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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第四話 援軍

第四話 援軍


 俺が起き上がったのは三日後だった。目を閉じても俺を睨む敵兵の顔も浮かんでこなくなったし、味方が血を吹いて死んでいく光景も浮かばなくなった。


 「どうだ? だいぶ良さそうだな。追撃で敵兵は壊滅したそうだ。百名近く討ったと言っていたな。向こうの損害は二百、こちらは七だ。良くやったよ、お前は。ただお前は兵に慣れていないな。かくいう俺もようやっと人の死に様が浮かんでこなくなったよ。良くも悪くも戦場にいると体がなれてくるんだろうな。よし、朝飯を持って来てやる」


 「あの、敵兵の兵糧は・・・?」


 デルーグリが去ろうとした際、俺は気になっていた事を聞いてみた。兵糧はあと二週間ちょっとしか無いはずだ。


 「奴ら、撤退時に全部燃やしたそうだ。くそ。私の手紙を持たせて家に使いを出した。補給があると思うが、なんかおかしいよな・・・まあ待っていろ」


 しばらくすると、麦粥が入った椀と中隊長三人を連れたデルーグリが戻って来た。


 「おい、状況はどうなんだ?」


 デルーグリが三人に質問する。


 「他の砦に出した兵が戻ってこない。状況はわからない。既に落ちたかも知れない。今日から食を減らす。だがもっても三週間だ。対応を決めないといけない」


 デルグ第二中隊長が言い切った。


 「それより、御貴族様は帰った方がいいんじゃないのかえ? 御領地が攻められているんじゃないかえ?」

 ガエリ第一中隊長がデルーグリを見る。


 「そうかも知れないが・・・私が戻っても、何も出来ないんだ。家では無能物扱いだからな・・・」


 「補給が無ければ対応を考えないと駄目か・・・一週間待つんだろうな。新指揮官が来たら私は帰るよ」


 デルーグリが言うと、三中隊長はわかったと言って部屋を出て行った。


 「デルーグリ様、第二中隊に戻ります。指揮をお願いします」


 「お前・・・言っちゃあなんだが死ぬぞ。私の側使えになっておけ」


 俺は首を振った。


 「戻してください。俺には全体の指揮など無理です。こうして寝込んでいますし」


 「・・・そうだな。わかった。軍を抜けたらいつでもグレルアリ子爵家に来い。私の短剣を渡しておく。この短剣を見せると話は通る」


 俺は紋章入りの短剣というか、ナイフを受け取った。白木の鞘ではなく。紋章が入ったニス塗りの鞘に納められている。


 「助けてくれた礼だ。ありがとう」


 俺は深く礼をすると隊長室を退去し、第二中隊の一般兵に戻った。


 弓を与えられ、砦の端で射る練習をしているが、へたくそである。筋力が足りないのだ。ガーフシャールの魂が喜んでいた。ようやく仲間の元に帰って来たのだった。


 ガーフシャールの魂は第二中隊と運命を共にすると言って聞かなかった。次かその次で戦死すると思う。ガーフシャールの体はどう見ても成長過程の子供で、体が小さく、兵として弱すぎる。


 食事は目に見えて減った。ガーフシャールにはそれでも多い量であるが、他の兵達には少ない量である。


 「ボーンデ、食べてよ」


 俺は食べきれないので粥を三分の一ほど年の近いボーンデに分ける。ボーンデは体が大きく、力が強そうだった。


 「すまねえ。飯が減って辛いの。恩に着るぞ・・・うめえ」


 麦粥は旨い物では無い。小麦にぶつ切りの玉葱を入れて塩で煮ただけだ。ガーフシャールの魂が俺に残した微かな記憶を辿ると、兵になる前は一日一食の極貧の暮らしだった。俺は孤児だった。徴兵の役人が着たとき、村からは孤児二人が差し出された。兵になり、飯が一日二食も食えたときは嬉しかった。この砦、デルム砦に行軍し、第二中隊に孤児二人で配属になった。


 最初の戦いで一緒に兵になった孤児が死んだ。俺も死んだのだと思う。損害が大きかったそうだから、百人か五十人が死んだのだろう。


 俺が指揮を取った戦いが二度目だ。俺の最後は次か、その次か。死ぬとわかると、何故かしらガーフシャールの魂が落ち着くのがわかる。


 皆、静かに死を待っているように見えた。ボーンデも孤児であったようだ。孤児は食事を満足に食えなく、暖も取れない。孤児は冬になると、寝たまま死ぬ者が増えてくる。特に今年は食べ物が無く、いつも腹を空かせていた。砦にはそうした死を待つ人間が押し寄せているのだろう。


