第四十九話 魔の種 その三
第四十九話 魔の種 その三
「ギャヤヤヤヤアアアア!」
大神官は一気に顔を引き裂いた。血が滴る皮膚を床に投げ捨てる。現れたのは頭に巨大な複眼の集合体。背中からは羽根が生えた。虫の羽根だ。腕も肉がぼとり、と落ちた。
「蠅・・・? 人間じゃ無いの?」
リーゼロッテ呆然と呟く。
「うげえぇぇぇぇ」
「な、なんだコイツは! く、来るなあ!」
領兵の一人は吐き、一人は尻から座り込んで失禁した。ガーフシャール片膝の態勢で狙いを付けると変態途中の魔物を撃った。胸に当たり、魔物を吹き飛ばす。ガーフシャールは銃を置くと、二丁目の銃を撃つ。
眉間を正確に撃ち抜いた。白い壁に嫌な色の体液が飛び散る。
「リーゼロッテ様! 銃を!」
「あ、わかったわ!」
我に返ったリーゼロッテは弾の込められた銃を手渡す。リーゼロッテは頭他袋から火薬と弾を取りだし、手早く弾を込めていく。
「ガーフシャール君、死んだ?」
リーゼロッテが二丁の弾込めを行う間、ガーフシャールは様子を伺っているが動かない。
「どうでしょう・・・?」
ガーフシャールは銃を構えたまま、魔物に近寄る。
「え・・・大神官様・・・そのお召し物は大神官様・・・」
陵辱された女神官が部屋に入ってきた。蠅の化け物と化した大神官を驚きの目で見ている。
「嫌ああああ! 嫌ああああ!」
女神官は頭を抱えて叫び始める。
「リーゼロッテ様! 彼女を外に出して! 彼女は被害者だ!」
ガーフシャールの注意が女神官に向いたとき、蠅の魔物が羽音を立てながらガーフシャールに飛びかかった。蠅の魔物はガーフシャールの肩を押さえてくる。
「来るなあああ!」
ガーフシャールは蹴りを入れ、蠅の魔物を吹き飛ばすと銃を撃つ。弾は残った頭に命中し、上半分を吹き飛ばした。
もう一発頭に撃ち込むと完全に魔力の反応は消え失せた。
「嫌ああああ!」
「落ち着くのよ! 化け物は死んだわ!」
リーゼロッテが必死に叫ぶが女神官は座り込み、絶叫を続ける。
「きゃあ!」
女神官はリーゼロッテを突き飛ばすと、床の上の領兵の剣を拾い、喉を切ろうとする。ガーフシャールは銃を振り回し、剣を弾き飛ばした。
「もう大丈夫! 大丈夫だ!」
「うげえええ! うごおお・・・」
女神官は床に手を付くと吐き始める。ガーフシャールは呆然としながら立ち上がるリーゼロッテに服を手渡す。
「あの女神官は・・・」
「陵辱された相手が蠅の魔物だったらショックが大きいでしょう・・・」
リーゼロッテが服を着終わる頃、領兵の一団が入って来た。
「リーゼロッテ殿! 大丈夫ですか!」
三十代の貴族を先頭に十名の領兵が入って来た。先頭はカロディン卿である。
「う・・・こ、これは・・・」
カロディン卿は流石に留守を任される貴族である。法衣子爵は伊達ではなく、凄惨な光景に顔を背けないで対処をしていた。領兵達は目を背けている。
「大神官とか言う人です。もしかしたらミーエルスーテア様もこいつに陵辱され、魔物を植え付けられたのかもしれません。そこの女神官は可哀想な被害者です。魔物の種は取り除きましたが・・・コイツが黒幕の可能性もあります。手下かもしれません。部屋を含めた手がかりの調査をお願いします」
「わかった。後始末は任せてくれ。屋敷に戻って体を清めてくれ」
「お願いします。行きましょう、リーゼロッテ様」
「そうね。でも帰るまえに魔力の痕跡を調べられないかしら」
カロディン卿は領兵に指図を始める。
「おい! 大聖堂を封鎖しろ! 関係者は残らせろ! この二人は戻す前に話をきいておく」
領兵は我に返り、命令に従って動き始めた。ガーフシャールは念の為に弾を込め、部屋を見まわす。女神官は領兵に支えられながら一階に降りて行った。精神が耐えられるか心配である。
