第四十話 バレルの製造 その二
第四十話 バレルの製造 その二
「じゃあ尾栓を作りましょう・・・打ち金に四角い穴が開いていますね・・・これを使いましょうか。四角い穴にはまるネジの部品を作って、本来はヤスリで削ってネジを切るんですが」
翌日、朝からウスさんとガーフシャールは鍛冶場でバレルの製造を行っている。デデローコグリツデセスは山に硝石と硫黄を取りに行っている。
「うへぇ、ヤスリかあ」
「大丈夫です。ダイスを使うんです。まずは尾栓の部品をお願いします」
ウスさんはさっと尾栓の部品を作ると、ガーフシャールはダイスというネジを切る道具を嵌め、油を塗って手で回し始める。
「むぎぎ・・・」
「かわるぞお」
ウスさんは太い腕でダイスをぐりぐりと回す。あっと言う間にネジが出来上がる。
「おお、ヤスリで削ると時間がかかるからなあ」
「昨日作った筒の尻を焼いて、尾栓を差し込んで叩けばネジが複写されるでしょ。穴のネジを切るタップも用意してくれていたんだよな・・・恐らく自分では作っていないんだろうな・・・」
「ん? なんだあ?」
「あ、いや。なるほどなあ。じゃあやるぞお」
ウスさんは炉で筒の端部を焼き、ネジを切った尾栓を差し込んで叩いて成型する。尾栓を外すと筒にもネジが斬れている。
「出来ました? じゃあライフリングを作りましょう。筒全体を焼いて、この部品を差し込んで叩けばライフリングが写りますから」
ガーフシャールはライフリングが掘ってある棒を手渡す。ネジと同じ要領で転写するのである。焼いて叩いて変形させるのだ。
「なるほどお。この型は大事だなあ」
「外に売るときはライフリングが無い銃にしてくださいね。弾はこっちの型ですね。丸い弾です。良いですか、デルーグリ様。ライフリングの無い銃は威力も弱いし、飛距離も半分以下ですので」
後ろで見ているデルーグリは頷く。見学者は屋敷のメンバー全員である。
「わかったあ。やるかあ」
筒を焼いてライフリングの型を差し込み、叩くとあっと言う間にライフリングが出来上がる。出来上がったバレルに狙いを付ける先目付と元目付、火皿、固定用のピンを打つ部位を鍛接していく。棒状のヤスリで内部を仕上げて完成だ。
ガーフシャールは出来上がりを確認する。尾栓も十分に見える。作ってある予備の銃床にバレルを付けると銃の完成である。
「出来た・・・あ、ウスさん。王女殿下が銃を所望されましてね、半分の長さのバレルで、銃床も短い銃を三丁製造して欲しいなと」
「いいぞお。じゃあ作るかあ」
「その前に予備の銃床分、あと二つ銃をお願いします・・・試射に行きますよ」
「わかったあ」
城門の外の試射場に行き、弾を込めた銃を手頃な木にロープで銃をくくり付ける。引き金もロープで遠くから操作して数発撃った。暴発しなく、大丈夫の様である。
「す、凄い音だあ」
「ウスさんの価値は村で一番だな。機織り機と銃を作れるのか・・・ウスさん、今日からガーフシャールの家の隣に住め。正式に当家の家人とする。嫁は村長と相談しておいてやる」
「いいのかあ?」
デルーグリはウスさんの重要性を認め、正式に家人として迎え入れた。
「すまんなあ。じゃあ戻って銃をつくるぞお」
ウスさんはニコニコ顔で戻って行った。シューリファールリ王女意外の屋敷のメンバーは自分の馬を連れてきて、音を聞かせながら射撃練習を重ねる。新しく作った銃の精度はとても高い。用意されていた製造工具類の精度が恐ろしく高いからだ。
「遠くから撃ちましょうよ」
リーゼロッテは射程ギリギリとなる三百メリルの距離で俯せになる。ガーフシャールは綺麗なヒップラインに目を奪われる。
「うーん、やっぱりリーゼロッテ様のお尻は綺麗ですね。ガーフシャール君もそう思うでしょう? あ、リーゼロッテ様のお尻はもうガーフシャール君のものなんでしたっけ」
ミシェリは凝視しながら頷く。
「違うぞ、姉さんはガーフシャールの二つある魂を一つにするために、思わせぶりな態度をしてだな、ガーフシャールがその気になったらクソ平民が! と言って殴って気絶させたらしいぞ。凄い痣だった」
「ええ?! 嘘ォ?」
ガーフシャールは全裸のリーゼロッテを思い出す。実は全裸で抱き合ったのは内緒にしておく。
「ちょっと! 五月蠅い! 仕方が無かったのよ!」
リーゼロッテも思い出したのか、ちょっと顔が赤い。気を取り直して射撃を開始する。
ズバン!
