第五十六話 辺境伯の問い
第五十六話 辺境伯の問い
「体はどうだ、ガーフシャール。閣下より直筆を頂いた。これで先の戦いの褒美とせよ」
シューリファールリ王女が泣き止んだ後に辺境伯が入って来て、一枚の羊皮紙を手渡された。先の侯爵令は無効と書かれている。王のサイン入りだ。
「ありがとうございます・・・」
「公爵令は取り消せなかったのだ。だが領を跨ぐ令は王族しか出せない。何かあったら王の命があると言うが良い。で、相変わらず千里眼だな。お前は謀反が起きた場合、どうなると見る?」
「・・・本当はガッツリお金でも取りたいですが・・・書状のお礼があります。俺の意見で良ければ」
「頼む」
「辺境伯様とデルギルグフィ伯爵様に他の貴族に打ち勝てる兵力があれば強大な王権の復活は可能ですがいかがです? 連合軍みたいな格好になったら兵力の分だけ権力を持って行かれますよ。良くて傀儡、間違い無く簒奪されるかと」
「・・・そうか。他に手は無いか?」
「権力をもっていかれるのであれば、渡してしまえば良いんです。先手を打ってしまうのも良いかもしれません。立憲君主体制へ移行した方がいいかと。貴族院を建て、領地貴族が一票の投票権を持ち、過半数で物事を決めます。貴族院の中から首相を選び、王国の運営を一切行わせます。貴族院が立法、首相が行政。俺は首相が大将軍を兼務しても良いかと思います。
憲法という国の基本的な決まりを決めた法律を決め、王も法律に規定して従わせます。王は君主と言うより、国家元首として位置づけるんです。首相の任期は三年を三期までとかですかね? 貴族院が領地貴族なのは出兵の義務も負うからです。法衣貴族では無理ですよね」
「待て。それだと数の多い派閥の意見が王国の政策になるぞ」
「そうです。政治は本来そのような形で有るべきです。ただ、不正蓄財などは厳しく取り締まる必要がありますね。立憲君主体制ってもの凄く安定しますから」
「王は何をするのだ?」
「基本は承認、否認を行います。否認をすれば廃案になります。外国との条約締結、人事権。非常事態の臨時職任命権。あとは政策実行状況の監視者になって貰いたいです。食料の供給状況とデフレやインフレに気を使って欲しいなと。貴族も平民も一緒で、まず食えること、次にある程度のお金を持てること。この二点を抑えれば不満は少なくなるはずです」
「デフレ? インフレ? なんだ?」
「物価が下がる状態がデフレ、上がる状態がインフレです。基本的に物価が下がると言うときは経済活動が悪化して平民にお金が無くなった状態です。僅かな物価上昇を維持していくのが理想ですが難しいんです」
「待て、そのようなもの制御できんだろう」
「政府で任じている人間の給料や政府がきちんと給料を払って道路や橋を造れば、民にお金が行き渡りますよね。お金があれば買える。買われると物価は上がって行きますよ。平和が続けば物価は上がり、戦乱になると物価は下がります。政府が財政出動して物価を制御するんですよ。ある程度ですがね」
「難しいな」
「ええ。誰でもできる事ではありません。恐らく首相は大派閥の中から頭脳明晰な人間が選ばれると思いますよ。失敗したら全責任を負いますから、派閥の長はやらない方が良いと思うんですよね。寄子だと叱責出来るじゃないですか」
「王の権威を失わせるのか・・・」
「何言っているんですか? 王が承認権を持つ限り、今と全く変わりませんよ? 逆に有能な人間を登用しやすくなるはずです。王の資質に左右されない政治体制です。暗愚な王でもサインだけ出来れば国家運営は可能ですね」
「うむむ・・・」
「一考の余地があると思いますよ?」
「そうなのか?」
「そうです。憲法と貴族院を持つ国家は君主制の未来を行く次世代の体制です。実現できれば、名誉の革命と言って良いかと。王の資質によらず、安定した国家運営ができます。不正蓄財が無ければ」
「名誉の革命・・・」
本当はイングランドで議会から王の権利を制限した「権利の章典」を認めさせられたのが名誉革命だ。逆であるが仕方ないだろう。
「ミキギ、もう駄目よ? ガーフシャールの顔が青いわ・・・その辺にしてあげて。もら、出た出た」
シューリファールリ王女が間に割っては入り、皆を退出させた。
「殿下、珍しいお茶があります。飲みませんか?」
俺が手を上げると、メイドが紅茶を運んで来てくれた。辺境伯領の商人ミゲルに手紙を届けて貰い、取り寄せたのだ。ミーケーリリル族の誇る特産品である。
「わあ、良い香り」
「そうでしょう。俺は首になりましたけどグレルアリ領の特産で、数が少ない品です」
「もう横になった方がいいわ。お休み、ガーフシャール」
シューリファールリ王女が出て行くと、部屋に平穏が戻る。
翌日も、辺境伯はシューリファールリ王女とジョコクエーズ子爵を連れてやって来て、色々話をさせられた。
