第四十八話 魔の種 その二
第四十八話 魔の種 その二
「どうしたの?」
「前で祈る大聖堂の人、魔力持ちですね」
ガーフシャールは像に跪き、祈りを捧げる白いローブの神官を指差す。四十前後の痩身の男だ。
「・・・しばらく観察しましょうか」
「はい・・・拘束とか出来ないですよね」
「出来るわけ無いじゃない」
神官は若い女性に祈りを捧げ始める。神官の右手から魔力が流れ出て、若い女性を包みこんだ。ガーフシャールは見覚えがあった。騎士団や辺境伯が掛けられていた魅了だ。
「魅了だ。まずい」
「行くわよ。女性を頼むわ。偶然を装って解除して」
神官は女性を魅了し、階段を指差している。
「神官様! 私にも祈りを捧げていただけないでしょうか?」
リーゼロッテが女性と神官の間に割って入る。神官はリーゼロッテを見ると一瞬笑みを零した。
「よかろう。祈りなさい」
神官は小さく声で祈りを唱えている。リーゼロッテにむかって右手から魔力が流れ出た。リーゼロッテは唇を噛みしめ、魔力に耐える。リーゼロッテは魅了の魔法に耐えたが、わざと熱い目で神官を見る。
「ありがとうございます」
「ふむ」
神官はリーゼロッテと先ほどの女性を見定めていた。
「そち、特別に祈りを捧げよう。来なさい」
「はい」
神官は階段を上っていく。リーゼロッテはガーフシャールにウィンクをしてから付いていった。
「あの神官・・・ご愁傷様・・・さてどうすれば解除できるのかな・・・」
魅了された女性は命令されないので、ぼうっと立っているだけである。ガーフシャールは指輪を女性に当てると、魔力が指輪に吸い込まれて行った。
「もしもし? 大丈夫ですか? ぼうっとしていたら危ないですよ」
女性は正気に戻り、ガーフシャールに礼を言うと立ち去っていった。なかなか綺麗な人であった。
「強姦するのか? それとも違う目的なのか?・・・とりあえず二階に行くか」
ガーフシャールが階段を上ろうとすると、女性の神官に呼び止められる。
「もしもし? そちらは大神官様以外登ってはなりません」
女神官はガーフシャールに立ちふさがる。ガーフシャールはやましいことは何も無い。隠すのを止める事にした。
「先ほどの方は大神官と言う方ですか? 昨日の行われたバケモノとの戦いで、辺境伯並びに第八騎士団副団長タルゴ様が精神支配の邪な術を掛けられ、何者かに操られていました。立った今、グレルアリ騎士爵家龍騎士隊隊長のリーゼロッテ様に同様の術を施し、二階に上がりました。リーゼロッテ様の前にはあちらの女性に術を掛けてました」
「なんですと・・・」
「申し遅れました。私、リーゼロッテ様の部下でガーフシャールと申します」
「ガーフシャール様・・・早駆けの勇者様・・・」
「お? 俺の事を知っていましたか」
「そんな・・・嘘です! デタラメです!」
女神官にしてはなかなか若い。着ているローブは上品で、高価そうだ。位の高い神官だと思われる。三十代には届いていないだろう。神はヴェールに覆われていたが、優しそうな顔立ちだが、残念な事に魅了の魔法を掛けられている。
「術を使ったのは確かです。昨日のバケモノどもは魔術師に率いられていました。ミーエルスーテア様の事は聞いていないですか? バケモノを腹に植えられて食い破られて死んだんです。同時に辺境伯家では精神を支配する術を掛けられました」
「そ、そんな・・・」
「どいていただけますか?」
「徳の高い大神官様が・・・」
「早くしないと、バケモノの種を植えられているかもしれません。そうなった場合は騎士爵家として容赦しませんよ?」
「しかし嘘です・・・」
「嘘ではありません。今から貴方に掛けられた術を解きます」
