第四十七話 魔の種 その一
第四十七話 魔の種 その一
「ここじゃない?」
リーゼロッテが指差した建物には「ミゲル商会」と書かれている。二階建ての建物だが、一階は倉庫のようだ。空の樽が目立つ。定期でミーケール村まで来てくれる商人のミゲルの商会である。
「本当ですね。入りましょう・・・こんにちは・・・」
リーゼロッテとガーフシャールの二人は辺境伯の領都ガリュディーンに居残り、ミゲル商会を訊ねている。
「おや! リーゼロッテ様とガーフシャール様。ようこそおいでになりました・・・さ、二階へどうぞ」
二人は馬を繋ぎ、頭他袋に入った銃を担ぐと二階に上がって行く。
「おおい! お客様だ! おもてなしをしろ!」
「どうしたのあなた?」
出て来たのは人の良さそうな女将さんだった。
「ガルディーンの街からバケモノを追い払った龍騎士隊長様と早駆けの勇者ガーフシャール様だ! 見事な早駆けをされた当本人だ!」
「ええ? それは大変だわ。お昼には早いし、お茶よね」
二階の半分が店舗になっていて、事務所になっている。半分が住居なのだろう。二人は事務所の角のソファーに座らされる。女将さんがお茶を淹れてくれた。
「いやあ、昨晩は大変でしたよ! 先日グレルアリ騎士爵様の工房から五樽を仕入れさせてもらったのですが、あっと言う間に売れまして。戦った兵士が酒場でリーゼロッテ様とガーフシャール様の話をされましてね。このエールはお二人の領地で仕込まれたやつだ、と店主が話すと店中の客が飲み始めた様で。噂が流れて酒場には客が溢れ、慌てた店主が使いをよこして全ての樽を買っていきましたよ。皆さん黒エールを珍しがって飲んでいきますね。兵士連中はあやかって浴びるように飲んだらしいですよ」
「へえ・・・」
「はい。仲間の仇を取ってくれて嬉しいと言っておりました。勇気のエールと呼んでましたよ。それより王女殿下ですよ! 共に早駆けされたと聞きました! 王女殿下はもしかしたら使徒ではないかと言い合ってます!」
「ウフフ。嬉しいわね。何処のお店かしら?」
「目の前の酒場ですね。後はミーエルスーテア様がお亡くなりになられたそうで・・・あのお方は縫製の工房に大きな力がおありでしたのでね・・・なんでもミーエルスーテア様が黒幕だったとか・・・そうそう、頼まれていた葡萄の苗木ですが来月に二百五十本お持ちします。来年の春にもう二百五十本ですね。圧搾機と大樽は都合の良いときに持ち込みます。再来月になるかと思います」
「わかりました」
「布はちょっと評判になってますね。これからもよろしくお願いします・・・もっと織れませんか?」
「それもあって相談をですね。酒場、鍛冶、織物女、あと店をやってくれる人、大工なんか移住を呼びかけて欲しいなって思いまして。牛も欲しいですね。人がいなくて生産が出来ない状況です」
ガーフシャールが要求を言うと、ミゲルは腕を組んで考え始める。
「移住ですね・・・食い詰め者や孤児は行きたいでしょうね・・・店と酒場はウチから出します。鍛冶と織物女ですね・・・わかりました。伝手を当たってみます。牛はその後でいいですか?」
「ええ。よろしく」
ガーフシャールとリーゼロッテはミゲルと握手すると外に出た。
「さて、ガーフシャール君、怪しい奴が居ると思う?」
「どうでしょうか? 街が大きいので探しきれない気もしますね」
二人は辺境伯の領都であるガリュディーンの街に残り、ミゲルとの商談と調査を行っている。魔物襲撃に関係しそうな怪しい人物や魔道師を探すのである。
ガーフシャールは指輪を嵌める。心の中で魔力を探知したいと願う。リーゼロッテを見るとうっすらと魔力を探知出来る。
「よし、魔力の探知が可能です・・・この指輪凄いですよ」
「疲れたら言うのよ? 休み休みやらないとまた気を失うわよ」
探し方は当ても無く歩くだけである。ガリュディーンの街は大辺境で一番大きい。大通りも太く、活気で溢れる。
「ガーフシャール君、アレ何かしら? 食べましょう!」
リーゼロッテは屋台に走って行く。クレープに肉とキャベツ、玉葱を巻いて食べる物らしい。タコスとかトルティーヤみたいな感じである。
「おじさん! 二つ!」
「あいよ! 弟さんかい?!」
「ウフフ。違うわよ。いくら?」
「小銅四だ!」
ガーフシャールが一口食べて見る。塩辛い干し肉を焼いて巻いたものだ。塩味だけである。旨いかと言われれば旨くないと答える味だ。ソースだとか、ケチャップだとか香辛料だとか、殆ど見ない。無いのかも知れない。存在しても庶民が買える値段ではないのだろう。
「ウフフ。美味しくもないね・・・前をゆっくり見て。怪しいわ」
小路から黒いローブの男が大通りに出て来た。残念ながら魔力は感じない。
「魔力は無いです」
「違うのかしら?」
「少し追いますか」
リーゼロッテは頷いた。見つからないように距離をおいて尾行するも、大通り沿いの野菜売り屋台に入り、店番を始めた。
次は汚い格好の男を尾行したが、家に入って子供と遊び始めた。チンピラ風の男は川縁で座り始めた。待ち合わせかと思いしばらく監視したが単に昼寝をしているだけだった。
ガーフシャールは疲れてきた。指輪を外し、大きく深呼吸をすると塔のある建物が目に入った。石造りの建物である。宗教関係だろう。
「やはり簡単に見つからないわね。それとも居ないのかしら。大聖堂が気になるの? 流石大きいわね。入ってみる? ガーフシャール君は信徒なのかな?」
「俺は宗教は好きではないですね」
「そうなの? まあ行ってみましょ」
辺境伯の屋敷に見劣りしない大聖堂である。塔の高さだけであれば辺境伯の屋敷など問題にならぬであろう。中はステンドグラスの光が差し込む静かな空間だった。
ガーフシャールは巨大なステンドグラスに目を奪われる。一人の男性が描かれている。男性は魔物を踏みつぶしている。男性の後ろには翼の生えた天使らしきものが祝福を与えている。
「大いなるお方が魔を滅し、使徒を従える様子を描いているのよ。御名前を軽々しく呼ばないよう、大いなるお方とお呼びするわ。大いなるお方を後ろ、翼の生えた使徒は伝説の龍騎士公と解釈するわ。大いなるお方は遙か東の地で、龍騎士公の力を借りて地上から魔を滅したのよ。そして指差されたわ。西に行けと。御聖西行と言うわ。気の遠くなる月日が流れ、産まれたのが古王国。古王国が大きくなり、帝国や他の国になったのよ」
「あれ? 王国の祖は二人で来たって」
「うん。だから王国では二人の絵になるの。王と使徒。二人で来たと。王国では御聖西行は王国の祖二人の旅としているわ。座って休みましょ」
正面の男性像、魔を踏みつぶす像を眺めながら大広間の椅子に座る。
「あっ」
ガーフシャールは思わず声を零してしまう。前の席で祈っている老女にギロリと睨まれた。