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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第二十三話 最辺境へ行く その一

第二十三話 最辺境へ行く その一


 「ドクルニーゴ、どう思う?」


 ドクルニーゴ・スーリールム法衣男爵、法衣男爵とは領地を持たない爵位である。四十代前半の筋肉質の男である。


 「斬り捨てましょう。危険でありましょう」


 ドクルニーゴの真面目な表情に辺境伯は笑みを零す。


 「無茶言うな。次期第九師団師団長の呼び声が高かったリーゼロッテと剣の速さは男の騎士をも上回ると言われた騎士ミシェリがいるのだ。百くらい投入しないと無理だぞ。そしてあの子供は戦の天才と聞く。僅か二百で公子を討ったのだ。尋常じゃない」


 「その話本当でしょうか? 信じられないのですが」


 「まあ嘘だろうな。実際見てどうだ?」


 「は・・・危険と言うことを置いてくと、侯爵家の子供であれば明日から宰相が務まるでしょう。いや宰相候補として扱うべきでしょう。言い過ぎですね・・・内務卿は勤まるでしょう。あのような子供が契約の概念まで理解していると思いませんでした。ですが」


 「なんだ?」


 「当家で働くのは難しいかもしれません。典型的な鶏頭でしょう。当家に入り龍尾となることは難しいのではないでしょうか。かの者について行けず、許可を与える事は不可能かと。かの者を使うには同等の知性を求められます。そもそも平民を屋敷に入れるなど、正気ではありませんが・・・辺境伯家の青い血を汚さぬよう、小さなこの地で使うのが良いかと」


 「確かに、デルーグリはよく許可を与えるな・・・どうすればあやつをデルーグリに縛り付けられる? デルーグリはあやつの才能を認め、二十年後には宰相か将軍になり我らに指示を出すと考えている。リーゼロッテを娶らせるか・・・」


 「な、なりませぬ! 下賤な平民に元といえど栄えある王宮騎士団員を娶らせるなど! 辺境伯様といえど、我らに対する侮蔑ですぞ! 撤回を申し入れます! やはり斬りましょう!」


 ドクルニーゴは恐ろしい形相で辺境伯を睨む。


 「すまん、戯れだ。だが稼ぐぞあやつは。覚悟しておけ。本当に強いのは金貨だ。兵力ではない。デルーグリは恐ろしい程稼ぐぞ」


 「はあ・・・そうでしょうか・・・」


 伯爵家の官僚であるドクルニーゴはお金の力を良くわかっていなかった。辺境伯は小さく息を吐き、退出させた。辺境伯はサシで話してみたいと思ったが、騎士達がいる以上、平民を部屋に呼ぶなど不可能であった。反発を招くか、無礼討ちされるであろう。


 ガーフシャールとデルーグリとリーゼロッテとの関係は友人同士に見えた。リーゼロッテとの関係は婚約者のそれであった。


 「辺境から新しい風が吹くか・・・上手く乗らねばな・・・」


 辺境伯は木窓を開け、賑わう市を見ていた。



 

 翌日、辺境伯一行は帰っていった。商人のミゲルは来月の来訪を約束してくれた。市が予想以上に利益が出たようだ。長年貯めていた小金を一気に吐き出したのだろうと言うことだった。次からは儲け度外視でいいですよと言ってくれている。運賃を乗せないと言うことだろう。


 辺境では価格はどうしても割高になる。輸送費が嵩むためだ。辺境に行けば行くほど収入は減り、価格が上がっていくという二重苦の構造が民を困窮させる原因でもある。


 「ふう、すまなかったな。急に辺境伯が来ると言い出したから」


 「いえ」


 「はい、ガーフシャール君、お茶よ」


 ミシェリがお茶を出してくれる。屋敷の大広間でデルーグリとリーゼロッテと話をしている。


 「で、なんだ? あの化粧の奴らは領民なのか? 皆馬に乗っているな」


 「百五十人の少数部族らしいです。馬を一頭金貨五枚で売ってくれます。当家の独占です。商人のミゲルさんには特別に二頭、売っています。一頭金十枚です。ミゲルさんには馬の調達先が全く無いようで、羨ましいといっていました。あと、山の方は砂漠化が進んでるみたいですね。放牧の草が無くなり、山に杏の実が無くなっているらしいです。気になりますね」


