第四十二話 ガリュディーンの戦い その二
第四十二話 ガリュディーンの戦い その二
「良し! 大物はやっつけた! 突撃用意! 俺が騎乗しながらあのでかい鬼を討ちます! 残りは剣で小さな鬼を討て! 心をしっかり持て! 相手は異形のバケモノ! 抹殺するぞ! リーゼロッテ様! 指揮をお願いします!」
ガーフシャールが叫ぶと皆騎乗する。ガーフシャールは撃てる準備が整った二丁の銃のうち、一丁を馬にくくり付け、一丁は右手に持つ。
「私も撃ちます。私も戦えます! 皆! 私に続いて!」
シューリファールリ王女は火が灯っている短銃を四丁馬にくくり付けると乗馬する。
「わかりました! お覚悟貰います! 目標、大型の鬼、俺が右、殿下が左! 二発撃ったら離脱します! 良いですか! 中型の鬼は三頭! 一匹残っても帰還します!」
「はい! 行きましょう!」
「いいわ。相手は弓は無いようね。行きなさい! 城壁に籠もるクソどもに我らの強さを見せつけるのよ! ガーフシャール君! 殿下!」
「出て来ましたぞ。小さき兵の早駆け、見事でありました・・・馬上から弓を射るんですよ・・・おや、二騎おりますな・・・」
第九騎士団を率いるバルゴ副団長は先駆けしてくる二騎を指差す。
「ガーフシャールとリーゼロッテ殿か? 違うな、小さいおなごだ・・・」
スーデクアリ辺境伯の言葉に、バルゴ副団長は目を凝らす。
「小さきおなご・・・殿下! 殿下です! 殿下! 何をされているんです! 弓も無しで先駆けなど! 殿下ァアァァァ!」
「何? シューリファールリ王女殿下か? 確かか?」
「うおおおお!」
状況を良くわかっていない城壁の兵達は先駆けの二騎に大きな歓声を上げる。早駆けは戦の誉れ。死を賭して駆け抜ける二騎に腹の底から歓声を上げる。それが戦の流儀、死に行く兵への手向けなのだ。
ガーフシャールは右手で銃を持ち、左手で手綱を握る。左手は胸の前でL字とし、銃を置く。シューリファールリ王女もガーフシャールと同じ態勢を取る。
「よし! 行きます! 俺の指示で射撃! 良いですか!」
ガーフシャールは距離二百と百で射撃することとした。二発撃ったら引き返す予定だ。
「わかりました! 指示頼みます! ハッ!」
二騎は一斉に飛び出した。ガーフシャールは狙いを付けるが体が上下する。距離三百五十。指輪が正確にガーフシャールに教えてくる。銃口の上下が大きく撃てない。
距離三百。二百五十。二百。銃口が上下する少し大きいが、ガーフシャールは声を上げる。
「射撃!」
シューリファールリ王女は体を浮かせ、銃口を上下させないで狙いを付けていた。心は驚くほど静かで、透き通っている。何も聞こえない。聞こえるのはガーフシャールの声だけだった。
ガーフシャールの声でシューリファールリ王女は引き金を引いた。一週間、何度も何度も練習した馬上射撃だ。シューリファールリ王女の弾は見事眉間を撃ち抜いた。ガーフシャールも当てたものの、頭ではなく胸に命中した。
「くそ! なんて丈夫な体だ! 殿下! もう一つ頼みます! 射撃!」
ガーフシャールは再び引き金を引く。ガーフシャールの弾は再び胸に当たる。流石に二発目で鬼は吹き飛び、息絶えた。シューリファールリ王女は再び眉間を撃ち抜き、二頭目の鬼を獲る。
「流石です! 離脱! 離脱です! 離脱!」
シューリファールリ王女の様子が変だった。三発目を撃とうとしている。ガーフシャールは銃を背負うと、馬を横付けし、短銃を奪う。
「殿下! お気を確かに! 戻ります!」
シューリファールリ王女は戦に飲まれ、状況判断が出来なくなっていた。銃をもぎ取られてようやく我に返る。
「殿下! 戻ります!」
「は、はい!」
鬼達は何が起きたのか理解出来ず、進軍の足を止めた。先駆けの二騎は余裕を持って速度を落とし、右回りで戻る。城壁からは大歓声が上がっている。
「お見事でした、殿下」
「は、はい!」
