第二十七話 最辺境へ行く その五
第二十七話 最辺境へ行く その五
「とにかく、水場を探さないと駄目ですね・・・」
ガーフシャールは高原の台地を見まわすが、水場があるようには見えなかった。
「あ、お迎えが来たわよ」
土埃が舞い、目を凝らすと三騎がもの凄い勢いで近づいて来た。先頭の男には見覚えがある気がするが、自信が無い。戦いの化粧をしていないからだ。
「ここは我らの土地だ! 出ていけ・・・あ、君か! お前ら止まれ! 恩人が来られた! おい止まれ! お前子供に食わせられたのもリーゼロッテさんとガーフシャールさんのおかげだぞ! お前もだ! 昨日たらふくパドパを食べただろ! ガーフシャールさんが手配してくれた麦のおかげだぞ! おい、槍をしまえ!」
先頭の男がガーフシャールとリーゼロッテの間に入り、血気盛んな若者と中年の乗り手を止めようと試みる。顔に化粧を施す当たり、好戦的な部族なのかも知れないと考えてしまった。
「こ、殺す・・・」
「ゴルゴルドードグレスデス、殺すな。大事な客人だ」
一番若い男は恐ろしい目でガーフシャールを睨むが、リーゼロッテを見ると好色そうな顔を向けた。
「馬鹿野郎、恩人にいやらしい目をむけるんじゃねえ。すまない、リーゼロッテさん。良く参られた。族長に案内しよう」
「あの、この前の四人の方ですよね」
ガーフシャールは顔は覚えているほうだったが、戦化粧の印象が強すぎて自信が無かった。
「ああ。俺の名はコーメルヂスヅドヅス。よろしくな」
「こーめるですですです?」
三十代前半の精悍な男は極めて難解な名を名乗った。残念ながらガーフシャールは発音が出来なく、申し訳無い顔をする。
「ハッハッハ! 我らの名をそうそう呼ばせないぞ! 悪き物が舞い降りるからな! コーメルと呼ぶが言い・・・それにしてもガーフシャール殿の馬は引き締まって良い馬だな」
コーメルヂスヅドヅスは精悍な目を向ける。
「流石ミーケーリリル族ね。王国でも速いほうの馬なのよ。試してみる? ガーフシャール君、君のあの変な乗り方を見せてあげて」
リーゼロッテは馬から降りるとガーフシャールが連れている荷馬の手綱を外し、二頭の手綱を曳く。
「ほう・・・俺に勝てるとでも? いいだろう・・・失礼だがガーフシャール殿は乗り手として今だ未熟だろう? 足をかける補助のなにかに足をかけているし」
「え? いや別に・・・」
「ほら、ガーフシャール君しっかりして。コーさんはやる気よ?」
リーゼロッテは既にコーメルヂスヅドヅスの発音を諦めている。ガーフシャールは仕方なく、鐙に体重を掛けて腰を浮かし前傾姿勢を取る。競馬の騎手の乗り方だ。
「はっはっは! なんだそのへっぴり腰は?! かけ声頼む!」
「兄貴! やっちゃってください!」
一番の若者がコーメルヂスヅドヅスに威勢のいい声を掛ける。二人が並ぶと、ガーフシャールは葦毛のキーミルの首を撫でる。
「準備はいい? そうね、前に見える木までよ! 用意して! 始め!」
リーゼロッテのかけ声で二頭が一斉に駆け始める。コーメルヂスヅドヅスは鞍も鐙も無い裸馬に乗り、両足で体を締めて乗っている。
スタートはコーメルヂスヅドヅスが速かったが、ガーフシャールに奇跡が起きる。ガーフシャールの騎乗法、モンキー乗りが葦毛のキーミルと呼吸が合い、キーミルへの負担が皆無になったのだ。
腰を浮かすことにより馬の背に乗らず、馬の運動を妨げなくなるのに加え、空気抵抗も少なくなる。ガーフシャールは一気にコーメルヂスヅドヅスを抜き、二馬身の差を付ける。
喜びもつかの間、足に乳酸が溜まり姿勢を崩したガーフシャールはキーミルの速度を落としてしまい、結果として先に到達したのはコーメルヂスヅドヅスだった。
「ガーフシャール殿、お見事」
