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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第三話 デルム砦攻防戦

第三話 デルム砦攻防戦


 砦に静寂が訪れる。皆無口であるが、絶望でも無い。不思議な心境が俺の心を占めていく。皆も同じであろう。丸馬出しという、東日本でよく用いられた出入り口の構造を取り入れたのだ。


 完璧かと言われれば完璧では無いだろう。相手の軍を混乱に落とし入れる事が出来たかも知れない。


 俺ではない、ガーフシャール、この体の持ち主は砦で死ぬ事を選んだ。戦死を免れ、戦場に横たわっていたときに脱走しても良かったのだ。十四年間の浮浪児生活が、仲間を失うことに反対するのだった。


 馬出しには第一中隊の槍部隊六十名。後に第二部隊六十名の弓部隊。背の高い砦には第三中隊八十名が弓を構えている。


 対するは相手国の兵。正直、相手のことは知らない。雑兵には教えないのが普通だ。騎馬武者数名に率いられ、徒の兵が剣を持っている。前衛の兵が楯を持っている。


 誰かがゴクリと唾を飲んだ。昨晩発生した安堵感は、相手兵が進み始めるとかき消え、皆の顔が蒼白になっていく。


 俺の手も震え始める。怖かった。死ぬ恐怖と、殺す恐怖と。


 「矢をつがえろ! ボーズの合図で射るぞ!」


 砦にたまたま来ていた子爵家の三男、デルグーリが大声を上げる。俺とデルグーリは馬出しの中にいる。


 がしゃ、がしゃという音が砦まで聞こえて来る。俺は剣を抜いた。空高く剣を掲げる。相手兵が弓の射程に入ったとき、剣を敵兵に向かって振り下ろした。


 「射ろ!」


 俺は大声を張り上げるが、余り通らない。それでも百四十名の兵が一斉に矢を射った。


 ひゅんひゅんひゅん。


 矢が風を切って、俺の上空を飛んでいった。矢は弧を描いて飛んでいく。敵兵は楯で体を守るが、体全てを守れる訳ではない。一人、二人と崩れ落ちていく。


 敵兵も弓をつがえ始める。


 「敵の弓兵を狙え!」


 俺が大声を出すと、デルグーリが更に大きな声を出す。


 「敵の弓兵だ! 射らせるな!」


 敵弓兵は矢を射るため、楯の防備から外れ、まともに矢を食らっていく。


 「第一中隊! 楯構え! 矢を防げ!」


 「効いているぞ! 弓兵を狙え! 第一中隊! 楯構え! 矢が来るぞ!」


 相手の矢が飛んでくる。全ての弓兵を倒すことは出来ない。


 「ぐっ」


 「があ」


 大半が楯で防げるものの、全て防ぐことは出来ない。運悪く矢を喰らう者が出始める。


 「!」


 俺は声を上げそうになるが、グッと堪える。何時も飯が足りないとほざく男の喉に矢が突き刺さった。隣の者が後へ引きずって行く。手当はしない。出来ないと言った方がいい。運が良ければ助かるが、難しいだろう。


