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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第三十話 新しい木綿とエール

第三十話 新しい木綿とエール


 「何? 見せたい物があるって。ミキギがそんなことを言うなんて珍しいわね」


 夏も過ぎ、秋が深まる頃。ミキギ・スーデクアリ辺境伯は母親であるハーデルスーファを謁見の間に招いた。後ろからは妻であるリーリフォーが入って来た。


 「あなた、何かしら? 今日は面白い物があるの?」


 リーリフォーは二十を過ぎたばかりで、栗毛色の髪が美しい、色白の女性だ。昨年男の子を出産したが、美しさにはかげりが見えていない。辺境伯の母は四十代半ばの女盛りである。気品は失われておらず、未だに方々から文が届く有様だ。


 商人ミゲルは二人に大きく頭を下げた。


 「奥様方にはご機嫌麗しゅう。本日もお美しくあらせられます」


 「ご託はいいわ。見せてみなさい」


 「こちらでございます」


 ミゲルは綿の布を取り出し、ハーデルスーファに両手で恭しく渡す。


 「綿ですか・・・確か先月も綿が・・・」


 手に取ったハーデルスーファは声を失った。透き通るほど薄い、柔らかな布であった。薄いのにもかかわらず、しっかりと目が詰まっていた。


 「これは・・・噂に聞く絹ですか・・・透けそうなくらい薄いです・・・」


 「いいえ。綿だそうです。特別に織らせた物です。数は五反ほどございます」


 「・・・お母様、私この布でドレスを作りたいですわ」


 「わかりました。全部引き取りましょう」


 「お待ちを。こちらもご覧下さい」


 ミゲルが取り出した布を今度はリーリフォーが受け取る。広げたリーリフォーは驚きの声を上げた。


 「あ・・・本当に透けてますわ・・・」


 「どうだ? ドレスが作れそうか?」


 辺境伯が妻に問うが、リーリフォーは戸惑ってしまう。


 「透けすぎですわ・・・使えないんじゃなくて?」


 「恐れながら、申し上げます。生産した者が言うには、このようにヒダを付けてドレスの装飾に使用してほしいと。さらにはこのように刺繍をして飾りに使えると申しておりました。レースと呼ぶとのことです」


 ミゲルは幾何学模様が連続している文様の刺繍を手渡すと、リーリフォーが動けなくなった。


 「素敵・・・お母様、うちの針子に刺繍をさせたいですわ」


 「待ちなさい。ミゲル、この透ける綿はどのくらいあるのですか?」


 「は。二反しかございません。一名しか織れない故、数が少のうございます」


 「・・・ミキギ、これを何処から?」


 「お母様、新しい寄子で織らせてます」


 「寄子など当家に・・・あ、そう言えば反逆者の三男が来たのでしたね」


 「ええ。掘り出し物です。織れるのは一人なのか、ミゲル」


 「ええ。村長の娘とか言っておりました。全て辺境伯様へ納入いたします故、ご安心を」


 「良かったわ! で、どんなドレスが良いかしら? 見当も付かないわ!」


 「落ち着きなさい。それよりも針子に誰を起用するかの方が大事です。ミーエルスーテア様を呼びたいですね。彼女でないと扱えないでしょう」


 「本当ですかお母様! 嬉しいです!」


 「お母様、わざわざ王都から呼び寄せるので?」


 「ええ。冬のパーティに間に合うようにドレスを仕立て上げます。楽しみですわね」

 


 「旦那、開けますぜ」


 ガーフシャールが見ている中、酒造を任せているミクギスが四度目の挑戦となる樽を開ける。控える助手のスルスは不安そうな顔をしている。二人とも農家の次男坊三男坊で、家ではもてあまされている二人である。


 最初に醸造したエールは腐ったような異臭を放っていた。明らかに発酵させすぎだった。


 二度目は一ヶ月発酵させたが、やはり異臭を放っていた。三度目は毎日試飲しながら醸造した。一週間ぐらいで飲み頃となったが、臭かった。雑菌が入ったと思い、四度目は丁寧に樽や器具を熱湯で消毒しながら醸造した。薪で湯を沸かすとなると薪を多量に使う事になり、実際は不可能である。泥炭が豊富に使える村だからで出来る丁寧な作りなのかもしれない。


 泥炭は村人数人で掘り起こし、乾燥させ、村に運んでいる。運搬は商人ミゲルから買い入れた馬車を使っている。馭者はデデローコグリツデセスの息子メドが担当している。


 「ガーフシャール君、来たわよ」


 振り向くとカップを持ったデルーグリ、リーゼロッテ、ミシェリがいた。


 「俺はよ、ガーフシャールも試行錯誤があるんだなって思ったぞ」


 デルーグリの言葉に、リーゼロッテとミシェリも笑う。デルーグリは山と積まれた樽の上にカップを置いた。ガーフシャールはエールを注がれたカップをみる。見た目も大丈夫。匂いを嗅いでも異臭はしない。一気に飲む。


 「旨い」


 ガーフシャールが言うと、ミクギスがほっとした表情を見せる。


 「兄貴、とうとう出来たんでヤンスよ! 喜ばないと!」


 すっかり子分になった若いスルスは励まそうと声を上げる。四度くらいでは試行錯誤にならない気がするとガーフシャールは思うのだが、ミクギスは責任を一身に背負ってしまい、何度も謝られた。それなりに大麦を使うので、責任を感じてしまっているのだろう。


