第二十四話 最辺境へ行く その二
第二十四話 最辺境へ行く その二
「広いわね・・・見まわす限り草原よ」
「そうですね・・・木が無い・・・見て下さい、木の根が多数ありますよ。林だったんでしょう。ミーケール村が増えない理由は薪が無いのも一因ですね」
「成る程ね・・・あらかた切り倒したのね」
ガーフシャールとリーゼロッテは領内の調査に来ている。傘下に入ったミーケーリリル族が危機に瀕している話を聞き、実情を調べに来たのだ。二人とも、帯剣はしているが鎧は着ていない。
ガーフシャールは荷を積んだ馬を連れて移動している。リーゼロッテは自由に動けるよう、荷馬を連れていない。小川があったので馬に水を飲ませ、休息を与えている。
大草原であった。地平線を望む事が出来る。樹木はまばらに生えている。街を維持するための薪を得ることが難しいようだ。
草原を貫く街道は曲がりくねりながら山脈へ向かっていた。ガーフシャールは手綱をリーゼロッテに預けると、草原に足を踏み入れる。街道から離れるに従い、湿地になっていく。
「なるほど、大湿地帯なんですね。じゃああれがあるかな・・・」
ガーフシャールはスコップを取り出すとザクザクと掘り出してみる。黒い粘土状の地質だ。
「何があるの?」
「やっぱり・・・泥炭じゃないかな? 乾いたら燃えると思いますよ」
「騙されないわよ? 泥よ泥」
「まあ乾かしてみましょうか・・・」
ガーフシャールは泥炭を薄くのばし、日光に当てる。
「休憩しましょうか。燃えるかどうか確認したいですし」
「そうね。でも良かったわ」
「え? 何がです?」
「だって、ここ何日か顔が暗かったもの」
ガーフシャールはどきりとする。主であるリーゼロッテを抱きたくて押さえるのが大変だったのだ。
「そうですか?」
「そうよ。まあわかるわ。全部君に頼りっきりだもんね・・・君が居てくれて良かったわ。村長さんも充実した顔をしているし、あっと言う間に村の空気を変えちゃったよね」
色恋沙汰に疎いリーゼロッテは村の施策を立案するのに悩んでいると思っている。明るく見えるのは二人っきりで行動出来るからなのだ。
ガーフシャールは枯れ枝を集め、火を熾す。生乾きだが採掘した泥炭らしき物をくべてみると見事に燃え上がった。
「本当だ、燃えたわ・・・」
「恐らく見まわす限り泥炭じゃないかな?」
「じゃあ木を切らなくて済むわね・・・採掘に人をよこせばいいわね」
「バケツ一杯小銅貨一か二で売りましょうか。採掘は半日大銅一で募って。子供の場合は小銅五かな」
「配ればいいじゃない?」
「泥炭を機会に貨幣経済に移行したいので無料みたいな値段でも良いので売りたいです。額は少ないですがお金を使わせることに慣れさせるんです」
「なるほどねぇ。ね、パンを焼こうよ」
夕刻になり、ガーフシャールはパンを焼く。焼くと同時に生地を捏ねておく。焼き上がったパンに干し肉を挟んで食べた。リーゼロッテはニコニコしながら食べている。
「さ、陣幕を張って寝ましょうね」
綿の布、言い換えるとタープを二人で張る。辛うじて数本生えている木を利用して張った。馬は別の木に繋いでいる。
「俺は外で寝ますので・・・」
「駄目よ、風邪を引くわ。来なさい。命令よ」
「はい・・・」
ガーフシャールは地面に毛布を敷く。ガーフシャールの胸が高鳴った。
「では、後失礼を」
「きゃ」
ガーフシャールはリーゼロッテの手を引き、膝の上に抱く格好になる。二人で毛布にくるまる。
「もう。強引ね・・・でも暖かいわ。重いでしょう?」
にっこりと微笑むリーゼロッテの顔が数センチの位置にある。
「弟には内緒よ・・・ん」
リーゼロッテはガーフシャールの頬に軽くキスをした。
「いつもありがと・・・きゃ」
ガーフシャールは思わず強く抱きしめてしまう。思ったより細い体が、甘い香りが、服越しに伝わる温もりが堪らなかった。
「もう・・・仕方ないわね。初めてなのよ・・・ん」
リーゼロッテはガーフシャールの唇と自らの唇を合わせる。
「リーゼロッテ様・・・」
思わぬ事態にガーフシャールの体と心が硬直する。
「なによ、挨拶のキスよ。何興奮しているの? 悪い子ね。さ、寝るわよ」
リーゼロッテはまだ子供の印象が拭えないガーフシャールの胸に顔を埋める。ガーフシャールはどうして良いかわからなくなったが、リーゼロッテの香りに包まれるといつの間にか寝てしまった。
翌朝、ガーフシャールは体が強ばった状態で目が覚めた。
「ウフフ。起きた?」
リーゼロッテはガーフシャールの胸をぺたぺたと触っている。
「これが男の子の体なんだね・・・」
「ちょ、ちょっと」
まるで事後のようだと言いかけたが口を閉ざした。
「あ、ごめん。朝ご飯にしよ」
「は、はい」