「いえ、負けてしまいましたし・・・」
「いや、ガーフシャール殿が姿勢を維持出来ていれば追いつくのは難しかった。足が疲れそうだな。鍛錬が足りないのではないか?」
「俺の仕事は皆さんを幸せに暮らしていけるか考えることですからね。それに馬には数週間前に初めて乗ったんです」
ガーフシャールは騎馬隊の創設を考えているが、格好悪いので言い訳をしておく。
「確かに! でも騎馬隊を率いるのだろう? まあいい。補助輪に足を駆け、馬の背から離すことで馬が良く動くのか・・・なるほどな」
「でも剣や槍を振るうのはしっかりと座らないと駄目ですよ。鐙っていうんですがしっかりと体重を掛けられるんで剣も自由に振れますね」
「なるほど・・・」
二騎が並んで戻ると、若者が凄く喜んでいた。
「やりましたね兄貴! やってくれると思ってましたよ!」
「ウフフ。途中までは速かったわ」
戻った二騎をそれぞれ見ていた者が出迎える。
「おいゴルゴルドードグレスデス、剣を抜いてガーフシャール殿と打ち合ってみろ」
「ええぇ? 大丈夫なんでやんすか? じゃあ俺が勝ったらその女を貰うぜ!」
「馬鹿野郎」
中年に足が掛かった男が若者、ゴルゴルドードグレスデスを殴って落馬させた。
「族長の客人に失礼だぞ・・・俺が勝負をさせて貰う。デデローコグリツデセスだ。デデとでも呼ぶがいい」
デデローコグリツデセスは髭の生えた顔をガーフシャールに向ける。
「いいわ。デデが勝ったら私を好きにして良いわ。でもガーフシャール君が勝ったら貴方はガーフシャール君の配下になるのよ」
「わかった。受けよう」
「え? ちょっと」
「ほら、ガーフシャール君準備はいい? 落馬か剣を落としたら負け、相手や馬を斬ったら駄目よ? 良いわね! じゃあ離れて!」
五馬身ほど離れて向かい合う。二人とも腰の剣を抜いた。
「始め!」
向かい合った二騎は勢いよく駆け始める。ガーフシャールは力で負けると思い、手綱を離して腕で持ち、剣を両手で持った。
「両手持ちとはやるではないか! だが負けん!」
右手で振り下ろされた剣を両手で受ける。
デデローコグリツデセスの剣は腰が入っていなく、片手で振り下ろしただけの剣である。鐙で踏ん張れない以上、馬上で剣を振るうのは難しいのだった。だから騎士は槍を好んだのだ。槍は構えて突進すれば良いからだ。ドン・キホーテの得物は槍であったはずだ。
ガーフシャールは剣が軽いのを確認すると、両手で剣を押し込んだ。
「く!」
まさか力で勝負に来るとは思っていなかったデデローコグリツデセスは足で挟み込む力では態勢を維持出来なく、落馬する。
「勝負あり! ガーフシャール!」
リーゼロッテの声が響く。
「むう・・・やはりその補助輪だな・・・」
「考えている所悪いけど、デデさんは貰い受けるわよ」
「ああいいぞ。デデローコグリツデセス、今日からお前はお二人をお守りしろ。わかったな」
「・・・まさかああも簡単に負けるとは・・・」
「デデローコグリツデセス、準備をしてこい。族長のカロに来い」
「わかった。待っておれ」
デデローコグリツデセスは馬に乗ると駆け出した。
「さ、族長に案内する。付いてこい。ゴルゴルドードグレスデスは帰って良いぞ」
「へ、へい」
若者も馬を飛ばして去って行った。案内されたカロには十頭ほどの馬と無数の羊がのんびりと水を飲んでいた。大きめの泉が湧き、大地を潤していた。
ガーフシャールが降りると葦毛のキーミルは水を飲み始める。泉から溢れた水は小さな小川となって流れて行く。
「おう、コゾウとリーゼロッテ殿か。どうしたのだ、まあはるばる来られたのだ。入れ。茶でも飲んでいけ」
カロから現れた男は族長に見えたが、やはり戦化粧が無いので自信がなかった。