第三十一話 騎兵団の発足
第三十一話 騎兵団の発足
「しばらくの間村を離れますので、護りを頼みますね」
「どうしたのだ? 何処に行くのだ?」
ガーフシャールは剣を納め、息を整える。デデローコグリツデセスと二人で稽古の途中だった。
「リーゼロッテ様と辺境伯様の都へ行くんです。納めた布について話を聞きたいと言われましてね」
「ほう。あの薄いけったいな布であるな。俺は丈夫な厚手の方が良いが・・・わかった、護衛を付ける。大将が居なくなるとエールにありつけなくなるからな。出発は何時だ?」
「三日後です」
「わかった。待っていろ! は!」
デデローコグリツデセスは馬を走らせ、山へ向かって行った。
「護衛が付くのかな? 宿泊費は多めに用意しないと駄目か・・・」
ガーフシャールは葦毛のキーミルと共に村に戻る。村はミゲルが市を開いていて、月に一回のチャンスに人が集まっている。一番の売れ行きは塩らしい。次に鉄製品、古着が売れるとのことだった。
ガーフシャールは機織り場へ移動する。市がある日は休みになっていて、いつもは娘達が沢山いる機織り場も静かである。
買い物をして嬉しそうなクリムフィーアが機織り場へやって来た。新しいブローチが光っている。後ろからリーゼロッテも入って来る。
「クリムフィーア、織り上がった薄いやつある?」
「あるわ、ガーフシャール君。どうぞ」
クリムフィーアはリーゼロッテに織り上がった透ける木綿と薄い木綿を手渡す。全部で五反づつだ。
「しかし、凄いわよね・・・王都にも無いんじゃ無いかしら・・・」
リーゼロッテは手触りを楽しんでいるようだ。
「売り込みお願いしますね」
「フフフ。まかせて、クリムフィーア」
反物を受け取った三日後、出発の時が来た。朝、リーゼロッテとガーフシャールはデデローコグリツデセスを待ち受けた。ガーフシャールは一頭、荷馬を曳いている。デルーグリとミシェリも見送りに来ている。
「フフフ・・・楽しみね。何騎来るのかしら? 当家の騎兵隊の初出撃・・・二回目だったわ・・・凄い土埃よ・・・何騎来るのよ、ガーフシャール君」
「護衛って言っていたから二、三騎だと思ったんですが」
「確かに護衛はそれくらいだけど・・・凄い数じゃない?」
リーゼロッテが指差す方に土埃と蹄が起こす音が響き渡る。音が響き渡ると、見物の野次馬も増えて来た。
デデローコグリツデセスを先頭に、二十騎の騎馬が押し寄せた。羊飼いのデルグヅルヅスもいる。デデローコグリツデセスとデルグヅルヅスはミーケーリリル族の四天王とも言うべき人である。意外な事に、戦化粧はしていなかった。皆、簡素な鎧を着ている。
ミーケーリリル族は各隊に一騎、荷馬曳きがいた。三頭の満載の馬を曳いている。
「すまない。人選に手間取った。男どもは全員行くと言い張ったのだが、基本的に次男や三男で構成してある。だから心置きなく使え。俺の隊とデルグヅルヅスの隊と分けてある。デルグヅルヅスがお嬢殿の隊、俺が大将の隊になる。いいか?」
「わかったわ。貴方たちの命、貰い受けるわ」
リーゼロッテは大きく息を吸った。
「我々は! グレルアリ騎士爵家騎馬隊である! 君たちはこれより騎士である! 騎乗した本物の騎士だ! 単なる兵では無い! 我々は王国で唯一の本物の騎士なのだ!」
「俺達が騎士だと!」
「俺達無駄飯食らいが騎士!」
騎士である、というリーゼロッテの声に皆が反応して大声を上げる。ガーフシャールは騎士、というフレーズに魂が揺すぶられる。騎士は言い過ぎで、騎兵であるのだろうが。
「良く聞け! 騎士たるもの、高潔で無くてはならない! 盗んではいけない! 犯してはいけない! 無闇に殺してはならない! 守れるか! 守れない者は去れ! 守れない者は騎士では無い! 破った者は即座に斬り捨てる!」
「おお!」
「おお!」
「グレルアリ騎士爵家騎兵隊は王国に咲く正義の盾である! 辺境伯様と王室を守る硬き黒金の槍である! 我々は相手がどんなに強かろうが、どんなに数が多かろうが! 突撃を敢行すると思え! 死ぬとわかっていても、前進を止めないのがグレルアリ騎士爵家である! 今後、全員が助かるなどと言わない! 勇気のある者だけ来て欲しい! 我らの進む道は茨の道である! 厳しく険しい! 付いてこれるか!」
