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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第十八話 新領と自動織機 その二

第十八話 新領と自動織機 その二


 「ふふふ・・・見て下さいよ。試作一号です」


 「ほお、まあたけったいな物を拵えたのう」


 村長の母、ミルフィ婆は恐らく感嘆であろう声を上げる。村に来て二週間、ガーフシャールは村長の母親を紹介して貰い、織機を扱う姿を見せてもらった。機織りは原始的なもので、織機というか数本の棒で糸を固定し織っていく方法だ。


 ガーフシャールは時折のアドバイスの他は何もしなくても良いと言われているので、織り機製作に精を出している。二週間は早すぎると思うかも知れないが、昔見た物をコピーしているだけなのでそんなに難しくはないのだ。


 試作一号は足踏みペダルを踏むと二つある綜絖そうこうが上下し、縦糸を上下に交差させる。飛び杼が飛んでいく道が付いたおきを装備している。飛び杼とは横糸が巻き取られた糸巻きである。とりあえず紐を引っ張るとパカーンと叩き、左右に飛んでいく仕組みを付けた。縦糸は一本を順々に張っていく仕組みである。三メートルくらいの縦糸をセットし、女巻めまきに巻いておく。残念ながら織った布を巻く男巻は手動で回す構造だ。クランクと連動させたい。


 「ついに出来きたなあ」


 実際に加工を行ったのはウスノロとよばれているオッサンである。本名は知らない。暇そうだったので一日大銅貨五枚で雇ったのだ。村の人は生活力が高く、ある程度の木材加工など簡単にできてしまうのだ。


 試作一号と言っているが、小さい研究用の試作品を含めると七機製作している。


 「ガーフシャール、出来たと聞いたぞ」


 工房として使っている倉庫にデルーグリがやって来た。リーゼロッテとミシェリも来た。何故か村長のアゴグと娘のクリスフィーアもいる。


 「あ、ミシェリさん、織ってみて下さい。座ってペダルを踏んで、この紐を引っ張って、筬をとんとんとして貰えば織れますから」


 「ええ? 嘘よ。私に織れるわけ無いわ」


 ミシェリは渋々織機に座り、ペダルを恐る恐る踏む。綜絖がガシャリと上下し、カツーンと音を立てて飛び杼が飛んで横糸を張る。最後にとんとんと筬で編み目を締めると一織りの出来上がりである。


 「で、出来るわ・・・」


 興奮したミシェリは黙々と織り続ける。


 「あ、少し織ったら巻き取って下さいよ」


 「わ、わかったわ」


 ミシェリは鼻歌を歌いながら織っている。


 「どんどん織り上がる・・・」


 「どう? クリムフィーア」


 驚く声を上げる村長の娘に、ガーフシャールは得意げな顔をする。


 「一日分があっと言う間に出来上がるわ・・・腰巾着なんていってごめんなさい」


 クリムフィーアは村長の娘で、田舎くささは抜けないが黒髪の可愛い娘である。つんとした冷たい感じは、出来上がった機織り機を見てすぐに崩れてしまった。明らかに余所者のガーフシャールを警戒していたが、あっと言う間に牙城が崩れた状態である。


 ミシェリからクリムフィーアに交代し織っていく。


 「す、凄いです・・・」


 「おんやあ、十も編んだら飽きるクリムフィーアがどんどん編んでおるの。じゃが縦糸の仕込みが結構大変そうじゃの」


 ミルフィが笑う。


 「流石だな。やる男だと思ったぜ。もう一つの倉庫を使うか。どうだ、村長。この村の新しい特産だ。じゃんじゃん織るぞ」


 「凄いな・・・いや、只の子供だと思っていたんですが・・・ちょうどいい。クリムフィーア、お前がやりなさい。ガーフシャール君といったか、糸の設置は大変なのかい? 出来ればクリムフィーアに教えてあげてくれないかい?」


