第五十二話 新たな魔人 その一
第五十二話 新たな魔人 その一
ガーフシャールに侯爵令を発して処刑しようとした女貴族、ミーエルスーテアの腹から産まれた魔人の残滓を纏った猫はガリュディーンの街の魔物の死骸から魔力を吸い、ガルーシャの街に入り込んだ。何かに引き寄せられるかのようにジャオンルー目がけて歩いて行く。猫の内部では魔力が肥大し、弾けそうであった。猫は死を感じ、次の転生先を直感で探し当てる。猫は魔人が死に際に放った十反魂の魔術で魔力を得ている。五回目の反魂である。あと五回、死んでも復活する。
「ギリーさんちょっと! ギリーさんはお腹に赤ちゃんがいるの!」
デリールリーファが怒った顔をする。
「あはは。冗談じゃないの。あんたと別れて一ヶ月後に結婚しちゃったのよ!」
「えええ!? 本当ですか?! でも、あの・・・」
「大丈夫だってば。砦を退役した元兵士で私が筆降ろしをした人なの。私は駄目だって言ったんだけど、言うことを聞いてくれなくてね。あれは凄いから、してる時にうんっていっちゃったの。ウフフ・・・で、頼みがあるわ」
「何ですか?」
「見たところ、兵士はクビになったのよね? 戦病だし無理よね・・・カリールリーファ、果汁水をお願い出来る?」
カリールリーファは小銭を受け取ると部屋を出ていった。ガーフシャールは出て行ったのを確認して答える。
「はい・・・まあそうです・・・」
「ふうん・・・で、これからどうするの?」
「そうですね・・・王都にでも行ってみようかな? 王女殿下にお会いしたいし」
「ヒュー! 言うことが違うね! ちょうど良かったわ。あんたの看病係として連れて行ってくれないかな? 外の世界を見せてあげたいのよ」
「わかりました・・・金貨三十枚です」
「はい、証文よ。おおきに。乙女だから、今晩が楽しみね」
「・・・あの、まだ子供が出来る体じゃないですよね? したら出血して最悪命に関わりますよ? 貫通貫通言いますけどちょっと非常識じゃあないですか?」
「貴族どもは叫びながら嫌がる子を抱くのが好きみたいなんだけど・・・あんたは違うのね? なら預けても安心ね」
「ええ? そんな風習が・・・? 酷いですね・・・」
「金を積む貴族が多いのよ・・・よし、お店を綺麗にできるな」
ギリーが金貨をしまったのでガーフシャールも証文をしまう。
「お店は何処にあるんですか?」
「南門の方よ。ギリー飯店だから、よろし・・・」
「きゃああ!」
ギリーが言い終わらない内に一階から悲鳴が聞こえてきた。
「なんだ!」
ガーフシャールは嫌な予感がした。直ぐに指輪を嵌め、銃の入ったザックを担いで一階に下りる。
「どうした!」
ガーフシャールは血まみれのカリールリーファを見つける。
「どうした!」
「猫が! 猫が! あああああ!」
カリールリーファは血まみれで、足下には内部からふくれあがって破裂したかのような猫の死骸があった。
「あああああ! 何かが! 何かが入って来る! いやあああ!」
巨大な魔力であった。巨大な魔力がカリールリーファの体内に馴染むように染みこんでいった。魔物の種を植えられた時のような腹だけに魔力を感じるのではない。体全体から強力な魔力を感じる。
「ど、どうしたの?!」
ギリーは何が起きているか理解出来ず、硬直してしまう。
「熱い! 熱い! 体があああ・・・・!」
デリールリーファの体が、どんどんと大きく成長し始めた。デリールリーファは衣服を破るように脱ぎ捨てる。
「ああああ! 侯爵令よぉぉぉぉ! あのガキを殺すのよぉぉぉっぉ! 私を見殺しにした辺境伯も殺してヤルゥゥゥ!」
声質も変化し、顔つきも変わってくる。デリールリーファは悪魔の様な女貴族、ミーエルスーテアになろうとしている。
「どういうこと?!」
ギリーは目の前の光景が信じられず、大声を出すだけである。果実水を持って現れた女将は驚きの余り腰を抜かしてしまった。
「不味い! あの女貴族に乗っ取られる!」
ガーフシャールは指輪に魔力を吸収させる。魔力は指輪にどんどん入り込むが、余りに巨大で有るために全て吸い出す事は出来ない。指輪は青白く光輝き始め、振るえ始めた。
「デリールリーファ! しっかりしろ! 体を乗っ取られるんじゃない! しっかりしろ!」
「遅かったわね! アハハハハ! 良い体じゃないの! 龍騎士公の血が流れているわ! アハハハ!」
半分魔力を吸い取られたデリールリーファ、いや女魔人と言うべきか。もの凄い力でガーフシャールを組み伏せた。
「やってくれたわね! 魔力を半分吸い出すとはどうなってんのよ! あんたは殺すしかないようね!」
女魔人はガブリとガーフシャールの首筋に噛みついた。
「あがが・・・デリールリーファ! お前はミーエルスーテアではない! 俺のデリールリーファだ! しっかりしろ! さっきギリーさんから証文を譲り受けた! 勝手な真似は許さない! 帰って来い、デリールリーファ!」
「止めろぉぉぉ! アッガアアア!」
女魔人は頭を抱えて床を転げ回る。
「許さない! お前! 私に何をしたああ! お前を殺せない! どうしてだ! あああああ!」
女魔人は更に悶え、苦しみながら背中に翼を出現させる。純白の美しい翼であった。出現と共に魔力量は四半分ほど減少した。
「はあ、はあ、クソ! そのうち殺してやる!」
女魔人は外に出ると空を飛び、ジャオンルーから逃走を図った。
「追う!」
ガーフシャールはザックを背負うと厩に行き、キーミルに騎乗する。
「あっ!」
指輪の魔力が一斉にキーミルに流れ込んだ。キーミルが自ら魔力を欲したと言って良いだろう。キーミルは主人の願いを理解した。空を飛び、逃げる女魔人を捕まえるのだ。
どるるる、と嘶くとキーミルは空を駆け上がり始める。体の左右には純白の美しい翼が生えている。翼は生えていると言うより、鐙に邪魔にならぬよう、体から靴一足分離れていた。
「お前・・・」
ガーフシャールはキーミルが女魔人の翼を見て自らも欲したのだと理解した。キーミルの考えが手に取るように理解出来た。
「そうか! 追おう! キーミル!」
天馬となったキーミルは女魔人の倍の速度で追いかける。
「く! どうしてペガサスに乗っている!」
「待て! せめて何か着ろ! 丸見えだぞ! 上着を貸してやるから来い!」
「待つか! 来るな!」
女魔人は必死に逃げるが、あっと言う間に追いついた。ガーフシャールは女魔人の体を抱き寄せると、上着を羽織らせる。女魔人の翼もキーミルと同じく体から少し離れた場所から生えていた。普通に服を着ることが出来た。
「ほら・・・体が冷えているじゃないか・・・駄目だぞ・・・」
「五月蠅い! 勝手な事をするな!」
女魔人はもの凄い力でガーフシャールの腕から逃れると、聖堂目がけて飛び、ステンドグラスを破って侵入した。ガーフシャールも続いて侵入した。