ガーフシャールは女神官の頬を触れる。まとわりついていた魔力は指輪に吸い込まれた。
「あ・・あ・・」
女神官は顔を歪ませる。
「嘘・・・嘘・・・」
正気に返り、記憶が戻ったようだった。
「いやあ・・・いやあ・・・」
女神官はボロボロと涙を流し始める。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
「私、私、陵辱されて無理矢理何かを植えられました・・・あああ・・・嘘です! 嘘です! いやあああ!」
女神官の叫びが聖堂に響き渡ると人々が集まってくる。
「お腹が熱い! 熱い! 嫌ああ! 助けてください! 私は大神官様にバケモノの子を植えられてしまいました! 助けて! ガーフシャール様! お助けください!」
「見ろ! 神官様のお腹が急に大きくなってきたぞ!」
信徒の誰かが叫ぶ。女神官のお腹に急激に魔力が大きくなってくる。
「く! 悪魔め!」
ガーフシャールはローブをナイフで裂き、手を直接腹に当てる。もの凄い量の魔力が指輪に流れて行く。
「たすけ、て・・・ガーフシャール様・・・」
指輪が魔力を吸いきるとお腹は小さくなり、女神官は弛緩して力が抜ける。
「大丈夫、生きてます」
ガーフシャールは皆に報告するように大声で叫ぶ。
「どうしたのだ! 何の騒ぎだ! ガーフシャール殿ではないですか!」
騒ぎを嗅ぎつけた領兵が入って来た。見覚えがある。昨日の戦いに参加した兵だ。
「大神官が精神支配並びに魔物の種を植え付けをしています! 昨日の関係者もしくは犯人かもしれません! この神官はミーエルスーテア様と一緒です! 一応魔力は除去しました。一名はカロディン卿に連絡、応援を! 二名は俺と一緒に突撃します!」
ガーフシャールは背負っている頭他袋から二丁の銃を取り出し、弾を込める。明かりのろうそくで火縄に着火する。カロディン卿とは辺境伯の留守を預かる配下の貴族である。
「脱ぎなさい」
二階の寝室でリーゼロッテは大神官に命令を受ける。リーゼロッテはがちゃりと剣と頭他袋を落とす。するり、と衣服を脱いでいく。
「下着もです・・・その前に奉仕しなさい」
大神官も裸になり、屹立したものをリーゼロッテに向ける。
「うん? 術が弱かったか? まあいい。脱がせてあげよう。こちらに来なさい。貴方も神の使徒を産ませてあげよう。感謝しなさい。来るべき新たな世界の母となるのだ」
歩みの遅いリーゼロッテに舌打ちすると、大神官は歩み寄った。
「さあ、全てを受け入れるのです。快楽を感じるのです。快楽は全ての母です」
大神官が下衆な笑みを浮かべたとき、ドアが蹴り飛ばされて開けられる。ガーフシャールと領兵二名が寝室に入って来た。
「動くな! 動くと殺す! 現場は押さえた! 申し開きは出来ないぞ!」
「何です、貴方は。私の妻を抱こうと勝手ではございませんか・・・ごおざあいいませんかあ・・・」
大神官は感情も無く言い放つ。最後は口調がおかしくなり、ブブブと、嫌な感じの音が寝室に響き渡る。
「誰が妻よ! 残念ね! 最初から私には効いていなかったわ!」
リーゼロッテは剣を拾うと、鞘で思いっきり打ち付け、蹴り飛ばした。
「神のおおお子を・・・うむめえぇぇぇ」
大神官は唾液をまき散らし、目は狂気の色に捕らわれていく。
「リーゼロッテ様! 早くお召し物を!」
「大丈夫! それよりコイツおかしいわよ!」
リーゼロッテは下着姿のまま、頭他袋から銃を取り出すと弾を込める。明かりのろうそくで着火させる。
「ガーフシャール君、射撃を頼むわ。おかしいわよあいつ」
領兵二名は気が狂った様に喚き散らす大神官にあっけにとられている。
「あがががが!」
大神官は顔を掴むと自らの顔を引き裂いた。