表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
6/64

第六話 デルム砦攻防再戦 その二

第六話 デルム砦攻防再戦 その二


 大公軍第四騎士団隊長フォールーイは軍の後方から戦況を眺めていた。相手の兵は三百か五百、小さな砦の守備部隊だった。落とそうと五百の兵が向かったのだが、初戦は優勢に戦を進めたものの、翌日突如として現れた丸太柵の前に攻め落とせず潰走した。


 フォールーイは大公の第六公子で、ゆくゆくは軍を率いるのだろうと思っている。


 今回、五千の兵を率いてデルム砦に対陣した。流石にやり過ぎの気がしたし、消費する兵糧も大量となる。だが大公嫡子が率いる軍が負ける訳にはいかなかった。


 「む?」


 フォールーイは様子がおかしいと感じ、思わず立ち上がった。


 「ばかな・・・第一騎士団が潰走だと・・・相手は百だぞ? どうしてだ? どうなっている?」


 第一騎士団の後に大公嫡子近衛騎士団が布陣している。第二、第三騎士団は左右を、近衛騎士団の後方に第四騎士団が布陣する。


 騎士団と呼んでいるが、実際は通常の兵である。


 「伝令! フォールーイ様! 第一騎士団団長ベベルコイ卿討ち死に! 第一騎士団は壊滅です!」


 「なんだと!」


 「伝令! 敵兵二百! 近衛騎士団に突撃開始! 近衛騎士団は混乱により劣勢です!」


 「なんだと? 兄上は? 兄上はご無事か!」


 状況が全くわからなかった。突撃を行いたいが、第二、第三騎士団が挟み込もうと動き始めている。


 「伝令! 指揮を取っているのは子供の様です! 口上に現れたガーフシャール・ヴェールグという者だそうです!」


 「馬鹿言うな! そんな貴族はいない! ヴェールグは村の名前だぞ!」


 フォールーイは唖然としている。概要がつかめてきた。


 「くそ! 相手は百じゃなくて、二百か! 百は伏兵であったか! のこのこと五百がつり出されたのか! あの単細胞め! 口上で逆上したのか!」


 五百の兵が二百の兵で包囲され、壊滅。潰走時に後詰めの五百と衝突、さらに包囲されて壊滅させられる。生き残った兵は近衛騎士団目がけて潰走、後を追って混乱する軍に鋭く突撃を行ったのだ。


 「なんという・・・とんでもない司令官がいたものだ・・・近衛騎士団が・・・持たない・・・僅か二百の兵に負けるのか・・・」


 混乱は近衛騎士団にも飛び火している。


 第二、第三騎士団が治めにかかっているが、混乱した兵を持ち直すには時間がかかるだろう。第四騎士団の出番はなかった。戦場は混乱を極めている。


 「伝令! 相手兵壊滅! 全員討ち死にです! 公子殿下をお連れしました・・・」


 「おお、兄上はご無事であったか!」


 フォールーイが伝令に連れられ、席を立つ。血みどろの近衛騎士がいた。


 「フォールーイ様! 申し訳ございませぬ! みしるしをお守りするのが精一杯でございました! お供いたします!」


 首を持ってきた騎士はフォールーイに手渡すと喉を搔き斬り、息果てた。


 フォールーイは声を出せず、震える手で兄の首を持ち上げた。恐怖を浮かべる目を閉じ、白い布で丁寧に包む。


 「兄上を丁重に塩漬けにしろ。第二騎士団にお渡して、大将軍閣下に仇を討つと申し伝えろ。我らが時間を稼ぐ間に撤退をご進言申し上げる。第四騎士団! 弔いを行う! 狙うはにっくきデルム砦! 総攻撃を掛ける! 相手は神がかった強さである! 恐らく我らは助からない! 行くぞ! 兄上の仇だ! 全軍、死ぬまで戦え!」


 フォールーイは第四騎士団千名を率い、デルム砦に襲いかかった。弱兵だった。恐ろしく弱く、歯ごたえもなく陥落させた。報告で聞いていた丸太柵もみあたらなかった。


 「おかしい! おかしいぞ!」


 フォールーイは捕虜となった太った司令官を見下ろしている。


 「お前ではない! ガーフシャール・ヴェールグだ! あの子供は何処だ! くそ! 一体どうなっている! 俺達は誰に負けたんだ! ええ? 誰に負けた!」


 フォールーイは声を張り上げる。砦の中を探したが、該当する人物も、死骸も見あたらなかった。太った司令官もそんな人間は知らないと声を張り上げる。こびへつらう司令官をフォールーイは斬り殺した。


