだの? 死ぬような蹴りじゃ無いはずだけど・・・あっ・・・」
馬に翼が生えただけだと思い、油断したカリールリーファはキーミルの目から発せられる魔力に絡め取られ、動けなくなった。
「く・・・私の魔力だわ・・・」
キーミルはカリールリーファの服をガブリと囓ると飛び上がった。
「ちょっと! 何処行くのよ! わかったから行くわ!」
呪縛から解かれたカリールリーファがキーミルの背に乗ると、もの凄い速さで飛び始める。
「ちょっとぉ! 寒いわよ! もう少しゆっくり!」
カリールリーファの叫び声は届かず、キーミルは飛び続けた。一刻ほどで隣の町、ガルーシャに到着すると高度を落とし、ギリー飯店に着陸する。
「ギリーさんの店だわ・・・私にどうしろっていうのよ・・・私は体を乗っ取ったのよ? 会いにくいじゃない」
カリールリーファはぐいぐいとキーミルに押され、夜のギリー飯店に入って行く。
「ええと、今日はもうおしまいなんです・・・カリールリーファ! カリールリーファね! お帰り!」
ギリーが笑顔で抱きついて来る。
「私はカリールリーファじゃない! 離れて!」
「いや、貴方はカリールリーファよ! 私の妹!」
「カリールリーファ、なのか・・・? 随分違うというか、背も高くなったし翼が生えている・・・聖堂に現れた使徒様か・・・?」
ギリーの夫のデルコイは目を見開いている。
「でも良く帰ってきてくれたわ!」
「あんた方がお盛んだから家を出たいというカリールリーファの隙を突けたのだわ! ギリーさんの嬉しそうな声を聞きっぱなしでカリールリーファは遠慮していたんだぞ! 少しは遠慮というか!」
「あら、今更じゃない。カリールリーファにお仕事の後の体のお掃除までして貰っていたのに。まあ一番量が多かったのはデルコイよね。本当に子供が出来ると思ったわよ。まあ直ぐに出来たけどね」
「よせやい。照れるじゃねえか。カリールリーファも良い感じだがギリーには敵わないな」
「ほら、そんなわけないのにね。ね、二階に行くよ。カリールリーファのご主人が待っているわ。恋敵様も居るわよ」
元のカリールリーファの寝室に案内される。中には静かに眠るガーフシャールと小さいが、気品に溢れた女の子がいる。
「・・・ミーエルスーテア? どうして?」
「・・・殿下? それはこちらの台詞です・・・どうして殿下が平民の家に? まあ私には関係無いわ。おかしいわね? まだ目覚めないの? 確かに私が逃げる時間を稼ぐために強めに蹴りを入れたけど、強力な指輪の力で勝手に治っていくはずよ? おかしいわね? 勝手に魔力を吸って吐き出すはずよそれ・・・あら・・・魔力欠乏が酷い・・・魔力を与えないとあと数日で死ぬわ」
「え? そんな凄い指輪なの? ミーエルスーテア」
「・・・殿下、ミーエルスーテアは死んでいるわ。私はカリールリーファの体にミーエルステーアが産んだ狂気の魔力を纏った存在。カリールリーファでもミーエルスーテアでもないわ」
「カリールリーファ・・・? ああ、あの」
「殿下? なんです? あのって」
「貴方がガーフシャールにぞっこんだってお聞きしましたわ。お、大人のキスをされたって・・・」
「ちょッ! 殿下と同じよ! 子供が年上に憧れるようなものよ! それよりもガーフシャールよ! 死にそうなのよ! 誰か魔力を分けてあげなさいよ!」
「魔力ってなに? カリールリーファ」
ギリーが不思議そうに訊ねる。
「不思議な力の元よ。殿下には少しあるわ。指輪を触って魔力を流してみて。というか勝手に吸い取るから」
「わかったわ・・・ガーフシャール・・・元気になって・・・」
「・・・弾かれたわ。残念ね。ガーフシャールは殿下を好まれていないのよ」
