第二十九話 新しい日々
第二十九話 新しい日々
「そうか・・・紅茶に泥炭か・・・山はワイン用の葡萄栽培に適している可能性が高いと・・・そもそも山に木を植えないと駄目なんだよな? じゃあ葡萄の木を植えてしまうか・・・」
「そういうことです」
デルーグリはガーフシャールの報告を聞いている。メンバーはいつもの四人だ。
「あとは羊飼いと馬飼いの二家族がガーフシャール君の部下になったわ。馬飼いの家族は敷地内の家に住まわせているから」
「凄いな。じゃあ畑も大丈夫か」
「厩舎が満杯ですね。大きな厩舎を造らないと駄目です。デデさんが馬を十二頭も引き連れてきましたので」
「待て、十二頭と言うことは金五百十か」
「特に何も言っていなかったわよね」
「まあそうですね」
「駄目だ。払う。でも払いすぎだな。奴らのためにならん・・・葡萄の苗木にするか。馬の代わりに苗木を無償で渡す。これでいいか」
「良いと思います・・・で、こちらが戴いた紅茶です・・・ミシェリさん、ポットとお湯ないですか?」
「ちょっと待っててね」
ミシェリが出て行くと、デルーグリはガーフシャールを見る。
「ガーフシャールは雰囲気が違うな。男子会わなければいつの間にか龍を得るか・・・そうだ、機織り機は四台になったぞ。ウスさんは凄いな」
ミシェリがポットにお湯を持ってやって来た。ガーフシャールは手早く紅茶を淹れ、皆で飲んだ。
「ふう、旨いな・・・」
「月四箱、一箱銀五で買い入れます。箱は用意しておきますね」
「わかった。姉さん、辺境伯様に献上できるかな?」
「もっと綺麗な箱に詰め替えれば大丈夫よ。でも欲しいと言ってもこれ以上は入手出来ないから。彼らが毎日飲んでいるお茶なのよ。お金を出せば彼らは我慢してでもお茶を売ってくれると思うけど、生活スタイルを変えるなって言ってあるわ」
「わかった。機織りは順調だ。結構織り上がったぞ。村長の娘以外は劣ると言うのが実際だな。なかなか難しいな。姉さんもガーフシャールは疲れているみたいだな。休んでくれ」
「そうね。湯浴みでもするかな」
「じゃあお湯を用意しますね」
「悪いわね、ミシェリ」
リーゼロッテとミシェリは屋敷の大広間を出て行った。
「ガーフシャール、姉さんといい仲になったのか・・・お前達をどうするかな」
「え?」
「姉さんの表情が柔らかくなってさ、思わず見とれるところだったぞ。元々綺麗だったけど、性格の難がにじみ出ていたからな。お前もしっかりした顔になっているし」
「・・・俺は、ガーフシャールの体にケン・ヤシキという魂が乗り移った感じなんです・・・迷い魂と言うらしいです」
「ああ、それはみんなそう思っている。気にするな」
「え?」
「お前と接したら直ぐにわかる。それはどうでもよくてだな」
「ど、どうでもって・・・ええと、ほら、最初に会った時脱走しなかったでしょう」
「ああ。死ぬのに不思議だった」
「あれは元々のガーフシャールの意志なんです・・・」
「ん? お前は二つ、魂を持っているのか。余りにも自由で、妙に貧乏臭いと思っていた」
「持っていました。魂が揺さぶられると元々のガーフシャールが出てくるんです。リーゼロッテ様には全て見通されていて、私に大人のキスをしなさいと言われて、無理矢理臆病な平民気質のガーフシャールが呼び出されてですね」
「押し倒して姉さんと共に大人になったと」
「いえ。いやらしいことを考えた罰だといってこれです」
ガーフシャールは腹の痣を見せる。
「うわこりゃ酷え。姉さんらしいな。無理矢理迫っておいて罰とか理屈にあわねえ」
「一発で気絶しました。おかげでガーフシャールとケンの魂が混ざり合った感じなんですよ。なんだか生まれ変わった感じです」
「なるほど。超絶自由人が超自由人になったという訳か。で、姉さんも棘がとれたと・・・」
「俺ってそんなに自由ですか・・・」
「姉さんも大人のキスに拘っているな・・・明日、ミーケーリリル族の人に会いに行くか。今日はもういいぞ。戻って休め」
