第三十七話 託された秘宝
第三十七話 託された秘宝
「デルーグリ! 有ったわ! 書き置きよ! 追わなきゃ!」
今朝からガーフシャールの姿が見えなく、皆で探していたのだった。ガーフシャールの寝室の片隅に書き置きが残されていた。今までお世話になりました、と簡潔に書かれていた。
「追わなきゃ!」
「駄目だ、姉さん。あいつの気持ちを察してやれ」
「どういう事よ!」
リーゼロッテはデルーグリの胸元を掴む。
「決まっているだろ。姉さんを巻き込みたくないんだよ。あいつは姉さんのこと大好きだろ」
リーゼロッテはその場に座り込む。
「そ、そんな」
「さ、今後を話し合おう。事態は深刻だ。侯爵が死なない内に手を打たないとな」
「・・・そうね。ガーフシャール君ならやりかねないわね。デデは居るのかしら?」
「居ないそうだ。表に居る兵達に言って、山に確認に行かせているが、居ないと思うぞ。さ、戻ろう」
二人が屋敷に戻ると、ミシェリとシューリファールリ王女が走り寄ってくる。デルーグリは黙って書き置きを二人に見せる。
「そんな・・・どうして・・・私を助けたばっかりに・・・」
「殿下、王国兵として当然の行いです。ですがあのクソ女は許せないですね」
ミシェリが恐ろしく憤慨している。
「デルーグリ、ガーフシャールはただの兵では無いのですね? 騎兵なので珍しいのは確かですが。あの、その、もの凄く勇敢で強いですし・・・皆さんとても大事にしている感じですよね。兵卒にそこまで気に掛けるのは異常に見えてきます」
「は。我らが生きているのと、王国が平和なのはガーフシャールが戦ってくれたからです。公国が攻めて来た事があったのをご存じですか? 我らが子爵家時代、ガーフシャールが砦の兵二百を率いて公国兵五千を撤退に追い込んだんですよ。どうやら公子を討った様ですね」
「聞いた事があります・・・」
「あと、殿下がこんな辺鄙な場所まで出向かれたのはドレスを新調するためではありませんか? あの女は侯爵家の娘なのにドレス製作で騎士爵になったんじゃ・・・」
「デルーグリ良く知っているわね。彼女のドレスはとても人気よ。第九騎士団の子達はみんな殺してやりたいと思っているけどね。第九騎士団の子は妾の子が多くて、警備していても罵詈雑言を浴びせてくるのよ。ミシェリは実際に剣を抜いたから騎士団を首になったのよね」
「止めてください。昔の話じゃないですか」
「高貴な青い血が汚れる、ですか・・・」
「ところで殿下は薄い綿と透き通る綿があると聞いたのでは無いですか?」
「はい! そうなんです!」
「あれは当家で織っているんです。ガーフシャールが考案した機織り機で織っているのですよ。あとで見に行きましょうか」
「是非! あの、高貴な血って何なのでしょうか・・・」
「その答えはガーフシャールの首根っこをとっつかまえて聞いて下さい。あいつなら知っているかも知れません」
時間は夜明け前に戻る。ガーフシャールは夜明けの冷え込みの中、葦毛のキーミルに騎乗し城壁を眺めていた。城壁前には騎兵達が野営をしている。皆が起きないよう、静かに通り抜けると街道を駆け始める。
「みんな、ありがとう。リーゼロッテ・・・」
ガーフシャールは呟くとキーミルを疾駆させた。後ろからもの凄い速さで近寄ってくる騎兵がいる。ガーフシャールは速度を落とし、合流する事にした。
「勝手に行くなんて酷いぜ。見せたい物がある。まずはこの先の小川で休憩だ」
デデローコグリツデセスが荷馬を曳きながら姿を現した。二騎は黙って街道を進み、小川に到着すると馬たちが水を飲ます。デデローコグリツデセスは背の荷物をガーフシャールに差し出した。
「一族の宝物だ。大将ならわかるだろう。使えるのなら使え」
差し出された革袋から、金属の筒状の物が取り出す。
「!」
ガーフシャールは見て驚いた。
「やはり、大将はなんだかわかるのだな」
「・・・」
