第五話 デルム砦攻防再戦 その一
第五話 デルム砦攻防再戦 その一
砦の前に第一中隊、第二中隊、第三中隊の順に並んで布陣している。誰の目にも、大群が押し寄せているのがわかった。幸いなのはこちらに全く注意が向いていないことだ。
俺は第二中隊の真ん中で、息を殺して相手を見つめている。流石に最後だろうと、腹をくくった。不思議と怖くはなかった。
「コゾウ! コゾウはいるか! ボーンデもだ!」
俺は一人だけザックを背負ったボーンデと共にデルグ第二中隊長に呼び出される。
「なんでしょうか?」
俺が中隊の前に出ると、ガエリ第一中隊長とボル第三中隊長がいた。
「第一中隊から第三中隊までの総意だ。我々は胸くそ悪い新隊長の指揮から外れる。コゾウが指揮を取れ。取らないのであれば我ら三人、この場で自害する。良く聞け、残念ながら我らはあの胸くそ悪い豚野郎の肉壁だ。時間稼ぎでしかない。生き残ることは不可能だ。死ぬなら、コゾウに指揮を取って貰いたい。我ら三中隊の総意だ。聞いてくれぬか。謀反も考えたが、我らの、いやコゾウの名に傷が付く。それだけは受け入れられぬ。我らの名に傷が付こうが構わないが、コゾウの名に傷が付くのは我慢ならない」
デルグ第二中隊長が俺に捧げ剣を行う。目上に人間に忠誠を誓う仕草である。
「あ、あの・・・」
俺が戸惑っているうちに、ボル第三中隊長が大声を発した。
「全員! コゾウに捧げ剣!」
全員が足を踏みならし、俺に剣を捧げる。
「我らは仲間の為に!」
だん!
「我らは家族の為に!」
だん!
俺は全員の剣を受けてしまった。ガーフシャールの魂も受けろと言ってくれている。
俺は剣を抜いて空に掲げた。声は止まり、全員俺を見た。
「命令無視ですか?」
「ああ。構わんよ」
ガエリ第一中隊長が頷くと、他の二人も同意した。
「では作戦を言い渡します。第一中隊は丘の中腹、横長のファランクスで布陣。第三中隊の二十名は第一中隊の後方で弓兵として布陣。第一中隊の支援とします。第二中隊六十と第三中隊六十は剣を抜き、左右に隠れてください。木の枝で偽装をお願いします」
「うむ」
デルグ第二隊長が頷いた。
「交戦が始まったら、俺の合図で第一中隊は下がってください。俺が剣を回しますので、この合図で第二中隊と第三中隊は一斉に相手部隊を挟み込んでください。上手くいけば五百くらい潰走できると思います。敵の潰走が始まったら、全軍突撃です」
「うむ。突撃時の策はあるのか?」
「いいんですか?」
「策があるんだな? 言え」
「突撃を開始するとき、第一中隊は細長い陣形を取ります。左右に第二中隊と第三中隊は護衛に入ります。第二中隊と第三中隊が犠牲になりながら敵陣を突き破るんです。上手くいけば総大将の首を取れるはずです」
「良い策だ! わかったか! 布陣するぞ! コゾウはここで全体指揮だ!」
デルグ第二中隊長が大声を上げると、中隊長達は散って行った。
「第一中隊! 横長のファランクス! 三列だ!」
第一中隊は陣形を整えると、丘の中腹に陣取った。砦から命令違反だとか、戻れだとか聞こえて来るが全員が無視をした。
第二中隊と第三中隊は偽装を始めた。ぱっと見は姿が見えなくなった。
敵軍も姿を現した。堂々とした軍だった。三千から五千の兵がいるだろう。手痛い敗戦を受けて、確実に砦を落としに来ている。
砦からの声も聞こえなくなった。我々が敗れれば、あっと言う間に砦は落ちるであろう。あの砦に籠もるには、三百の兵は多すぎる。狭くて実際に戦う人間は僅かのはずだ。あっと言う間に落ちると思う。
俺が死に損なった戦いも、わかっていたのだろう。砦といいつつ、守りにくいことに。新隊長は砦から出てこない。
「良い面構である! みんな! 我らの強さを見せつけてやるぞ! 我らは仲間の為に!」
「我らは仲間の為に!」
どん!
「我らは家族の為に!」
どん!
「我らは仲間であり、家族である! 共に戦い、共に死ぬるぞ!」
おおおお!