「魔物を孕まされたのは二人だけなんでしょうか・・・」
「何人もいそうよね・・・参ったわ・・・」
大聖堂の一階は領兵で封鎖されている。五名ほどの勤務する神職達も一カ所に集められ、絶望の表情を見せていた。男性は一人で、四名が女性だ。内、一名は年配だが、三名は二十代二名、三十代一名だ。
「あの女神官・・・魅了されていますね・・・魅了自体は消え失せていますが、お腹に魔力の反応があります」
ガーフシャールは小さく呟く。
「解除を頼むわ」
二人が近づくと、事情を聞いている領兵が気が付いた。
「これはリーゼロッテ様とガーフシャール殿! お疲れ様です!」
「女性の方は支配を受けているわ。ガーフシャール君が解除するわ」
「・・・やはり・・・お願いします。強い感情を持つと急激に成長するようです。落ち着かせてあげてください」
衛兵の許可が得られたのでガーフシャールが女性達に近づく。
「私は、何をされたのでしょうか・・・何か良くない者を孕まされたのですよね・・・記憶にあります・・・」
「落ち着いてください。大丈夫です。植えられた魔力を全部除去しますから。いいですか、大丈夫ですよ。お腹に手を当てます。申し訳無いですがローブを少し切ります」
ガーフシャールは震えながら頷く女神官のローブを切り、手を入れて魔力を吸い取った。
「あ、あ、ありがとうございま・・・」
一人目の女神官は安堵の息を漏らし、気を失った。傍らではリーゼロッテが女神官をなだめている。二人目も解除し、三人目の三十代の女神官を解除しようと思った時だった。
「ああ、御子の種が・・・御子の種が・・・御子の種が!」
女神官は鬼の形相でガーフシャールを睨み、ガーフシャールを突き飛ばした。
完全に攻撃される意識の無かったガーフシャールは思いっきり頭を打ってしまう。
「使者様の仇! 死になさい!」
女神官は隠し持っていたナイフでガーフシャールの太股を突き刺した。
「が!」
ガーフシャールは必死に這いずる。
「何をするのよ!」
さらに斬りつけようとする女神官とガーフシャールの間に入り、銃を構える。一丁は頭他袋の中である。撃てるのは一発だけだ。
「思い知るがいい! 御子よ! ご降臨されたし! ぎゃああああ!」
女神官の腹はあっと言う間に大きくなり、何かが腹を破って出て来た。
「が・・・」
満足そうな顔で絶命した女神官の腹から出て来たのは猿の頭であった。いや、口の大きな異形の人の頭と言うべきか。問題は体であった。巨大な百足であった。血糊をしたたらせ、左右を見まわしている。産まれて来た母体の死骸を見つけると、喜色を浮かべ、貪り始めた。
鋭い牙を持つ強い顎は骨まで砕いて食い始める。
「なんなの、コイツ・・・?」
リーゼロッテはまたも繰り返される光景に圧倒され、後ずさる。男の神官は気を失い、衛兵達も怖じ気づいた。
「リーゼロッテ様! 剣だ! 剣で斬って! 産まれて直ぐは攻撃してこない!」
ガーフシャールが叫ぶと、リーゼロッテは反射的に剣を抜き、一振りで頭を落とした。首と言うより、百足の胴を少し残して切り落とされた。
「キシャアア!」
百足は胴が少し残っているだけでも生きている。ガーフシャールは痛みを堪えて立ち上がると、剣を抜いて口から貫いた。頭は生命力を失わず、まだ生きている。ガーフシャールは燃えさかる暖炉に頭を投げ入れた。頭は奇声を発しながら燃えていった。悪臭が暖炉から広がるころ、奇声がしなくなり魔力が消え失せた。
「ぐ!」
気力が尽きたガーフシャールは太股の痛みに声を漏らす。ガーフシャールはそのまま気を失った。