第五十九話 受難
第五十九話 受難
シューリファールリ王女は短銃を構え、魔人を狙う。魔人は蜘蛛女だ。下半身が大蜘蛛、上半身が女だ。デルギルグフィ伯爵が治めるグーリヂューンの街の大聖堂が魔人で占拠された。運悪く居合わせたのだ。
シューリファールリ王女は引き金を引くが、狙った眉間ではなく、下半身である蜘蛛に当たる。大蜘蛛の女は叫び声を上げ、大聖堂内に入って行く。
シューリファールリ王女は大蜘蛛の半分は人間だと認識してしまった。手が震え、眉間を撃ち抜く事が出来なかった。
「今の内よ! 住民を避難させて!」
シューリファールリ王女は必死で叫ぶが、第九騎士団に囲まれ、現場から遠ざけられる。領兵はいるものの、突入隊十名は出てこなかった。
「駄目よ! 私がいないと!」
「いけません! お逃げ下さい!」
シューリファールリ王女は叫ぶが、羽交い締めされて大聖堂から遠ざけられようとしていた。空中から何かがふわりとシューリファールリ王女の前に降り立った。
「キーミル?! どうしたの!? キーミルに乗るなんて貴方たち誰?!」
キーミルには見知らぬ男二名が騎乗している。キーミルがシューリファールリ王女の裾を噛み、引っ張った。
「・・・え? 乗れって? どういう事? ガーフシャールに何かあったの・・・?」
先にムロークが目覚めた。
「ここは・・・あああ!? どうしてガーフシャールを殺した奴らの巣窟へ? おい、馬よ、早く逃げないと殺される! こいつ等は貴族の権威を傘に威張るクソどもだ! 早く逃げるぞ!」
「待ちなさい・・・ガーフシャールが殺されたですって・・・?!」
「そうだ! 女騎士が激昂して無礼討ちだ! ガーフシャールは俺達を逃がすために斬られた! 偉そうなそいつ等だ!」
「どうして第九騎士団がガーフシャールの所にいるの?」
「知るか! おい、ムローク起きろ! 逃げるぞ! 逃げろ、馬! 飛べよ!」
「無礼な! 殿下に向かってその口は何だ! 平民め! 成敗する!」
第九騎士団は一斉に剣を抜いた。
「止めなさい! シューリファールリ王女は額のティアラと王家の紋入りの短剣を投げ捨て、従者の女騎士から短銃と火薬、弾入りザックをひったくる。
「私を案内して! 早く!」
「殿下! お気を確かに! 平民の言うことを聞いてはなりませぬ! 今斬って捨てますゆえ、しばしお待ちを!」
「黙りなさい! 私はこの時点で王家を捨てます! キーミル、案内して!」
シューリファールリ王女はキーミルにひらりと飛び乗ると、飛び立った。
「待って下さい! 殿下!」
地上から声がするが、シューリファールリ王女は無視して飛び立った。キーミルは見たことも無い速度で飛び続けた。
「ガーフシャール、無事で・・・」
シューリファールリ王女は魔人を残してきたことに罪悪感を感じてしまうが、第九騎士団が居る以上、彼女らに安全な場所へ移されてしまうだろう。戦えないのは同じであった。
問題は第九騎士団だった。今回は前回とメンバーが変わったのがいけなかったようだ。シューリファールリ王女が平民であるガーフシャールに騙されている、拐かされている様に見えたに違いない。
キーミルは恐るべき速度で現場に到着する。ふわりと着地すると、シューリファールリ王女は降り立った。
「ここねキーミル?! ガーフシャールは何処?!」
シューリファールリ王女は見まわすが、焦ってしまい、何処に居るのかわからない。
「兄貴! 馭者席に!」
三人は慌てて馭者席に向かう。
「きゃあああ! 嘘! 嘘! ガーフシャール起きて! 起きてぇぇぇ!」
シューリファールリ王女にはガーフシャールが腹から血を流し、死んでいるように見えた。
「嬢ちゃんが誰だか知らないが死んではいない。だが脈も弱い。おい毛布を出せ毛布! 弟よ、毛布だ! それからタオルと酒だ! ワインがあっただろ!」
ムロークが叫ぶと、ベルフォスは荷台から毛布とタオルを持って来る。ムロークはタオルを水で濡らすと、ガーフシャールの腹部を露出させ、体を拭き始める。
「なんだと・・・?」
「どうしたのです!」
「傷口が、もう塞がっている・・・どういう事だ?!」
「ええ?!」
三人は傷口を見るが、出血は止まり、傷口が閉じつつあった。
「まあいい。ありったけの毛布だ。火を焚いて温めるぞ。明日、陽が昇り次第出発だ! 街へ戻るぞ」
