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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第十九話 辺境伯

第十九話 辺境伯


 広大な麦畑を抜けると、デルーグリとミシェリは不意に現れた城壁を見て安堵のため息を漏らす。四日間、騎乗し続けて到着した。城壁は大規模であったが、ミーケール村、デルーグリの統治する村と同じ大きさだろう。村の城壁は殆どが畑であるが、デルキルトールの街は違うのだろう。城壁内は全て街だと思われる。


 「ヒュー、でかいな。何人住んでいるんだ」


 「ホントですね・・・やっぱり城壁外に畑があるから全部人が住んでいるのでしょうか・・・」


 「当たり前だろミシェリ。普通は城壁内に畑なんか作らないよ。そのうち城壁外に畑を移さないと駄目になるだろうな」


 「ええ? 村がこんなに大きな街に? 難しいと思いますが・・・さ、行きましょう」


 城門は長蛇の列だった。辺境伯領デルキルトン地方の最大都市ガリュディーンは噂に違えず大きい街に違いない。城門に近づき、衛兵に声を掛ける。


 「デルーグリ・グレルアリ騎士爵だ。新領地の着任のご挨拶に来た。辺境伯に取り次ぎを願いたい」


 デルーグリは伯爵からの任命書を見せる。


 「は! ご着任おめでとうございます! ただいま確認して参ります! それまでこちらでお待ち下さい!」


 詰め所の様な部屋に通され、一刻ほど待つと先ほどの衛兵が現れた。


 「辺境伯様はお会いになるそうです! こちらへどうぞ!」


 王国は、順に公爵、侯爵、伯爵、男爵、子爵、騎士爵という貴族が存在する。公爵は王族の親族で、侯爵は親戚筋にあたる。公侯爵は王位継承権を持ついわば王族扱いであり、強大な権威を持つ。


 親族以外の貴族では伯爵が頂点であり、やはり強大な権力を持つ。中でも辺境の広大な土地を任されている辺境伯は独立国家と言うべき権力を与えられている。独自の外交が認められているのだ。王都から遠く離れた土地を治める役割を担っている。


 辺境伯邸は城の如く、巨大で荘厳だ。展示される美術品は辺境伯の権力の大きさを物語っていた。子爵家であったデルーグリも息を飲む程だ。


 「す、凄いです・・・」


 ミシェリも左右を見ながら廊下を進んでいく。通された部屋は思ったより小さく、乱雑だった。羊皮紙が積まれ、難しそうにペンを走らせる痩身の青年が居た。二十代半ばと思われる。


 青年は神経質な顔を上げた。


 「ん? 私が辺境伯のミキギ・スーデクアリだ。汚いところすまん」


 辺境伯が若いのでデルーグリも面食らってしまう。


 「おや、私が若いので驚いているな。昨年継いだばかりなのだ」


 デルーグリは気を取り直して背筋を伸ばし、直立の姿勢を取る。


 「ミーケール村並びにミーケールトン地方を領することとなった騎士爵のデルーグリ・グレルアリです! デルギルグフィ伯爵様より手紙をお預かりしています。お改めくだささい」


 「ほう? スール様が私に? 珍しい。見させていただく」


 辺境伯は手紙を受け取ると蝋印を改める。


 「確かにスール様の印だ」


 封を開け、円筒形の筒から羊皮紙を取り出し読み始める。


 「なになに・・・グレルアリ子爵家は反乱のために断絶、第三子は利発故に騎士爵として存続を許し、飛び地を領する・・・なるほど。そういうことか。で・・・私と年が近いので寄子として頼む・・・辺境伯家に寄子など居ないのだが・・・おや? 護衛はもしかして騎士ミシェリか?」


 ミシェリに気が付いた辺境伯は驚いた顔をする。


 「覚えていて下さり光栄です。ミシェリ・デーンボスカです。王都では護衛をさせて頂き、ありがとうございました」


 「確か姉も騎士か・・・ああ、思い出した。憤怒の騎士リーゼロッテだ。これは凄い。子爵家に王都騎士団員が二名も・・・」


 「あの、辺境伯様、憤怒の騎士とは・・・」


 「憤怒の騎士も一緒に着任だな? 侯爵様を睨み付けたと評判だぞ・・・一度お会いしたい。今度は連れてこい。で、聞きたいことがある。公国の公子が変わったようだ。どうやら戦死したようだ。近衛隊長、第一騎士団長も戦死だ。恐らく貴方の子爵家領での戦いで戦死したのだろう。憤怒の騎士リーゼロッテと騎士ミシェリが討ち取ったのか?」


 「・・・」


 「何か秘密があるんだな? 話なさい。反乱を起こしたとか言う貴方の父上では無理だ。子爵家兵二千で五千の勇猛と恐れられる公国兵を撤退に持ち込むなど、正気とは思えない戦い振りだ。隠しても無駄だ。貴方の顔には秘密がありますと書いてある。ガーフシャール・ヴェールグという司令官を公国は必死で探している」


 「・・・わかりました・・・五年、時間をいただけませんか。かの者は当家の宝でございます。五年立てば辺境伯家にて奉公することも考えましょう。お約束いただければお話ししましょう」


 「・・・わかった。貴方の領は王国の四半分を領するが、村が一つあるだけだ。有能な者は必要であろう・・・」


 「は。ガーフシャールいう子供でございます。前線の砦の兵を率い、第一騎士団長ベベルコイを撃ち、混乱する本陣へ決死の突撃を行ったそうです。本人は小隊長達の手で気絶させられ、戦場から退避しています」