何事も無かったかのように立ったリーゼロッテを、呼吸が落ち着くまでガーフシャールは眺め続けた。。
ガーフシャールは心を入れ替え、立ち上がった。一夜を共にしても抱けなかった事が悔しかったし、自分は平民の元兵士に過ぎないと欲情と理性に揺れるガーフシャールの体が悲鳴を上げた。ガーフシャールの体はリーゼロッテを死にそうなほど求める癖に、必死で身分差を感じ取るのであった。心を強く持たないと心と体が分離しそうである。
泥炭を燃やし、茶を沸かすとようやく平静に戻る事が出来た。二人は言葉少なめに食事を摂り、出発した。
同じ頃、デルーグリはミシェリの作る朝食を食べていた。
「ミシェリさん、ガーフシャールはうまくやっているかなあ」
「なんですか? ガーフシャール君は多才だから大丈夫でしょう?」
「いや、あいつ姉さんを凄く好きなんだよ。街に女を泣かせて置いてきたぐらいだからね」
「え? そうなのですか?」
「男性恐怖症の子の心を開かせたようなんだだけど、姉さんに会ってしまったからなあ・・・姉さんに気を使って、兵士の癖に抱かなかったらしいんだよ。姉さんが言っていたよ。あいつが戦病で苦しんでいるとき、死にたくなったら言いなさい、一緒に死んであげるって言ったらしいよ。死ぬ方法が騎乗しての突撃なのが姉さんらしいな。ガーフシャールはそこから元気になったんだ」
「でも・・・デルーグリ様が納得しても、辺境伯様は納得しないのでは? リーゼロッテ様はお美しいのでそのうち辺境伯家の誰かからお声がかかるかと・・・」
「そうなんだよなあ。ガーフシャールに姉さんをやりたいんだけどなあ。騎士爵なんて最底辺の貴族の癖に、辺境伯がまとわりついて堪らないな。今だけは二人にさせてやるか」
「なんとかならないのですか?」
「我が家は王国でも竜の血を引く古き家の流れを組むから、そのうち子爵に戻ると思うんだ。王国に龍の家は残っているけど、直系を守ったのは我が家だけだからなあ。あとは断絶して養子を迎えているからな。竜の血を平民に下すなど、回りの貴族が納得しないよ。俺はそんな事より、あいつにいて欲しいんだ。姉さんが嫁ぐか、何処かに行ったらあいつはここを出ていくだろうなあ。その時は笑って送り出してやるか。俺は二回も命を救って貰っているし、街も救って貰ったし、今もこうして金を稼いで貰っている。なんだか頭が上がらないんだよ」
「・・・成るようにしかならないのですわ。悩んでも仕方がないのでしょう・・・」
「はっきり言って十分に尽くしてくれたし、余りにもあいつが苦しむようだったらここを出すしか無いかもしれないな。姉さんに会わない方が苦しまないかもな」
「流石浮き名を流しまくったお方だけはありますね・・・でもガーフシャール君が居なくなったら寂しいですわ」
「みんな誰かを娶って、好きだったって笑いながら言えるような年になったら俺の話し相手に戻って来て貰えばいいさ。あいつは大人っぽく見えるけど、激情に生きる人間なんだよな・・・王国では珍しいよな。普通は運命を受け入れるんだけど、あいつは運命を跳ね返す頭脳があるからな・・・」
「運命も跳ね返す知性・・・まるで神のようですね」
「ああ。面白い話をしてやる。誰にも言うなよ。我が祖、龍神は神の如く智を示し、王を助けたと言うんだ。竜神は天地をも覆す奇跡を起こしたらしいんだけどさ、龍神叙事詩には必ず神の如く智をもつ流れる者と書かれているんだ。ガーフシャールを見て成る程と思ったよ。流れる者とはどうやら迷い魂を呼び寄せた者らしいんだ」
「え・・・じゃあ」
「当たり前だろ。流れる者、迷い魂に決まっているだろ。そうじゃなきゃ説明つかないだろ。龍家の俺に普通に接するなど、驚いたぜ。あ、俺が龍家だとは極秘だからな」
「そうなのですか・・・」
「ああ。あ、ミシェリ、ガーフシャールに嫁ぐか?」
「え? いやですよ。十も違うし、リーゼロッテ様がいるし無理です」
「なるほど、嫌ではないんだな」
「嫌と言うほど実力をみせられましたから、この村でいやという女は居ないと思いますよ。年が同じでリーゼロッテ様がいなければお願いしたいですね。安泰そう・・・いや止めときます。絶対に波瀾万丈の生き方に決まってますね」
「モテモテか・・・くそ・・・ミシェリはどうする? そのうち辺境伯が世話してくれると思うんだが」
「私を貰ってくれる殿方などいるのでしょうか? すっかり行き遅れました。その前にデルーグリ様です」
「ああ、俺は辺境伯が何を言うのか待つだけさ。こんな田舎に来てくれる貴族などいない気がするけど。ほとぼりが冷めるまで女日照りだな」
「ウフフフ。少しは辛抱してくださいまし・・・村長の娘とか呼んだら駄目ですよ? あっと言う間に噂が広がりますからね」
「彼女はあいつの嫁候補だから手を出さないよ。娶らないと思うけどね」