第一中隊は雄叫びを上げる。第一中隊の叫びが戦端を開いた。敵兵の第一陣が砦に進軍を開始した。
皆、だまり始めるが、目は死んでいなかった。死に場所を見つけた、男の目だった。俺の心も落ち着き始める。俺は天を眺めた。雲一つ無い青空だ。俺と、ガーフシャールの魂に青空が染みこんでいった。思いっきり息を吸った。美味しかった。汗臭い、男の匂いがした。人生最後の青空を、仲間と共に眺めた。
ガーフシャールの魂は泣いていた。寂しくて、寂しくて仕方の無かった小さなガーフシャールの魂が満たされ、涙を流している。
「これでいいか、ガーフシャール」
俺は小さく呟いた。
「コゾウ、お前はヴェールグ村だったよのう」
「ええ」
「行くぞい。あちらさんも来ている。口上だ。お前が総大将、ガーフシャール・ヴェールグ卿だの。俺達の代わりに口上を頼むぞい」
俺とガエリ第一中隊長は両軍が布陣する真ん中へ移動する。既に敵軍は騎馬騎士が待っている。
「我はガーリドール大公国第一騎士団団長シーソル・ベベルコイなり! お主達に勝ち目は無い! 大人しく砦を明け渡せば命は助けると保証しよう!」
大きな声が戦場に響き渡る。
「こしゃくな! こちらは亡き隊長に代わり指揮をとられているガーフシャール・ヴェールグなり!」
「この地は先祖代々我らが住まう、我らの地である! いかなる了見で我が地を犯すのか! 宣戦布告もせずに攻め入るなど卑怯千万! 無礼と無知の民よ! 決まりも守れず、欲望に身を焦がす地獄の民よ! 貴様等に正義はない! 我は、宣言する! 貴様等を地上に落とされた悪魔だと! 我らは滅せられても、地上の民が貴様等を許さない! 悪魔ども! 我らは神が使わした正義の民! この身が滅びようと悪魔には屈しぬ!」
俺の声が響き渡った。相手の騎士は顔を真っ赤にして怒っている。付き添っている騎士は呆然としている。戦で悪魔呼ばわりされたのは初めてであろう。
第一中隊が大きな声を出している。
「い、言わせておけば・・・戻るぞ!」
陣に戻ると、頭を皆に叩かれる。
「いい口上だった! 悪魔とは滑稽だ! ハッハッハ! さあボウズ、後に下がっていろ!」
俺とボーンデは後に回されると、ついに敵軍が動き出した。先鋒五百だ。後方から更に進軍を開始している。相手するは槍を持った百人に見えているはずである。
「矢をつがえろ!」
俺は声を上げる。隣でボーンデが嬉しそうに俺を見ている。
「放て!」
矢は前方に布陣する第一中隊を飛び超え、敵陣へ降り注ぐ。二十名の矢であるので、足止めにもならない。敵軍は突進を止めない。
「打ち方止め! 第一中隊! 槍を構えろ!」
「おお!」
野太い返事が響く。立派な槍衾が出来上がる。
「お前ら! 歯を食いしばれ!」
「うわあああ!」
ついに両軍がぶつかった。敵軍は剣が主力武器だ。最初のぶつかり合いは相手兵が槍に突き刺されている。しかし数が違いすぎる。左右に回れたらこちらは終わりとなる。俺はすぐに後退を指示した。
「第一中隊! 後退開始!」
俺は大声を張り上げる。
「一歩づつ後退だ!」
ガエリ第一中隊長は部隊の後退を始める。
「相手は怖じ気付いたぞ!」
「今だ!」
「押せ押せ!」
敵兵は血気盛んにななり、前進を開始する。俺は頃合いを図り、剣を空高く掲げ、大きく回した。
「わああああ!」
「今だ!」
「死ねえ!」
敵軍を伏兵が一斉に襲いかかり、包囲する。
「うわああ! 伏兵だ!」
「落ち着け! 落ち着けぇぇぇ!」
先ほど口上を上げた騎士が馬上から叫ぶが、包囲されて恐慌に陥った兵は逃げようと一斉に後退を始める。後退した兵は後詰めの隊と衝突し、更に混乱を作った。
「全軍! 包囲! 攻撃!」
俺は大声を張り上げる。自軍は攻撃を開始する。こちらの攻撃は虐殺と言っても良かった。五百対二百、囲めば勝機のある数だ。敵軍は我らを再び侮ったのか、僅か五百で攻めてきた。包囲の中で、一方的に殺戮を行っている。
敵軍は混乱に陥り、潰走を開始する。
俺は剣を抜き、大空に掲げた。綺麗な空だった。最後の空を眺めると俺は剣を振り下ろした。
「全軍! 突撃陣形! 中央に第一中隊! 左右に第二、第三中隊!」
俺は心が痛かった。二百名の命を散らせる、非情な命令だ。兵達は俺の指示で細長い陣形を作る。
「行くぞ! 目標! 混乱する敵陣! 突撃!」
俺は剣を振り下げた。
うおおおおお!
味方の雄叫びが上がる。俺も一緒に死ぬため、陣に入ろうとした。しかし、俺の記憶はここで途切れていた。