 「何がだ?」


 「作物が採れなくなると国が乱れますから」


 「乱れるって何よ?」


 「国が乱れるということは反乱が多発して王権が失墜すると言うことです」


 「ええ? 作物が採れないと王国が滅ぶの?」


 「滅びますね。天人相関説といって、作物が採れないのは王が悪いと必ずなりますから。民衆の反乱の大きな理由は食えないからですよ。餓死するのであれば、小さなチャンスに掛けて王権を打倒しようと動くんです。そして、人々をまとめるカリスマのある人物が出て来たら最後、英雄として王権を打倒しますね。ガルゴルゴフスさんが素直に従ってくれたのは食わしたからです」


 「わかった。ガーフシャール、姉さんと一緒に見てきてくれ。原因があるのなら、取り除きたい。あと山に何があるか、調査も頼む」


 「善龍の意志は直ぐに感じよ、ね! 明日から行くわよ!」


 「あ、はい・・・」


 ガーフシャールはリーゼロッテの格言の意味が良くわからなかったが、早いほうが良いのは間違い無いので翌日に出る事になった。


 「領主様! 領主様はいらっしゃいますか!」


 玄関から村長の声がした。


 「行ってきますね」


 ガーフシャールが席を立つと、皆付いてきた。


 「どうしました?」


 「お、ガーフシャール君。実は昨日商人さんが市を開いてくれただろ。織物でお給金を頂いた娘が買い物をしているのを見た村の娘達が六人も来て、仕事が欲しいと言ってきましてね・・・機織り機は二台しかありませんので一人だけ仕事をさせようかなと」


 「あ、全員確保してください。話していただいて良かったです。今後、織機を増やしていきますので全員機織りをして欲しいです。半日づつ交代で、順番に織って貰えないですか? クリムフィーアさんは指導員と監督として働いて欲しいです。お給金はクリムフィーアさんは一日大銅貨六枚。半日だと短い布ですね。出来高払いで一枚大銅貨二枚。人の手配、糸の管理、布の管理をクリムフィーアさんにお願いしたいです。お給金はミシェリさんから貰って下さい。最初はその日払いで、そのうち週給に移行しましょう」


 「え? 娘にそんな大役を? しかも一日大銅貨六枚も?」


 「ええ。村長の娘という肩書きがないと出来ませんよ。是非」


 「わかりました。やらせましょう」


 「ええと、午前、午後、休みを繰り返すと良いはずですね。段々と織機が増えますから、様子を見て人を増やしてもいいです」


 「わかりました・・・言って聞かせます」


 「最初のうちは俺か騎士爵様の検品を受けて下さい。恐らく最初の納入は辺境伯様が検品なさるはずです。王国に売って頂けるのは辺境伯様です。辺境伯様の名声を汚さないような布を織って下さい。織機が不調になったらウスさんに相談してください。明日から俺とリーゼロッテ様は山に調査に向かいますので、騎士爵様の検品と指導を受けて下さい」


 「わかった。明日から暫くは私が見よう。村長、村の大きな収入源だ。よろしく頼む」


 デルーグリは村長と握手を交わす。村長は顔が強ばっている。


 「ガーフシャール、出来の良くないのはどうすれば良い? 捨てるか?」


 「いや、特級、一級、二級としましょうか。ミゲルさんに見て頂いて価格交渉をしましょう。特級を出したらお給金を上げても良いですね。ウスさんには作れるだけ織機を作らせてください」


 「なるほどな。安心して調査に行ってこい」


 ガーフシャールは村長と一緒に織物場へ行く。半分は糸倉庫と化している。織物場はかたんかたんというリズミカルな音が響いていた。


 クリムフィーアが歌いながら織機を操っていた。斜光が差し込む織物場に、クリスフィーアだけが輪郭を浮き出させ、髪は光輝いていた。働く女性は美しいと思ってしまった。


 声を掛けようとする村長を制し、しばらく眺めていた。クリムフィーアの歌声は質素で、簡潔だが耳に響いた。龍に乗った古の神の物語が歌われていた。

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