 敵兵に変化が起きた。弓を止め、前衛が楯を構え直して突進を開始する。


 「第一中隊! 隊を三分割! 左右の出入り口と柵に配置!」


 段々大声を出すのに慣れてくる。柵の左右は人が二人出入り出来る隙間が空いている。槍部隊が死守する作戦である。


 敵兵は一夜の内に出現した丸馬出しに面くらい、立ち止まった。


 「矢を! ドンドン矢を! 真ん中の将校を狙え!」


 俺は剣を振り上げて声を上げる。敵兵の最前列真ん中に身なりの良い騎士がいる。矢は騎士に集中し、ハリネズミになるともんどりうって倒れた。


 司令官が倒れると、敵兵は動揺をし始める。


 「矢を射ろ!」


 砦からは大量の矢の雨が注がれる。敵兵は血を吐き、どんどんと倒れていく。


 「やったぞ!」


 「どうだ? 俺達は強いぞ!」


 「おおおおお!」


 砦から大歓声が沸き起こる。


 前列の敵兵が逃げようとしたとき、新たな敵部隊が現れた。敵兵は楯を構え、矢に倒れても柵に殺到し始めた。


 「第一中隊! 柵を死守!」


 俺が大声で叫ぶと、皆は槍を構える。


 「来たぞ! 死守だ!」


 俺は大声を張り上げる。二人しか入れない幅の出入り口に敵兵が殺到する。第一中隊は剣では届かない槍の間合いで、殺到する敵兵を突き刺す。敵兵を二人を五人で囲み、槍で突き刺していく。


 「出入口! 交代だ!」


 俺が大声を上げると、出入り口に張る第一中隊の兵が代わり、敵兵の相手をする。柵では殺到する敵兵を無造作に突き殺し始めた。敵兵は人間の背丈ほどある堀に入る途中で柵の外から突き殺された。堀は斜めで、敵兵は姿勢を保つ事が出来ない。よろめいた瞬間を刺し殺していく。


 柵に肉薄しても、剣をしまわないとよじ登れない。第一中隊は躊躇いなく刺し殺していった。圧倒的だった。敵兵の損害が雪だるま式に増えて行く。損害が百を超えた頃、敵兵は後に下がって行った。


 「第一中隊! 追撃用意! 外に出て追撃するぞ! 第二隊 矢で援護! 行くぞ!」


 俺は槍を構えて柵の外に出た。柵の外は死骸の山だった。俺は吐き気を堪え、槍を構える。


 後からガエル第一中隊長が現れる。


 「皆の者! 横二列になるのじゃ! 槍を構えろ! ボウズ、そこで見ておれ! 行くぞ!」


 「おおおおお!」


 第一中隊は横に広がる二列の陣形になると、逃げ戸惑う敵兵目がけて突進を開始した。


 「うおおおお!」


 「死ねええ!」


 俺は全身の力が抜け、死骸の間に膝をついた。気持ち悪かった。敵兵の死骸が、虚ろな目で俺を見ていた。俺は朝飯を全て吐いた。


 「うげえええ」


 目を閉じても、奇声を発しながら恨む顔を消すことが出来なかった。朝食の麦粥を吐ききると、胃液が出て来た。


 「ぐえ、ぐえええ」


 俺は今日、大量の人間を殺したのだった。砦の人達は敵兵と言うことで割り切れるかも知れないが、中身が現代人である俺には無理だった。


 「ボウス、見事な指揮だ」


 デルグ第二中隊長が背中をさすってくれている。


 「おい! 勇敢なボウズを運べ! 隊長室で寝かせてやれ!」


 デルグ第二中隊長の声で兵が俺を担ぎ上げる。


 「デルグさん! 敵軍の兵糧の確保を! 砦には三週間分しかありません!」


 「わかった! 第一中隊が戻り次第確保に向かう! まずはボウズだ! スマンがもう一つ頼まれてくれねえか」


 デルグーリが口を挟んでくる。


 「なんです?」


 「鬨の声を上げろ。ボウズに任せる」


 「鬨の声・・・」


 「何でも良いんだ。ほら、みんなまっているぞ」


 俺は吐き気を堪えて立ち上がると、追撃に出た第一中隊を除いた全員が俺を見ていた。


 「この命は仲間の為に!」


 咄嗟に思い浮かんだ台詞を大声で叫んだ。叫ぶと同時に足を踏みならす。


 「この命は仲間の為に!」

 

 どん! 皆一斉に足を踏みならす。


 「この命は家族の為に!」


 もう一回、俺は大声を上げた。


 「この命は家族の為に!」


 どん!


 「この命は仲間の為に!」


 どん!


 「この命は家族の為に!」


 どん!


 「ボウズ、良い鬨の声だった。さ、休め」


 俺は砦に入り、隊長室で寝かされる。外からは大声が聞こえている。兵達は鬨の声を上げ続けていた。俺は横になると、泥の様に眠った。

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