 動きがあったのは三日後だ。なんと援軍が来た様である。


 「とうとう援軍がきたなや。飯をすまなんだな。お前ぇに銭をやる。飯、うまかった。そして、お前ぇの戦いは楽しかった・・・腹の底から叫んだぞ・・・この命は仲間の為に! この命は家族の為に!」


 俺は銀貨二枚を手渡された。


 「おい・・・ボーンデ、どうしました?」


 「・・・良いから取っておけ・・・」


 「・・・わかりました・・・」


 俺はその夜、寝付くことが出きなかった。答えは翌日判明した。


 新隊長が着任したのだ。小太りの偉そうな男だった。着任するなり、大声を張り上げた。


 「なんだ! このおかしな柵は! 撤去だ撤去! 邪魔だ! 誰だ! 神聖なる砦におかしな柵を付けた奴は! 王国兵として許される事ではない! 名乗れ! くそ! 早く撤去しろ!」


 新隊長の命令で、補充兵があっと言う間に馬出しを撤去した。第二中隊の皆はただ撤去されていくのを黙って見つめていた。


 「お前ぇの柵が・・・」


 ボーンデは柵が撤去されたのを悔しがってくれた。


 「移動だ! すぐに外に出ろ!」


 砦内に声が響く。第一中隊から第三中隊まで砦の外に出された。補充兵は俺達が外に出ると、代わりに入って行った。数は三百か。


 俺達は砦の前で野営となった。飯も更に少なくなった。飯を食わない俺でも足りない量だった。


 「あんの新しい隊長め・・・見ろ、大きな煙が上がっている・・・たらふく飯を食ってやがる・・・俺達は肉の壁かよ・・・」


 第二中隊から不満の声が上がる。皆、怒りに声を震わせている。不満は爆発しそうであった。俺は謀反が起きても不思議ではないとと感じている。謀反を起こすにしろ、肉の壁になるにしろ、第二中隊と運命を共にするつもりである。それが、ガーフシャールの魂の願いだからだ。


 翌日、珍しいことにボーンデと共に偵察の命を受けた。二人で丘を下りて偵察を行う。丘の下は草原になっている。


 「珍しいですね・・・偵察なんて」


 「良いではないか・・・麦も貰ったしな・・・さ、炊いで食うぞ」


 二人で火を起こし、久しぶりに麦粥を腹一杯食べた。俺は四半分で、残りはボーンデが食べた。


 「うめえ。偵察はいいな」


 偵察は一日中歩くから、麦が支給される。人気の職務である。二刻ほど歩くと、思った通り大軍勢が見える。俺は慌てて草むらに隠れる。ボーンデも隠れさせ、二人で偵察を続ける。


 「スゲエ数だ・・・やばいな・・・」


 ボーンデは素直な感想を述べる。


 「ええと、中隊はいくつ見えます?」


 「十だなあ。後にもあるんだろうなあ」


 俺も同じ見解だ。前列に中隊が十。


 「彼奴等の中隊は五十人だなあ。見えるだけで五百人だあ」


 俺達は急いで砦に戻り、デルグ第二中隊長に報告する。


 「・・・前列に中隊が十、後方は見えないと・・・数千の大部隊だな・・・わかった。隊長に報告してくる。ご苦労だった。ボーンデも来い」


 デルグ第二中隊長とボーンデは野営場所から去っていった。第二中隊の面々の鼻息が荒くなる。


 「聞いたか! 明日は戦だぞ! 我らは仲間の為に! 我らは家族の為に!」


 誰かが叫び始めた。


 いつの間にか、砦の外で野営をする部隊、第一中隊から第三中隊まで全員で叫び始めていた。


 俺もいつの間にか叫び始める。


 「我らは仲間の為に!」


 だん!


 全員で足を踏みならす。


 「我らは家族の為に!」


 だん!


 何時までも叫び続けた。迫り来る死を逃れようとしているのか、受け入れようとしているのか。


 俺は大粒の涙を流した。生死を共にする仲間がいることが嬉しかったのだ。ガーフシャールの魂が歓喜の声を上げていた。俺も精一杯の声を張り上げた。兵達の声が丘に響き渡った。踏みならす足音が大地を振るわせた。俺達の声は、俺が上げた鬨の声は皆の心に入り込み、一つとなったのだ。待ち受けるのが例え死でも、精一杯戦おうと心に誓った。


 ガーフシャール、十四歳の初夏だった。

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