「憲法は国の基本的な仕組みを決めるものです。他の法律とは違います。改訂は貴族院の三分の二以上で可決でしょう。無論、国王のサインが必要ですから、国王の意志を込める事もできます」
「経済活動というのはお金がぐるぐると回る状態です。今、辺境伯家より綿糸を仕入れ、グレルアリ騎士爵家では織物にして付加価値を高めて販売します。騎士爵家は辺境伯家より加工代金をいただきます。騎士爵家ではただ騎士爵家は人口が三百人の小さな領で生産能力に限りがあるため、欲しい人はお金を積むかもしれません。国全体でこれが起きればインフレです。これが物価上昇です。沢山生産できれば、値が下がります。デフレですね。過度なインフレ、デフレは避け、緩やかなインフレ状況を継続させるのです。当然、官吏のお給金もインフレ分だけ上げないと困窮していきます。百年間とかお給金が一定ではないですか? でしたら官吏は貧乏になりますよ?」
江戸時代、武士が困窮したのはインフレしたのに武士の給料が上がらなかった為だ。
「経済を強くすると、領土は大きくても少なくても一緒ですから。グレルアリ領、今に凄くなりますよ。産業の革命を起こしましたからね」
「デフレになって来たな、と言うときは積極的に公共事業を行うべきなんです。倹約令は駄目ですよ? 逆にデフレが加速しますからね? 平民はあっと言う間にお金を失い、飢える人が出ますよ?」
江戸時代の享保・寛政・天保の三代改革は倹約令で、不景気に倹約を行うという失政である。経済対策を行おうとした田村意次は金の亡者として殺される。長期の平和をもたらした江戸時代でさえ、経済という概念がなかったのだ。
「あと、経済を回し始めると貧富の差がでてきます。貧富の差と飢えが発生すると国が乱れます。あ、そうだ。今はきちんと麦が採れてますか? 国が乱れる時って小氷河期なんですよ。世界中が寒くなって作物が採れなくなるんです。麦が採れる国と友好関係を結び、輸入出来る体制を整えた方がいいですよ。今は昔に比べると寒くないです?」
辺境伯は一週間、毎日来てはガーフシャールに話をさせた。最後には憲法草案をガーフシャールが書くことになった。ガーフシャールはさらさらと小一時間で書き出した。はっきり言って適当である。
第一条 国家元首は国王とする。
第二条 国王は男子長子継嗣とする。
第三条 国王は領地貴族を年一回以上貴族院に招集する。
第四条 三年毎に貴族院の過半数を持って首相を選出し、行政を行う。最大三回までの選出とする。
第五条 貴族院は議長を選出し、議事を進行させる。
第六条 立法・条約・領地貴族の任命及び重大な事項は貴族院で行い、国王の承認が必要となる。
第七条 国王は貴族院の決定事項を否決する事ができる。貴族院は議事録を作成し、保管する。
第八条 王国が他国の侵略等により危機に陥った際、国王は非常事態を宣言し、全権を掌握する事が出来る。また、全権の代理として政治を把握する大宰相、軍事を把握する大将軍を任命することが出来る。
第九条 地位を利用し、不正を行う事は認めない。厳罰に処す。
第十条 首相は年一回、予算案を作成し貴族院並びに関係機関に発布する。
第十一条 国王を始め、基本的に予算以上の経費を使用してはならない。
第十二条 王国を統治するにあたり必要な機関は別途定める。
第十三条 貴族院は弾劾裁判を行うことが出来る。貴族院の三分の二以上の可決及び御国王の承認を持って貴族の廃嫡を行う事ができる。
第十四条 貴族院は領地貴族が一票の投票権を持つ。
第十五条 貴族院に議席を有するものは領地の大きさと爵位に応じた兵役の義務がある。
第十六条 王国は王国軍を持ち、軍務卿の管轄とする。
「うーん、ざっくり書くとこんな感じですか? 税は俺じゃ良くわからないから足してもらえれば。あと書きたい権利とか決まりがあれば書いて貰えばいいかと。領地間を横行する仕組みとか、平民や商人、農民の権利と義務ですね・・・この辺は別な法律の方がいいかもしれませんね・・・とりあえず立憲君主制の仕組みだけ決めれば・・・」
「なるほど。子細理解した。すまなかった。この短剣を持っておけ。何かの役に立つだろう。少なくとも我が辺境伯領では役に立つ」
ガーフシャールは凝った細工の短剣を受け取った。辺境伯家の紋章入りである。
翌日、辺境伯はジョコクエーズ子爵、シューリファールリ王女と共に屋敷を発った。ガーフシャールは二日後、屋敷を後にした。
ガーフシャールはのどかな初冬の空を見上げる。世の中は何も起きず、ただ時だけが過ぎるようであった。
冬の童話祭2021「さがしもの」に 「ネズミの姫と三銃士」というショート作品を書きました。
お時間のある肩は是非。
賞金があるのかと思って書いたら、何も無いんですね・・・