「はい」
ガーフシャールは小屋に戻ると、カロを建てようとして怒られているデデローコグリツデセスがいた。
「あ、ガーフシャールさん。この人ったら折角綺麗なお家があるのにカロを建てるとか言い出すんですよ!」
妻のドードルストーイリがガーフシャールに駆け寄ってくる。
「わかった・・・家に住む」
「当たり前でしょう!」
子供達は目を輝かせて窓から顔を覗かせている。ガーフシャールは微笑むと自分の家に入った。疲れたのか、夕食も取らずに寝てしまった。起きたのは真夜中だった。山へ言っていた間、右腕にあった感触が寂しく目を覚ましたのだ。ドアをノックされて目が覚める。
「お茶とパンを持って来たわよ。後で食べて。私もさっき起きたのよ。お腹が空いてしまったわ」
ドアを開けると、月夜に照らされたリーゼロッテがいた。ドアを開けるとするりと入って来る。リーゼロッテはテーブルの上にお盆を置くと、リーゼロッテはガーフシャールの隣に座って、体を預けてきた。
「俺も目を覚ましてました。リーゼロッテの居ない夜が寂し・・・」
リーゼロッテはガーフシャールの口を指で塞ぐと、小さく顔を振った。
「お茶を飲もうよ」
「はい」
ガーフシャールは少しぬるくなった紅茶を飲み、サンドイッチを食べた。リーゼロッテもサンドイッチを食べ終わると、ガーフシャールに体を寄せてきた。
どれくらいたったのだろう。長い沈黙の後、リーゼロッテはにっこりと微笑むとお盆を持って家を出て行った。
ガーフシャールが帰ってきてから一週間、ウスさんと馬鍬を製作して過ごしていた。リーゼロッテがガーフシャールの家に来たのは一度切りである。
機織りの方は村長とデルーグリに任せてある。生産は順調であるが、品質にムラがあるらしかった。恐らく糸のセットなどに問題があるのだろうが、ガーフシャールは黙っていた。品質は段々と上げていけばいいと思っている。品質を上げきると、苦しくなるのは自分たちであるからだ。
ウスさんは村の小さな倉庫で製作を行っている。馬鍬が出来上がった頃、羊飼いのデルグヅルヅス一家がやって来た。羊たちはガーフシャールを見るとわらわらと取り囲まれる。
余りにものんびりした風景に、ガーフシャールは驚きを隠せないでいる。命を取り合い、累々と遺骸が並ぶ戦場から比べると天国のようだった。やることは沢山有る。農業の効率化を進め、産業に人を吐き出させる。泥炭作り、酒造り、機織りだ。中でも重要なのは機織り、いや機織り製造である。充実させて立派な工房にしたいと考えている。上手く育成出来れば、前の世界にあった巨大な自動車会社クラスの会社を作る事が出来るだろう。巨大な会社が良いのか、迷うところではある。
ガーフシャールは厩に行くと、デデローコグリツデセスが黙って葦毛のキーミルに鞍を付けてくれる。二人で門を出てしばらく駆けた。
「デデさん、勝負です!」
「負けぬぞ」
二人と馬達は全力で草原を駆けた。鐙を得たデデローコグリツデセスは鬼のように馬を操った。モンキー乗りをあっと言う間にマスターし、ガーフシャールは何もかも敵わなくなった。
「じゃあやりましょうか」
ガーフシャールは剣を抜くとデデローコグリツデセスと打ち合いを始める。普段でも両手でないと振れないのである。片手では満足に振ることが出来ない。
隆々とした腕を持つデデローコグリツデセスは鐙で踏ん張ることで片手でもの凄い剣戟を行ってくる。しばらく打ち合っているとデルーグリとリーゼロッテ、ミシェリがやって来る。五人で交互に剣を打ち合った。
剣の腕前はデルーグリとガーフシャールが一番弱かったが、デルーグリは打ち合いを通じて段々と強くなってきた。筋力の少ないガーフシャールは一番弱くなり、打ち合いも最初に脱落する。
それでも、ガーフシャールは満ち足りた心で皆の打ち合いを見ていた。願わくは、このまま戦の無い毎日を過ごしたいと心から思った。