第五十五話 王女の涙
第五十五話 王女の涙
「どうじゃ? やはり悪夢を見るのかのう? 顔色がさえないのう・・・」
「ええ・・・毎晩です・・・」
「ほれ、頼まれていた薬草じゃ。恐らくこれじゃろ。ようやく見つけたわい。今煎じてやるわい。フーリという薬草じゃ。良く知っておったのう。毎日飲むと戦病が良くなった者もおるようじゃぞ」
ジョコクエーズ子爵の屋敷に軟禁されて十日が経過した。お願いすれば散歩も出来たので、はっきり言って良い療養である。二日に一回、診察を手配してくれている。ダリムと言う名の老齢の医師だ。薬師と言った方がしっくり来る。診察して漢方薬みたいな飲み薬を処方してくれる。痛みが治まるので、少量の麻薬成分を含んでいそうである。
ダリムはガーフシャールの為に薬草を持ってきてくれた。セイヨウオトギリソウを探して貰ったのだった。セントジョンズワートと言った方が良いかもしれない。天然のプロザックと言われる、精神疾患に効くとされる黄色い花が咲く可愛いハーブだ。
お湯はメイドが持ってきてくれた。淹れてくれた薬草茶をゆっくりと飲む。以前に飲んだセントジョンズワートのハーブティーである。心が落ち着く気がする。
「ふうむ・・・戦病はさておき、体の方はだんだんと良くなっておるのう・・・普通は良くなることなどないのじゃが・・・」
「ははは・・・」
病状だが、肝臓が内出血を起こしたとガーフシャールは考えている。ダリムは二日に一回来てくれるが、外傷が薬で治るわけがない。外科手術をしなくては治らないのだが少しづつであるが回復しつつある。恐らく指輪だ。指輪が溜め込んだ魔力を使って治してくれているのだ。指輪だけは没収されず、手元にある。
ギリーというか、ジャオンルーには手紙を渡して貰った。カリールリーファは必ず探し出すと書いておいた。
「お坊ちゃんだがのう・・・仲良くしてやってくれぬかのう・・・良い子なんじゃが、気難しくてのう・・・」
「坊ちゃん? いや、子供やお孫さんには会っていませんよ?」
「ほっほっほ。わしから見れば子爵様は坊ちゃんじゃ」
「ダリム師・・・何時までも坊ちゃんはないでしょう・・・ダリム師、すまないが席を外してくれないか」
ドアを開け、ジョコクエーズ子爵が入って来た。
「ほっほっほ・・・ゆっくり話すが良いぞ・・・坊ちゃんには貴族の味方が少のうございますからな・・・」
ダリムは笑いながら部屋を出て行った。
「ようやく俺の話を聞く気になりましたか? 侯爵から死刑宣告が、辺境伯から釈放要請が来たでしょう?」
「何故お前如き兵卒が大物貴族から書状が届くのだ!」
「何故って、どうして俺にこんなに良くしてくれるんです? ダリムさんまで呼んでくれて、感謝してますよ?」
「貴様の存在自体が危険だと思っている。下手をしたら新領地を失いかねないとな・・・」
「どちらに付くか決めましたか? 俺としては辺境伯についてほしいんですけど。近いですし」
「・・・お見通しか」
「細部はわからないですけど、王国は内乱と侵略の危機にあるはずです。恐らく、誰の派閥でもない大物、辺境伯が狙われたのは邪魔だからでしょう・・・内乱と、侵略と、魔王の脅威にさらされていますからね。大丈夫です。子爵様は辺境伯の様に魔人に操られていないです。出来ればご家族と家臣の方を見させていただきたいのですが」
「・・・王国は割れている。王は力なく、宰相と侯爵と公爵が王座を巡り水面下で争っている」
「なるほど、王家はしばらくまともな男子が産まれていませんね? 親政が出来る男子が」
「・・・その通りだ。だが今の王は頭脳明晰で立派なお方だ。百年振りの親政が実現するかもと、下位の貴族は話しているが・・・どうしてわかるのだ? 貴族ならわからなくは無いが、兵卒にはわからない事だ」
「・・・良くあることです。長い王朝では、王家が近親婚をしてしまいますから、どうしても弱い子供が生まれてきます。外国と婚姻を結ぶと外国にも王位継承権が生まれますからね。戦争せずに国を奪われる可能性が生じるんですよ。なるほどなるほど、各派閥が力を蓄えて政権奪取の準備をしたら王がまともで亡き者にしたいと」
「・・・貴様、死んだ方が良いようだな」
「はっはっは。迷ってますね? アドバイスすると、この国の王は龍騎士なる人の子孫以外は王に付けないはずです。この国を奪うには血筋の論理を元に正当性を主張するか、それ以上の大兵力で龍騎士だかの血を全否定する事でしょう。でもそんなことしたら帝国が黙っていないですよね。新たに革命の論理を作る事になりますから」
「貴様はどう考えるのだ? 誰の味方なのだ?」
「俺ですか? 俺はグレルアリ騎士爵家に雇われていましたが戦病の為に暇を言い渡されています。誰にも所属してませんし、はっきり言って戦や権力闘争は興味ないです。あの金貨は俺の退職金なんで、返して欲しいです」