ガーフシャールはシューリファールリ王女王女の顔が青ざめているのを確認する。そのまま戻り、陣に収容される。
「ガーフシャール君は殿下を頼むわ! デルーグリもよ! 出撃は駄目よ! 第一隊、第二隊! 共に横になれ! 一気に殲滅するわよ! 目標! 気持ちの悪い小鬼ども!」
リーゼロッテが命じると、リーゼロッテを中心に二十騎が横一直線に並ぶ。リーゼロッテは剣を高く振り上げる。
「突撃!」
戦場にリーゼロッテの声が響く。龍騎兵隊は一斉に飛び出した。
「な、なんていうことだ・・・」
バルゴ副団長は目の前の光景が信じられなかった。ガーフシャールと言う、子供の兵とシューリファールリ王女が手にする何かで鬼を三頭屠り、何事も無かったかの如く帰還していく。
「シューリファールリ殿下だァァァ!」
誰かが気付き、声を上げる。
「殿下ァッァア!」
「殿下ァアアア!」
衛兵は剣を振り上げながら声を張り上げた。
二騎が戻ると、騎兵が一直線に並び戦場を疾駆し始める。蹂躙だった。騎兵達は小さな鬼どもを難なく屠っていき、あっと言う間に全てを討ち滅ぼした。
「辺境伯様、恐ろしく精強な寄子をお持ちで。で、どうして殿下までもが魔法を・・・?」
「魔法だと?」
「ええ。古の龍騎士公は龍に乗り、白色の息で全てを燃やしたと言いますけどね」
「無論知っておる」
「龍に乗る前もドラゴンブレスを放ったと古い記録にあります。恐らく、あのようなものだったのかと。龍は言い過ぎで、騎上から魔法を放ったのでしょう。いやはや、古の魔術を復刻するなど、いやはや・・・」
「古の魔術だと・・・?」
「お、来ましたぞ。あの者は侯爵令で罪人となっております」
「わかっている。捕らえよ」
「殿下、大丈夫ですか?」
シューリファールリ王女は馬から降りると、胃の中の物を全て吐いた。
「殿下?」
デルーグリも異変に気が付き、馬を下りる。
「大丈夫です・・・皆が待っています。行きますよ。二人、私の後に続きなさい」
「は」
「は」
ガーフシャールとデルーグリは子供であるシューリファールリ王女から発せられる威厳に圧倒され、短く返事をする。シューリファールリ王女はガーフシャールから短銃を奪うと右手に持ったまま騎乗する。
「ますは賊の魔法使いを調べましょう」
ガーフシャールとデルーグリ、シューリファールリ王女は皆が見守る中戦場の端へ移動する。城壁に対面しているリーゼロッテ達の後方になる。
三騎が後方へ移動すると、リーゼロッテもやってきた。ガーフシャールはキーミルから降りて遺骸を見る。ローブ姿のいかにも魔道師風の老人であった。
ガーフシャールは一冊の本以外に手がかりになりそうな物は発見出来なかった。
「こいつがバケモノを呼んだのでしょうか?」
「リーゼロッテ様、恐らく。魔法陣が書いてある本ですね。この本は魔道書でしょう。何が書いてあるのか全くわかりませんが」
ガーフシャールはぱらぱらとページを捲る。ガーフシャールは魔法陣であろうと見当を付ける。間違っていないだろう。
「下手人を捕らえよ!」
後ろ、騎兵達の裏から声と兵が移動してくる音がする。
「下がれ! 下手人、ガーフシャール・ヴェールクを捕縛せよ! 抵抗する者を斬ってもよい! 王国への反逆と見なす!」
少なくない辺境伯領兵が騎兵達と相対して布陣を始める。
「何?」
リーゼロッテが驚いて騎兵の前に出る。対する領兵の先頭に、五人の第八騎士団が陣取っている。バルゴ副団長が口を開いた。
「下手人ガーフシャール・ヴェールクを差し出せ。侯爵令により捕縛、処刑する」
ガーフシャールはやはり、と思い空を見上げた。空は何事も無かったように晴れ渡っていた。
「デルーグリ様お世話になりました。デデさんは忘れられているようです。領の発展が見れなかった事が残念です」
ガーフシャールはキーミルに騎乗する。短い間であったが、自分の分身のように感じられた。撫でた鬣は少しごわごわしていた。