 「ん? 何を言っている? 訳がわからんぞ?」


 辺境伯はペンを置いて難しい顔をする。


 「事の起こりは私が前線の砦に視察で訪れた時でした。公国兵五百に攻められましたが、砦とは聞こえが良いのですが防衛に向かない砦でして、決死の覚悟で野戦を行いましたが五百対三百では勝負にならず、守備隊長と副隊長が討ち死にし、私が指揮を執ることになったのです」


 「うむ。続けろ」


 「は。生き残りの兵は二百、絶望だと思った際、ガーフシャールは兵が二百もいれば負けないでしょうと言ってきたので、じゃあお前がやれと言ってしまったのです」


 「随分と無責任じゃないか。だが無理だぞ」


 「ガーフシャールは丸馬出と呼ぶ丸太柵と堀で出来た陣を一日で築かせ、五百の兵の防衛に成功します。この後、新任の隊長と補充兵三百が来たので私は引き上げました」


 「ふむ。なるほど。だが公子は討ち死にしないぞ」


 「は。ここからは聞いた話です。私も別な山から眺めていたので間違いはないかと思います。新任の守備隊長は旧兵達を肉の壁に使おうとして、旧兵二百は守備隊長の指揮から外れてガーフシャールが指揮を執ったそうです。戦初めの口上で第一騎士団長を釣り、五百で攻めて来た兵を二百で撃破。頸を取ったそうです」


 「公国の団は千だったな」


 「は。動揺する残り五百は本陣目がけて撤退を開始します。混乱する陣目がけて、全員死ぬまで突撃を止めないという作戦を決行、見事二百の兵で千以上の敵兵と公子を討ち、撤退に持ち込みました。才を惜しんだ中隊長達に無理矢理脱出させられたそうです。守備兵二百はガーフシャール以外全員戦死です」


 「信じられんな・・・嘘では無いのか? 嘘であれば頸を落とすぞ」


 「ガーフシャールが指揮をとった緒戦は私も居ましたが、見事でした。戦の鬼とはガーフシャールの事をいうのでしょう」


 「ガーフシャール・ヴェールグ・・・そんな貴族がいたか?」


 「おりません。平民の一兵卒、しかも子供です。戦病から回復しつつある状況で、暫くは出兵は難しいかと。ヴェールグは住んでいた村の名前です」


 「なに? 一兵卒なのか?」


 「は。信じられないでしょうが、本当です。こちらをご覧下さい」


 ミシェリが荷物から綿の布を取り出し、辺境伯に手渡す。


 「見事な綿の布だ。熟練の織り女でも二ヶ月はかかりそうだな。当家では綿が採れすぎて捌けないのだ・・・織り女もどんどんと減って来てな・・・これがどうしたのだ?」


 「ガーフシャールの手で拵えた機織り機にて一日で織った布でございます。金貨一枚で卸そうかと考えています。つきまして、綿の糸をお売り頂きたく」


 「その方! また私を愚弄するか! このような上質の布が一日で出来るわけ無かろう! 出来たら我が領は毎日金貨を食って生活できるわ! 本当であれば全て金一枚で買ってやるわ!」


 辺境伯は怒号をデルーグリに浴びせかける。


 「得られた金で総騎馬の兵を持とうと思っています。辺境伯様のお役にたてるかと」


 「総騎馬だと・・・?」


 「は。我が子爵家は弱兵と弱将でございました。騎兵が一番強い故、我が新領では総騎兵と考えております」


 「わかった。明後日だ。俄に信じられん。明後日私も行く。それまでに用を足しておけ。物資の調達でもするのであろう? 綿の糸はありったけ用意してやる。本当であれば我が領は糸までの生産で済む。有り難いのだ」


 「は。畏まりました。でも、辺境伯様においで戴くような持て成しは出来ませぬが・・・というか我々も食うだけで精一杯です」


 「かまわん。ミーケール村など食い物も無いはずだ。ガーフシャールと申す者に会おう」


 「は」


 「そちの話が本当であれば、その者は何者なのだ? 尋常ではないだろう?」


 「迷い魂ではないかと思っています。高等教育と高度な知識、経験を持つ魂が戦死したガーフシャールに迷い込んだのではと。そうでも無ければ説明がつきません」


 「・・・本当なのか?」


 「話してみればわかります。十四才の子供でないのは間違いありません。会うのは構いませんが、お覚悟を」


 「何の覚悟だ?」


 「二十年後には我々はガーフシャールに頭を垂れ、拝命する事になろうかと」


 「何を言っておるのだ。そんなことあるわけなかろう。まあ良い。織り機を見せて貰おうか」


 「は」


 「そういえば、我が領の山賊退治をしてくれたと聞いた。礼をいう。確かに騎馬四騎だったと聞いた。やはり総騎馬は強いのか・・・まあいい。褒美を出そう。何が良い?」


 「定期的に商人を派遣して頂きたく。広場で市を開いて欲しいと思います。あとはエールを醸造するゆえ、大麦を仕入れたいと思います。ガーフシャールは黒いエールを作ると息ましておりました」


 「何? エールか? 黒いのか? 今から作るのか・・・半年後だな。わかった。大麦も手配してやる。珍しいな。本当に作れるのか? 出来たら全量引き取る。新しい名物になるぞ」


 「は。今作業しているはずです」


 「後は何を考えているのだ?」


 「あとは農業のやり方を変えようかと。生産力を上げるために牛や羊を飼おうと思っています」


 「牛? 羊?」


 「は。私も良くわからない故、ガーフシャールに話をお聞き下さい」


 「わかった」


 「では、我々は物資を買い入れます故、失礼いたします」


 「うむ。明後日の朝に出るぞ」


 「は」

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