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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
35/64

第三十五話 草原の戦い その三

三十四話が抜けておりました。

追加していますので、読まれていない方は先に三十四をお読み下さい。

第三十五話 草原の戦い その三


 「ちょっと! ガーフシャール君! 何を言っているの?!」


 緊迫した場面を切り裂くように放ったガーフシャールの命令がリーゼロッテを困惑させる。


 「詳しい話は後で! 街道の向こう!」


 ガーフシャールが指差す方向の街道の空間が歪み始める。


 「リーゼロッテ様! 殿下を!」


 ガーフシャールはシューリファールリ王女をリーゼロッテの前に騎乗させる。


 「なによあれ?!」


 空間に真円が描かれ、見たことの無い文字と文様が描かれていく。


 「魔法陣? 魔道師がいるのか?」


 ガーフシャールは脂汗を流す。龍騎兵団は無論、第八・第九騎士団も何が起きているのか理解出来ず、空間に現れた魔法陣をただ眺めるだけである。魔法陣までは五百メートルくらいだ。魔法陣の直径は三メートルくらいである。


 ガーフシャールは大きく深呼吸をして心を静めると、頭に展開される地形図に注意を放つ。魔法陣が発現している更に向こうに何者かが居る。根拠は無いが、魔道師に違いないと確信する。


 「キーミル! 全力で駆けるぞ! いけぇえ!」


 ガーフシャールが単騎、駆け始める。


 「駄目よ! 戻って!」


 シューリファールリ王女の絶叫がリーゼロッテに平常心を取り戻させた。


 「龍騎兵隊! 二列に布陣! 突撃用意! 何が起きるのか全くわからないけど、びびるんじゃないわよ!」


 リーゼロッテの声が草原に響く。リーゼロッテの命令我に返った騎兵達が陣を組み始める。


 「リーゼロッテ駄目よ! 直ぐに逃げなさい! アレは絶対にやばい物よ! 駄目、リーゼロッテまで死んでしまう!」


 「殿下、お降り下さい。生き残る保証は出来ません。残念ながら、グレルアリ騎士爵家龍騎兵団の命令はどんな時もたった一つなのです。ガーフシャールが戦う以上、我らも進まなくてはなりません」


 リーゼロッテは出来たばかりの龍騎兵団、名前も咄嗟に出てしまったものだ。当然、決まりなど有るわけないのだが、ガーフシャールが率いる隊に逃亡は似合わないと考えてしまった。


 「そんな・・・」


 馬を降ろされたシューリファールリ王女は顔を青ざめさせる。


 「お嬢ちゃん! 第一隊は整列した!」


 「お嬢殿。地獄へ付き合おう。第二隊突撃用意完了」


 第一隊を率いるデルグヅルヅスと、第二隊を率いるデデローコグリツデセスが命を捨てる覚悟を告げる。


 「全員抜剣!」


 「我らは仲間の為に!」

 「我らは家族の為に!」


 「行くわよ! 突撃!」





 ガーフシャールはキーミルを駆るが、魔法陣は完成してしまう。魔法陣はひび割れ、砕け散る。消えていく魔法陣からは巨大な人影が見えた。ガーフシャールは両手を離し、短弓に矢をつがえる。


 瞬間。世界が止まり、出現した巨大な影を確認する。


 「鬼! 違う! 一つ目の巨人だ!」


 巨大な一つ目は酷くゆっくりとガーフシャールを見た。粗末な毛皮に身を包んだ、人の大きさの三倍はあろうかという巨躯。鍛え上げられた腕は太く、巨大な棍棒をもっている。


 後ろで誰かが叫んだ気がしたが、酷くゆっくりで聞き取れない。逃げて行く小鳥の羽ばたきの羽毛まで見る事が出来た。


 ガーフシャールは躊躇いなく短弓を一つ目に射った。矢は寸分違わず目に突き刺さる。一つ目の巨人は棍棒を手放して目を押さえる。棍棒の落ち方が酷くゆっくりしていたが、次第に早くなってく。


 「うがああああ!」


 突然、世界の進み方が元に戻った。ガーフシャールはキーミルを反転させて一つ目の巨人の回りを走り、矢をつがえようとする。頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を感じ、視界が真っ黒になる。