 「ではデルーグリ様カップを」


 デルーグリはエールが注がれたカップを見る。


 「どれ・・・」


 デルーグリの喉が鳴り、エールを一気に飲み干した。


 「旨い。前の家で飲んだエールより味が深い気がするぞ」


 デルーグリはミクギスとスルスと握手をする。二人とも嬉しそうである。リーゼロッテとミシェリもエールを飲む。


 「美味しいわ。最初の時は絶対に出来ないと思ったのに」


 「本当ですね、リーゼロッテ様。王都のエールよりいいですよ」


 二人ともご満悦である。


 「さ、ミクギスさんもスルスさんも」


 ガーフシャールが薦めると、やっと醸造した二人も口を付ける。


 「旨い・・・んですかね」


 「当たり前だ。といいたいがエールなどここじゃ飲めないからな・・・」


 ミクギスとスルスはエールを飲んだ事が無いようである。


 「二人はしっかりと味を覚えて下さいよ。もう少し飲んで」


 「大将、ではお言葉に甘えてだな・・・」


 ミクギスはグビグビと飲み干していく。スルスはのんびりと飲むようだ。


 「おー、大将、いたなあ。頼まれていた木製のジョッキ二十個できたぞお。あとはどうするんだあ」


 醸造場に顔を出したのは木箱にジョッキを持ってきたウスさんだった。


 「あ、ウスさん。今日はもう良いですよ。それよりエールが出来たので飲んで下さいよ」


 「おー、エールかあ。じゃあ一杯小銅三だなあ」


 ウスさんは小銅貨を樽の上に置くと、手に持っていた木製のジョッキにエールを注ぎ、一気に飲み干した。


 「旨いなあ」


 「ウスさん、小銅貨一枚でいいよ」


 「嘘だあ。エールは何処でも小銅三と決まっているぞお」


 「村人だけ安くしますよ」


 「ほんとかあ。嬉しいなあ」


 ガーフシャールは小銅貨二枚を返却しようとしたが、首を振られる。


 「じゃああと二杯飲もうかなあ」


 みんなで試飲していると、村長一家がやって来る。


 「村長! 良いところへ! エールが出来たんで、小銅一で飲めますよ。飲みたい人がいたら連れてきて下さい」


 「何? ガーフシャール殿、とうとう出来たのか・・・おい、お前は行って村人に知らせてきなさい」


 村長は息子のデルクーゴを走らせる。村長自身は小銅三を樽の上に置き、ジョッキを妻と娘に手渡す。


 「お、おめでとうございます。ガーフシャール君」


 「ありがとう、クリムフィーア。それでさ、薄い布も良い感じだったよ。流石だね」


 「いえ・・・殆どガーフシャール君が作ったようなものですし・・・」


 先月、商人のミゲルが来たときに細い糸を持ってきたので、薄い布を織って貰った。さらに、織機を動きを小さく、弱くして粗めの織り目の布を織った。試みは成功し、透ける布が出来たのだ。残念なのは仕組みを理解してくれたのはクリムフィーアだた一人だったことだ。


 村長はジョッキを片手にデルーグリと話をしている。続々と村人が集まってきた。皆、手に小銅貨を握りしめている。


 「本当にエールがあるのか?!」


 「旨い・・・初めて飲んだ・・・」


 「三十年前に飲んだきりじゃ・・・」


 泣き出す老人もいる。


 「リーゼロッテ様が注いで下さるなんて・・・俺もう死んでもいい」


 若者はリーゼロッテに見とれている。


 「エールが出来たのか? 大将」


 デデローコグリツデセスも来た。五つある樽の内、二つを指差す。


 「樽二つ持っていって下さい。日にちが経つと不味くなるから、山まで持っていかない方が良いですよ」


 「わかった」


 デデローコグリツデセスは樽を台車に載せると持っていった。醸造場として使っている小さな倉庫は村人で一杯になった。皆、嬉しそうにエールを飲んでいる。


 デルーグリとガーフシャールは村人から感謝の意を伝えられっぱなしである。倉庫はちょっとした祭りになって来ている。


 体の小さいガーフシャールは一杯で酔ってきた。見かねたリーゼロッテがガーフシャールを醸造場から連れ出した。


 「やったわね、ガーフシャール君。村人は皆嬉しそうよ。君が蒔いた種があっと言う間に花開いた気がするわ。物々交換だった村があっと言う間にお金を使える様になったのよね。最初にお金を使ったのがウスさんだったというのが驚きよね」


 「ウスさんは王都で鍛冶をしていたそうですよ。ほら、腕は良いけど人をとりまとめるのは難しい感じだから、王都が嫌になったんでしょうね。実は村人一の都会人ですよ」


 「え? そうなの? 知らなかったわ」


 「詳しくは話してくれないんですよ」


 二人は人が集まる醸造場を眺める。


 「ウフフ。全部無くなっちゃうわね」


 「明日からまた作りますよ・・・」


 「布は凄い売り上げよ・・・デルーグリが君に無制限の権限を与えている訳がわかったわ・・・今度は葡萄ね。苗木が手に入ると良いわね」


 デルーグリが行う事業が段々と形になってきた。ガーフシャールは村にお金が回り始め、経済活動の形を為してくる。パンを腹一杯食い、エールを飲める暮らしを守らないといけないと強く思った。


 村に来てから二ヶ月が経とうとしている。夏だった村は既に秋で、秋蒔きの麦を植える事になる。秋蒔きは大麦を植える事になった。四半分の畑は牧草地にして羊を放している。畑おこしには馬鍬を使う予定である。馬の扱いに長けたミーケーリリル族を呼ぶ予定だ。ミーケーリリル族と村人はまだ溝がある。ガーフシャールは融和するよう、頑張るつもりだった。


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