「・・・確かに狙いやすいわ。銃が動かないのよね」
「そうなのですか? リーゼロッテ様。じゃあ私も」
ミシェリは弾を込めると、俯せで銃を構える。ミシェリのお尻は大きめでふくよかだ。
「あら、ミシェリのお尻は大きくて触りたくなるわね。男の人が触りたがる気持ちが分からなくはないわ」
リーゼロッテはミシェリのお尻を触り始めるがミシェリは集中を切らさず、撃つと見事命中する。
「反応ないからつまらないわね」
銃が二丁あるので、射撃している時に弾込めを行いながらどんどんと皆で射撃をした。ガーフシャールは全て的に当てる事が出来るが、皆は十発に一発当てれれば良いところだった。
馬たちも慣れてきたのか、射撃音を聞いても驚かなくなった。射撃訓練を切り上げるとシューリファールリ王女とリーゼロッテは乗馬の訓練を行い始めた。
「ガーフシャール、殿下と姉さんを頼むな。ミシェリ、戻ろう」
二人が去ると、ガーフシャールは木の幹にもたれ掛かって座り込む。楽しそうに乗馬訓練を行う二人を見ていると心が落ち着いてくる。真っ青な秋空がガーフシャールの心を癒やしてくれる。もうすぐ、強大な敵との戦いや理不尽な運命が待ち構えているとしても。
あの日、本当のガーフシャールの心が死ぬと決めた日も晴天であった。銃の売却で侯爵側と話を付けたいと考えているが、どうであろう。銃の出始め、弾の装填に時間が掛かるために役に立たないと考える人もいた。一丁手渡しても、珍しい物がある程度の認識で終わるかも知れない。
「ほら、ガーフシャール君は良い匂いがするでしょ」
「本当だわ・・・フフフ」
ガーフシャールはリーゼロッテの香りと乳のような子供の香りで目が覚めた。いつの間にかガーフシャールは寝かされ、居眠りをしていたようだった。両腕はリーゼロッテとシューリファールリ王女がそれぞれ枕に使っている。
「お父様には内緒ね・・・それこそ処刑されてしまう・・・ね、リーゼロッテ。ガーフシャールの子は何時産むの?」
「・・・いえ、あの」
「ううん、ガーフシャル君とはね、素っ裸で抱き合って大人のキスをしただけなの。だから子は・・・」
「フフフ。口が硬いリーゼロッテが吐きましたわ。やっぱり二人は恋仲なの? ちょっと憧れるかな・・・」
「あら? 恋仲ではありませんよ? みんなには内緒ですよ? 三人の秘密ですよ」
「うん。ガーフシャールは私がなんとかする・・・なんとか出来ないかな・・・」
「侯爵令・・・伯爵以下にしか効力はありませんから、私とガーフシャール君を護衛に雇っていただければ・・・無理か、兵卒の命を気遣う様な奴らじゃないわね・・・亡命しよっか、ガーフシャール君。デデさんは山に逃げて貰ってさ」
「え?」
「二人で山を越えて逃げよう。付き合ってあげる」
「亡命・・・でもデルーグリ様に迷惑が」
「気にしないで。殿下がお力になってくださるでしょう?」
「王国から去るのですか・・・本当に何て言ったらいいか・・・」
「いや。そのお気持ちを忘れずにいてくだされば十分です」
「はい。ガーフシャール。ちょっと羨ましいです」
「ウフフ・・・モテモテね。殿下はガーフシャール君が大好きなのよ」
「はい・・・あの、お慕い申していますが、私は子供ですし、リーゼロッテと仲良くね」
「ウフフ。殿下もようやく本音を吐き出したわね」
「・・・私は戻ったら婚約ですので・・・恐らく相手が決まっているのかと・・・私には生贄の件とガーフシャールの件があるのでどうなるかわからないですが・・・」
「殿下の運命も狂わせてしまいました・・・」
「ガーフシャール。それ以上卑下すると怒りますよ? 捕らわれたレディを救うのは王国兵の、本当の貴族の仕事です。ガーフシャールは胸を張ってください。で、何処に行くのですか?」
「ガーフシャール君は希望ある?」
「出来れば公国は避けたいなと。どうやら公子を討ったので血眼で探されているみたいですし」
シューリファールリ王女はガーフシャールにしがみついてきた。
「その話は本当・・・なの?」
「殿下、公子を討ったのを俺自身は確認していないですが、少なくても第一騎士団長は討ちましたよ」
「ね、東に行ってみようか。ルーシュの森に行こうよ。それが良いわ」
どうやら行き先は決まった様だった。この世界を見て回るのも良いのかもしれなかった。戻れないかも知れないここの風景を、空をよく見ておこうと心に決めた。世の中は理不尽だけど、美しかった。