 「駄目ヨォ! 下がりなさァァァァイ!」


 リーゼロッテは今起きている事を判断するのを中止する。理解が追いつかない。それよりも、ガーフシャールだった。余りに巨大で、力に満ちあふれ草原に君臨する一つ目の巨人にたった一騎で立ち向かって行く。


 ガーフシャールは疾駆したまま両手の手綱を離し、あっと言う間に矢を放った。ガーフシャールの顔は驚くほど静かで、何かに満ち足りていた。


 一つ目の巨人は唯一の弱点を射抜かれ、棍棒を落として顔を押さえる。ガーフシャールは二射目を放とうと試みるが、顔は青ざめ、目に力が無くなり、体の力が抜けていった。


 リーゼロッテは気力を使い果たしたのだと直感で感じた。


 「デデ! ガーフシャール君の確保! 残りは止まれ!」


 デデローコグリツデセスは馬の向きをガーフシャールに合わせて反転し、疾駆するキーミルに横付けする。ひらりと手綱を持ったままキーミルに飛び乗り、手綱を引いて速度を落とさせる。


 「良い子だ! 良く大将を守った! お前は凄い馬だ! ハッハ!」


 馬飼いのデデローコグリツデセスは当たり前のようにガーフシャールを抱きかかえたまま二頭を操り、速度を落としていく。完全に止まり、ガーフシャールを抱きかかえながら馬から降ろそうとする。


 「今よ! 侯爵家令を発するわ! あの平民を討ちなさい! 青い血を汚した罪はいかなる理由があれど許されないのです!」


 ミーエルスーテアが狂気とも言える目でデデローコグリツデセスを睨み、第八騎士団に指令を与える。侯爵家令という言葉で第八騎士団は全員が従い、剣を抜いた。


 「く・・・このバケモノめ! 何が青い血だ! お前達貴族だか虫の体液が流れているのか知らねえが!」


 デデローコグリツデセスはミーエルスーテアとベルゴ副団長を睨む。

 

 後方で異変を感じたのはリーゼロッテだった。


 「全員! 引き返すわ! ガーフシャールとデデを守るのよ! 怪物は放っておく! 行くわよ!」


 龍騎兵隊は再びガーフシャールとデデローコグリツデセスを収容し、第八騎士団と向かい合う形になる。


 「アハハッハ! お兄様の仇を討たせて貰うわよォォォォォ! アッハッハッハ! 侯爵家令を出したわ! もう撤回できないわよォォォォ! アハハハハ! いい気味! いい気味よ! アハハハ!」


 「オイ、お嬢殿。お兄様の仇って何だ」


 デデローコグリツデセスがガーフシャールを抱きかかえながら問いかける。


 「うう・・・まさかリーゼロッテ様が拐かされそうになった侯爵家って・・・」


 ガーフシャールは血の気が引き、騎乗する事すら不可能な状態で有ったが歯を食いしばって起き上がり、リーゼロッテに問いかけた。


 「ガーフシャール君、大丈夫・・・じゃないわね。ご名答、あいつの兄よ。そしてごめんなさいね。言っていなかった事があったわ。あいつの兄の股間を思いっきり蹴飛ばしたのよ。悶絶していたわ」


 「ハッハッハ! なら仕方ない。オイ、デルグヅルヅス。侯爵家ってのは偉いのか」


 「そんな事も知らないのか? スゲエ偉いぞ。ほぼ王族だぞ。因みに我らが騎士爵家はいっちゃん下っ端だ」


 「ハッハッハ。剛毅だなお嬢殿。逃げよう。後は大将に任せよう。生きて帰れないのは理解した」


 「よおし! 逃げるわよ! ベルゴ様! あの怪物を頼んだわよ! 続け!」


 リーゼロッテが号令を掛けると、シューリファールリ王女はひらりとリーゼロッテの馬に飛び乗った。


 「私を連れて行って。お願い、リーゼロッテ」


 「・・・死にますよ?」


 シューリファールリ王女は口を硬く結び、頷いた。


 「最後の時は私が介錯いたしますわ」


 龍騎兵隊は狂気の女と怪物を残し、疾駆した。ガーフシャールは薄れ行く意識の中で、馬の振動と、頬を流れる風と、背中に感じるデデローコグリツデセスの頼もしさを感じていた。


 理不尽で納得がいかないが、世の中は理不尽の方が多いのだ。無理矢理納得させ、ガーフシャールは再び闇に落ちていった。背中に感じる安心感と頼もしさは、死んでも忘れたくないと思ったのだった。

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