リーゼロッテの声が響き渡る。ガーフシャールの魂に響く。高潔で強い、本物の騎士。
「おおお!」
「おおお!」
ミーケーリリル族の騎士達も興奮し、声を張り上げている。
横で見ていたデルーグリが声を張り上げる。
「諸君! グレルアリ騎士爵家騎兵隊に加入することを許可する! ガーフシャール! 鬨の声を上げろ!」
一瞬で静かになり、全員がガーフシャールを見た。
「我々は仲間の為に!」
「我々は仲間の為に!」
ガーフシャールが大声を上げると、皆も大声を張り上げる。
「我々は家族の為に!」
「我々は家族の為に!」
「グレルアリ騎士爵家騎兵隊! 初の命を下す! 辺境伯領都ガリュディーンに向け移動を開始する! リーゼロッテ様が率いる隊が第一隊! 俺が第二隊! リーゼロッテ様と俺を先頭に、二列で行軍する! 速度は速歩! 行くぞ!」
「大将、荷馬は引き受ける。おい!」
「はい!」
デデローコグリツデセスの荷馬曳きがガーフシャールの荷馬を引き取り、四頭曳くことになった。
ガーフシャールはリーゼロッテと目で合図を行うと、馬を進めた。後ろにはデデローコグリツデセスとデルグヅルヅスが続き、残りの騎兵達も後に続く。
「リーゼロッテ様! ガーフシャール君! ご武運を!」
広場にミシェリの声が響いくと、野次馬達から歓声が上がる。グレルアリ騎士爵家騎兵隊は皆の歓声に見送られ、村を旅だった。
「まるで大戦に行くような出陣でしたね。隣町に行くだけなのに」
「仕方が無いわ。でも立派な騎兵隊で感動しちゃった。本当はこんなに必要ないけど、行軍訓練とするわね。軍は動くだけでも大変だわ。ましてや総騎兵隊など誰も率いていないのよ。動くだけでも大変だわ」
ガーフシャールは頷き、前を見る。一兵卒に過ぎなかったガーフシャールがリーゼロッテと並んで少ないながらも兵を率いている。葦毛のキーミルは速歩、歩く速さの三倍で進んでいく。時折後ろを向くと、騎兵達が並んでいる。
行軍は早かった。荷馬車だと一週間かかるが、このペースでは三日程度で到着しそうである。二日前に先行したミゲルの隊商と、明日にでも追いつきそうである。
二刻ほど進むと村が見えて来る。村には入らず、付近の小川で馬に水を飲ませ、草を食べさせたら出発した。次も二刻進むと村が出現する。陽も傾きつつあるので一夜を明かすことにする。村の城壁の側に草原と川があったので、野営地とした。
「よおし! カロコを建てるぞ! かかれ!」
デデローコグリツデセスの号令で騎兵達は荷物を降ろし、小さめのテントを建てて行く。
「・・・流石ミーケーリリル族ね。訓練も要らないわよね」
あっと言う間に六張りのカロコと呼ぶテントが立ち並んだ。カオよりかなり小さいテントである。
「大将とお嬢殿で一つ使ってくれ。二人づつ順で夜警を行う。安心して休んでくれ」
カロコが立ち並ぶ頃、村の人々は警戒して騎馬隊を見ていた。
「ガーフシャール君、挨拶に行きましょうか。お酒か干し肉でも無いかな」
「お酒は止めましょう。食い物で」
「そうね」
二人は村を訪れ、衛兵に挨拶をする。干し肉の購入を打診すると、渋々売ってくれた。要求された金額より多く払うと、肉屋の親父はにやりと笑い、又来てくれと言ってくれた。
「払い過ぎじゃない?」
「良いんですよ。後で響いてきますから。本当に無理を言うとき、相手も聞いてくれるようになりますよ」
「そう? でもお金が掛かるわね」
運ばれた干し肉を騎兵達は大喜びで食べた。何故か干し肉の量も多かった。騎兵達の声も止み、静かになるとガーフシャールとリーゼロッテも就寝した。リーゼロッテはガーフシャールの腕の中で眠りに就いた。ガーフシャールも温もりを感じながら眠りに就いた。リーゼロッテの感触が心地よい。秋も深まり、厳しくなる寒さはリーゼロッテの温もりが跳ね返してくれている。
早朝、寒さで目が覚めた。息が届くほどの距離に位置するリーゼロッテの顔を見ているとリーゼロッテが目を覚ました。
「何見ているの。起きるわよ」
ガーフシャールはもう少し、このままリーゼロッテの体温を感じていたかったが、騎兵達も活動を始めているようだ。ガーフシャールも体を起こし、外に出た。
清々しい空気と眩しい陽光が野営場所を包んでいた。ガーフシャールには騎兵隊の未来の様に感じた。