「仕方が無いじゃない! まだ子供だし!」
「コイツは散々私の魔力を吸ったわ。私の半分の魔力を吸ったのよ。狂気のミーエルスーテアから産まれた莫大な狂気の魔力をね。素晴らしい狂気だったわ。半分はクソ馬に吸い取られて私とそっくりな翼にかえやがったけど・・・ぎゃああああ!」
カリールリーファは恐る恐る指輪に触れる。指輪はガッチリとカリールリーファから離れず、どんどんと魔力を吸われていく。体もどんどんと小さくなる。
「やめて! 離して! 折角乗っ取ったのに! ぎゃああ! 私の魔力を吸わないで! 私が消えるぅぅぅぅ!」
指輪が青白く輝くとカリールリーファは元の身長に戻った。翼はそのままで、風貌からミーエルスーテアが消え、カリールリーファになる。
「カリールリーファが戻ったわ!」
ギリーがカリールリーファを抱き起こす。
「う・・・うん・・・ギリーさん・・・? 私は?」
「良かったわ! 本当にお帰り、カリールリーファ。ほら、シューリファールリ王女様よ。ご挨拶なさい」
少し成長の早いシューリファールリ王女と成長の遅いカリールリーファは同じ年格好に見えた。
「ウフフ。二人とも姉妹みたいね」
「安心したわ・・・カリールリーファも子供じゃないの・・・」
「・・・キス以上はしてくれないの・・・さよならの時だって抱いてくれると思ったのに・・・」
「何言っているのよ。あなた子供をまだ産めないじゃない。貴族の人達は非常に好むけどね」
ギリーはカリールリーファを強く抱きしめながらため息をつく。
「それより、ガーフシャールが目覚めるのかしら・・・?」
シューリファールリ王女はガーフシャールの手を握る。
「ううん、駄目ね。拒まれている・・・取り入れたら乗っ取られると思われている・・・魔力はミーエルスーテアの産んだ狂気の魔力だし・・・やっぱりあの方しか・・・でも魔力をお持ちなのかな・・・」
カリールリーファはがっくりと肩を落とす。
「この大陸に残る龍騎士家の直系は二人いるのよ。デルーグリとリーゼロッテの二人。王家は既に直系は途絶えているの。帝国もそうらしいわ」
「・・・じゃあガーフシャールを目覚めさせられるのは・・・」
「そうよ。失恋は辛いでしょうけど、私も諦めるから貴方も諦めなさいな。あの、邪魔しちゃだめよ」
「はい・・・騎士爵家を出られたので、もしやと思ったのですが・・・どうして殿下が顔を赤く?」
シューリファールリ王女に諭されたミーエルスーテアは顔を赤くするシューリファールリ王女を不思議そうに見る。シューリファールリ王女は二人がギリギリ一線で留まっているだけで、裸で抱き合ってキスをする、ほぼ恋人関係であることを知っている。
「あら? やっぱりリーゼロッテ様とガーフシャール君は恋人なのね?」
ギリーは敏感に気が付く。
「はい・・・デルーグリの者達は皆がほぼ恋人だって知っています・・・二人を止めているのはリーゼロッテが軍を率いると言うことでしょうか・・・半分くらい男と女の関係だって知ってますから。デルーグリはガーフシャールに全般の信頼を寄せています。皆リーゼロッテが降嫁されてもおかしくないと思っています・・・でもガーフシャールは優しいし、銃も貰っちゃったし・・・」
「あら、王女様も恋に悩むのかあ。まあさすが二人とも子供だし仕方ないわよ。二人とも残念だったわね」
「はい・・・」
「はい・・・」
「で、誰か辺境まで行かないとだめなのかしら。カリールリーファ、ガーフシャール君はどう?」
「・・・まだ数日は持つと思う・・・」
「じゃあ明日にしましょ。今日は寝るわよ」
ギリーが宣言すると、皆は言葉に従った。