「客が来ている。貴様はそうは言ってられないと思うぞ。シューリファールリ王女殿下が来ている。殿下の前でそういえるのか? 貴様の病状を案じて泣いておられるぞ」
「殿下が・・・?」
「ああ。今お呼びする」
ジョコクエーズ子爵は金貨の入った革袋を置くと、部屋を出て行った。
しばらくすると第九騎士団と共にシューリファールリ王女がが入って来た。シューリファールリ王女は小さいながらも戦装束だ。三名の女騎士と王女で四丁の銃を持っている。弾込め要員であろう。女騎士二人は短銃の他にガーフシャールの銃も持っていた。後ろにはジョコクエーズ子爵がいる。
「ガーフシャール!」
「お久しぶりでございます。殿下、痛た・・・」
礼をしようとすると、腹がまだ痛む。
「駄目! 寝ているの! 一体どうしたの?」
シューリファールリ王女は慌てて駆け寄り、ガーフシャールを寝かせる。
「殿下、強大な魔人が産まれました。俺の知人の女の子が狙われ、魔人にされました。辺境伯家で見たような植え付けられたのではなく、猫に取り憑いていた魔力が破裂して知人の女の子に取り憑き、強力な魔人となりました。魔力の半分はキーミルに吸わせたのですが・・・キーミルを見ました?」
「見たわ! ここまで乗って来たのよ! 凄く素敵なの! で、その魔人にやられたのね・・・」
「ええ。何処に行ったのか、見当も付きません。まあ魔力を欲しがっていましたから、魔物や魔人を狩ってくれるんじゃないかと・・・」
「キーミルが心配しているわ。欲しいけど、無理そうね。凄く目立つのよ! 直ぐ飛んじゃうから!」
「え・・・まあそうですね・・・」
「でも無事で良かった・・・リーゼロッテはどうしたの?」
「はい・・・この街に入ったら戦病を再発させてしまいまして・・・恐らく俺の頸を切る事が出来なかったのでしょう。ごめんと書かれた置き手紙がありました。解雇ですね」
「え・・・? 戦病? 頸を切るって何よ?」
「戦病になった部下の兵の頸を落とすのは、上官の仕事なんです。病状が悪化した際、突撃させて名誉の戦死を遂げさせるか、叶わぬ時は苦しまないように上官が命を絶つのです。戦をしたら、一定の割合で戦病になる兵が居ます。勝っても、必ず死ぬ兵が居るんです。たまたま俺がそれだったと言うことです」
「そんな・・・」
「俺としてはリーゼロッテ様なら本望ですが、リーゼロッテ様はそうはいかないみたいです」
「出来るわけ無いじゃないの! リーゼロッテはガーフシャールが大好きなのよ!」
「俺も、部下の兵が出来たとしても頸を落とすことは出来ないです。でもそれが上に立つ人間の役目です。これから王国は荒れます。俺の頸を落としてくれるなら、力を貸ししたいですが」
「出来るわけ無いじゃない! なによそれ! 嘘よ嘘!」
シューリファールリ王女は俺の胸に顔を埋め、泣き始める。
「殿下、王族とは更に苛烈です。殿下はお優しいから、この先に待ち受ける戦に巻き込まれるとお心を悪くされるかと思います。殿下は王族から外れ、心安らかに暮らした方が良いかと思います。
王家が生き残るには、魔物は無論、恐らく辺境伯様とデルギルグフィ伯爵以外は皆殺しにする必要があります。小領地化を受け入れた貴族以外は殺す必要があるでしょうね。結果、両伯爵の力が強くなりますが、過度の力を持った場合、両者も殺す必要があるでしょう。それ以外に王家を存続させる道は少ないかと。
これからは王位の争奪戦が始まりそうです。王家は戦争で勝つから王家なのです。それ以外に道はありません。残念ながら、俺はお手伝い出来ないのです。戦というと格好いいですが、要するに万単位で人を殺すことですからね」
「そ、そんな・・・」
「手早くやらないと、帝国が攻めて来ます。時間はないんですよ。これが辺境伯様の領地で魔物が出た理由です。誰かが混乱を願っています。この地でも魔人が出ました。俺を怪我させた魔人の他に、やはり聖堂の神官が魔人でした。正直、何処まで魔人が蔓延しているのかわからないんです」
「・・・」
シューリファールリ王女は力なくガーフシャールの胸の中で泣いた。
「殿下、世の中には人を平気で虫の様に殺せる人間と、殺せない人が居るんです。普通は殺せないんですよ。殺せる方が異常なんです。俺は、普通の人間なんです。戦病は治らないと言いませんが治りにくいんです」
「どうしたら戦の無い国になるの・・・」
ガーフシャールは首を振った。
「簡単にはなりません。沢山戦をして、沢山人が死んで、ようやく人々は戦って駄目だなって思い始めるんです。疎開なされませ。殿下に人を撃つために銃をお渡ししたわけではございません。銃は強力な武器です。人を撃つと、俺みたいに戦病になりますよ。俺も、撃つのは魔物だけと決めました」
長い時間、シューリファールリ王女は泣いていた。やがて来る戦乱に、死に行く兵士達に、立ち上がれぬガーフシャールに泣いていた。