手に取った金属の筒は、長剣の長さ程度の筒だった。銀の様な金属であるが、銀よりも遙かに硬そうだった。ステンレスの様な銀であった。
「じゅ、銃身・・・バレルだ・・・」
筒には片側の端がネジになっていて、外すと旋条痕、ライフリングが加工してあった。ネジ部の側には小さな穴が開いてあった。銃身にネジが切ってあるのはいわゆる火縄銃の特徴である。衝撃で爆発する雷管の発明前は火縄や火打ち石で火薬に着火させていた。
「俺にマスケット銃を通り超してミニエー銃を使わせるのか・・・」
さらに棒が入っていた。材質はやはり非常に硬い銀の様な不思議な金属である。棒は周囲に歯が切ってある。歯はライフリングに酷似している。棒をバレルに入れてみると、回転しながら入って行った。
「・・・バレルを作る型だ・・・筒にこの型を差し込んで熱間鍛造の後引き抜けばライフリングが出来上がる・・・」
棒は五本もあった。歯のない棒もある。歯のない棒で最初に筒を作るのだろう。最後に手に取ったのはネジより鋭い歯を持った棒と、ピッタリ嵌る雌だ。棒の方はタップと言い、穴にネジを切る工具だ。雌は棒にネジを切る道具だ。
「タップとダイスまで・・・」
「うん? どうした大将。顔色が悪いぞ」
「・・・俺は歴史に大量の人間を殺した男として名を残すかもしれません」
「何を言っているんだ?」
「温泉があるから硫黄はあるか・・・デデさん、白い山ですけど白くて柔らかい石とか有りません?」
あの山は、黒色火薬の原料となる硝石と硫黄が採れるのだろう。木炭の粉、炭素と硫黄と硝石を混ぜれば火薬になる。硝石は白かったはずである。
「ああ。前に見に行った山の一番端に腐るほどある」
「そうですか・・・」
最後に袋から取り出したのは弾の鋳型である。先の尖ったミエネー弾であった。
「で、何なんだ? 一族に託された物とは」
「銃という非常に強力な武器の見本と、製作する工具と、燃える薬の鉱山です。この筒の中で燃える薬を燃やして、この型で作った金属片を飛ばすんです」
「なんだ、石礫なのか」
「ほら、見て下さい。筒に溝が切ってあるでしょう? この溝が金属片、弾と言うんですけど弾に回転を与えて、回りながら飛翔します。そうですね、鉄兜位簡単に貫通しますね。こいつの前に鎧など無意味です。そうですね、あそこの奥の木まで届くんじゃないですかね」
ガーフシャールは五百メートル離れた木を指差す。
「何を言っている。矢でも届かないぞ」
「ええ。この溝が無かったら矢くらいしか飛ばないんですが、これは大丈夫ですね。これで撃ち抜かれたら即死ですよ」
「そうか・・・不思議な金属の見本と作るための道具か・・・祖先は大将に使わせたかったのか・・・」
「え? 何を言っているです?」
「指輪を使う人間が現れたら渡せと言い伝えられている。あのバケモノに使えばいい。それを使う事で救える人がいるのであれば使うがいいだろう。それを使わないとお嬢殿を守れないのではないか? 我らは二十名しか居ないんだぞ? 守れるなら山に戻って白い石を掘ってきてやる。攻められる前に作ってしまった方がいいと思うがな。あのクソ女は俺の獲物だ。渡さないぞ」
「・・・戻りますか・・・」
「ああ。それが良い」
「本当に龍騎兵になりますね」
「うん?」
「これを持つ騎兵を龍騎兵と言うんです。龍に乗った兵では無いんですよ。戻って本当の龍騎兵隊を組織しましょう。温泉のある山に黄色い粉というか、石というか、吹き出た物があると思うんです」
「ああ。臭いやつだろ」
「あれも取ってきて下さい」
「いいぞ。戻るか。一人でクソ女を討たせないぞ。クソ女は俺が殺す」
「まあ上手く講和できるように使い方を考えましょう。殺したらあの人と同じ人種になりますから。我々は正義を良しとするグレルアリ騎士爵家龍騎兵隊です」
「うむ。良い顔になったぞ」
ガーフシャールは強い決意を持ってキーミルに騎乗いた。運命の糸は切れ、動き始めてしまったのだ。ガーフシャールは銃を作る事が良いことなのかわからなかった。