ムロークはワインで傷口を消毒すると焚き火の側に移動し、ガーフシャールを暖めた。
リーゼロッテはミーケールの街の城壁を眺める。足取りは重い。意を決して村に戻る。屋敷に戻ると、デルーグリの執務室をノックした。
「デルーグリ、帰ってきたわ。ちょっといい?」
リーゼロッテは執務室へ入っていく。
「姉さん? 戻ったのか? どうだった? ガーフシャールはどうした? 二人で暴れたんだろう?」
リーゼロッテは胸が抉れる思いだった。思わず下を向いた。
「もしかして・・・再発したのか・・・? 苦しまずに逝けた? 姉さん」
リーゼロッテは首を振った。
「出来なかった。私が殺すなんて出来なかったわ。辺境伯家に頼まれて周辺の魔物調査に、ガルーシャに訪れたんだけど、夜中に叫びながら飛び起きるのよ・・・大失敗だったわ・・・ガルーシャで金貨二百枚を置いて、別れたというか、私が先に宿を出て来たわ。ガーフィシャールがいるとどうしても頼るから」
リーゼロッテは力なく椅子に座る。
「あら、おかえりなさいませ・・・ガーフシャールは?」
ミシェリが紅茶を二人分持って入って来た。
「ミシェリ、ガーフシャールの戦病が再発した。重症のようだ」
「え・・・そう・・・じゃあ・・・でもリーゼロッテ様の手になるのでしたら、ガーフシャールも本望かと・・・」
ミシェリは一瞬驚いたが、もうこの世にいない事を理解した。
「違うんだ、姉さんとガーフシャールはガルーシャの街で別れたというか、宿に置き去りにしたらしい。金貨二百枚は手切れ金として渡したようだ」
「そうですか・・・でも生きていて良かった・・・」
ミシェリは少し安堵する。
「ガーフシャール・・・王国の功労者なのだけど、全く報償も貰えず・・・おかしな侯爵令は出るし一体どうなっているんだ・・・」
デルーグリはガーフシャールが報われないと思ってしまう。王国は貴族社会だ。貴族に無ければ人にあらず、という風潮がある。
「姉さん、デデには伝えた? 伝えていないなら俺から言っておくよ。姉さんはもう休んで。自慢の龍騎兵隊も解散だな・・・ガーフシャールの私兵みたいな感じだからな・・・デデと相談するか・・・」
「ごめんなさい・・・一緒にいたのに・・・不用意に戦のあった街に行くなんて・・・」
リーゼロッテは堪えていたものが決壊し、ボロボロと涙がこぼれてきた。
「違うぜ、姉さん。いままでありがとう、だ。姉さん。もの凄い早さで村の産業と軍事を調えたじゃないか。再会出来たら、胸を張っていうんだ。村を大きくしたぞって。死んだわけじゃないんだ」
「そうよリーゼロッテ様。そのうち会えますよ」
「ありがとう、ミシェリ。そうね、会えるわよね」
「姉さんは休んで。ミシェリ、デデを呼んで来て」
二人が部屋を退出すると、デルーグリは大きくため息をついた。
「やはりあの時、砦で戦わせないで逃がすべきだった。すまん」
口に含んだ紅茶がいつもより苦いと思った頃、デデローコグリツデセスがやって来た。
「なんだ、急用って」
「デデ、ガーフシャールの戦病が再発した。当家では戦にどうしても狩り出してしまうため、当家を離れることになった」
「・・・そうか。我らの集落で預かっても良いのだが・・・別れの挨拶をさせてくれ」
デルーグリは首を振った。
「ガルーシャの街で姉さんと別れている。騎兵隊は解散だな・・・デデはどうする?」
「・・・族長と相談する。俺自身は馬と食料を交換してくれる限り、残しても良いと思う。山に帰っても仕事がある連中じゃないしな」
「最悪、俺とデデで軍を率いる事になるかもしれない。心づもりを頼む」
「お嬢殿は・・・嫁に出すか?」
「ガーフシャールが望めば・・・完全に忘れさせるために会わない方が良いのかもしれないな・・・どうしたら良いと思う?」
「大将のことだ、何かあれば絶対に先頭に立って戦うぞ。辞めた方がいいかもな。お嬢と大将は相性が良さそうだがな」
「あと、王国が乱れそうだ。誰かが支配を狙っている。だけども兵を出せる感じじゃないな」
「大将は的確で恐ろしい程強いからな・・・お嬢殿だけだと弱くなるな。俺と騎士爵殿ではもっと弱くなる」
「少し軍の勉強をせねばならないなあ」
「言いたいことはわかるが、どうやってだ? 軍を率いるのは、剣を振っていても駄目なんだなと大将を見て思った」
「ああ。まいったなあ」