 フォールーイは砦を出て、混乱が収まった近衛騎士団に向かって行った。青ざめる大将軍が立ち尽くしていた。大公の弟殿下だ。


 「大将軍閣下・・・」


 「フォールーイ、これはどういう事だろう? 一体何が起きた?」


 「口上に負けて逆上した第一騎士団の半分がつり出され、百だと思っていた敵の伏兵かなにかに襲われ、包囲、壊滅。逃げる兵と進軍する兵が衝突し、混乱、包囲されて壊滅。近衛騎士団にむかって潰走を開始、後から決死の突撃を敢行、でございましょう」


 「・・・司令官はいたか」


 「ガーフシャール・ヴェールグという子供です。砦にはいませんでした。先の小競り合いの指揮を取っていたのも子供です。同一人物でしょうか。突撃隊におりませんでしたか?」


 「おらぬ。ガーフシャール・ヴェールグ・・・そんな貴族はいないはずだ」


 「今回の戦は・・・」


 「負けだ。損害は千五百だ。公子殿下も、近衛騎士団長も討ち取られた。死を恐れぬ突撃だったようだ。死を恐れぬというか、槍兵を送り届けるために護りの兵が死んでいく感じだったそうだ。恐ろしい突撃だったと聞く」


 「そうか、こいつら王国に良くある時間稼ぎの兵か・・・普通は反乱を起こして自滅するのですが・・・」


 「・・・独自の司令官を立て、我らに攻め入ったのか。だからあのような無謀な突撃を行ったのか・・・」


 「砦にいた司令官は砦に来て数日だったようです。今回の子供の司令官も先の柵を用いた戦いで指揮を取ったと言われる子供と同じ人物でしょう。その前の小競り合いで砦の隊長は討ち取ったと聞いています・・・」


 「隊長を討ち取ったらとんでもない子供が指揮を取り、公子殿下を討ち取ったと言う訳か・・・我らは五千の軍勢だぞ。僅か二百に・・・撤退する。砦を破壊しろ」


 「御意」


 こうして、公国の領土拡大の夢は果て、王国はつかの間の平和を享受する事となった。公国にガーフシャールの名は悪魔の名の如く刻み込まれたが、肝心の王国に英雄の名は刻み込まれなかった。






 俺は痛みで目を覚ます。何が起きたのかわからない。左右を見まわすと、遠くに城壁が見える。俺は人気のない街道にいた。戦場は遙か遠くだ。


 「ぐ・・・」


 腹を押さえて口から血を吐くボーンデがいた。


 「ボーンデ! どうしました!」


 「ガーフシャール・・・お前ぇは勝手に軍をうごかした罪で除隊だ・・・ぐ、逃げるのに深手を喰らった・・・」


 「え? なに言っているのですか?」


 「中隊長からの最後の命令をいうぞ・・・第一中隊から第三中隊全員のカンパだ・・・みんなの分までいい女を抱いて、良い酒を飲んで生き延びれ・・・死ぬのは絶対に許さない・・・そこの街の遊郭ジャオンルーの一番娘デーファか禿のデールファを抱けと・・・デールファは生娘だ・・・これだけあれば足りるさ・・・金貨三十枚分だぜ・・・ごふ・・・最高にたのしかった・・・」


 ボーンデは息絶えた。腹には深い傷があり、致命傷だった。


 「なんだよこれ! 俺だって一緒に死ぬって思っていたんだ! 死ぬのは許さないってなんだよ! みんな・・・俺も一緒に死なせてくれよ・・・」


 俺はガーフシャールの魂が泣き叫ぶと思ったのだが、既に俺の中にはいなかった。既に満足し、かき消えていたのだ。俺はボーンデを弔うと、側の小川で体を洗った。墓標は俺の剣だ。粗末な皮の鎧は脱ぎ捨てた。兵士らしさは皆無になる。


 服に付いた血糊も洗い流す。服が乾く間、俺は草むらに横になり、空を眺めた。不思議と涙は流れてこなかった。また一人になってしまった。俺は服を着ると、街に向かって歩き始めた。


 「俺は脱走兵ガーフシャール。除隊兵か? まあ名前を変えようか・・・いや、誇りあるガーフシャールの名を変えるのは嫌だ」


 俺は独り言を発しながら街道を歩いていく。街道は森を抜けると、麦畑が広がっていた。風で穂が揺れる。


 ザックがズッシリと重かった。銀貨や大銅貨、小銅貨がびっしりだ。俺は何の街だがわからないが、街に向かって行った。地理が全くわからない。


 俺にはやることがある。二週間か一ヶ月、何もしないことだ。米軍は戦地から戻る際、二週間何もさせないで自由な時間を与えるとテレビで見た記憶があった。戦場での常識や意識を一般の常識に修正させる時間らしい。


 街にたどり着くと、俺は見上げてしまった。大きかった。巨大な城壁が街を包んでいた。列を成して街へ入る手続きをしているようだ。


 俺も列に並んで街に入ることにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