 「わかったあ。お嬢さん、あとで教えるぞお。結構難しいんだあ」


 「え? ウスさんが?」


 クリムフィーアは驚きを隠せない。


 「ええ。実際に作ったのはウスさんなんで、織物は詳しくなりましたよ」


 「ふぉっふぉっふぉ、じゃが糸はあと二回分しか無いぞよ。わしの半年分の織物をあっちゅう間に織ってしまうのじゃからのう」


 ガーフシャールは少しはにかむ。本当に凄いのは豊田左吉であるからだ。


 「村長、糸は無いのか?」


 「領主様、綿ですよね。編める分しか育ててませんよ」


 「だなあ。よし、明日から買い付けて来る。織った布は辺境伯様に持っていこう。糸を譲ってくれないか交渉してくるよ。これで良いか、ガーフシャール?」


 「俺は下着とかシャツを縫って売りたいんですよね。布で売るより高く売れますから」


 「駄目よ、人それぞれサイズがあるのよ!」


 リーゼロッテが驚いて口を挟んでくる。


 「大丈夫ですって。大きいサイズ、中くらい、小さいサイズ、子供用、幼児用と五サイズあれば良いんですよ。新品の服を着れるのは貴族だけですよ。みんなお下がりです・・・織り上がりましたね。労働ありがとうございます。お給金の小銅貨五枚です」


 ガーフシャールはクリムフィーナにお金を渡すと、やはり驚かれた。恐らく五百円程度の価値だと思う。小生意気だった村長の娘を資本の力で屈服させるのだ。


 「ええ? いいの?」


 「うん。織ってくれてありがとう。正式に動き始めたら値段を決めるけど、今日は小銅貨五枚で許して」


 「あ、ありがとう・・・」


 「ふぉふぉふぉ、銭を貰っても何処で使うんじゃ?」


 ミルフィ婆が笑うと皆が笑う。


 「銅貨一枚で隣の奥さんに飯を作ってもらっているぞお。銅貨があると飯が食えるぞお」


 なんと、ウスさんが既に経済活動を行っているようだ。


 「編み上がったなあ。どれ・・・」


 ウスさんが織り上がった布を外すとガーフシャールに手渡した。


 「うーん、まだ調整が足りないのかな?」


 出来上がった布は日本で見た木綿より凸凹で、完成度が低かった。


 「えええ? 見せてご覧なさい。良い出来じゃない! 金一枚位かしらね」


 リーゼロッテは約三メートル、幅七十センチの木綿の布を手に取って手触りを確かめている。


 「これより上等な木綿は金五枚とかよ! 大丈夫よ、これで金貨一枚だわ」


 「そ、そんなに高いんですか?」


 リーゼロッテの言葉に、ガーフシャールが驚く。


 「そうよ! ね、ミシェリ!」


 「そうですね・・・金一枚では安いのでは?」


 「スゲエな・・・」


 「欠点もあって、凝った織り目が出来ないんですよ」


 「それでもすげえぞ。ガーフシャール、織機をじゃんじゃん作れ」


 「わかったあ。一週間で一台作るぞお」


 「よし、じゃあ解散だ。村長、ガーフシャール、残ってくれ」


 お給金を貰ってほくほく顔のクリムフィーナとウスさん、ミルフィ婆は倉庫を出て行った。


 「二週間、領を見て回ったが問題は麦の採れる量が少ない事と、塩だとかの物資が乏しいことだな。布を納めてガリュデーンの街から通商隊を呼び込みたいな。木綿も仕入れてだな」


 「商人が来て下さるのですか?」


 「来るかな? ガーフシャール」


 「来ますけど、村長さんを始め村の方々に受け入れが出来るかは別ですよ」


 「ん? ガーフシャール、どういうことだ?」


 「商人が住み着いたり、仕事を求めてウスさんみたいな鍛冶屋が流入したりしますよ。元からいる住人といざこざが起きなければいいんですが・・・」


 「成る程、人が増えて行く可能性があると言うんだな?」


 「そうです。何かしらのトラブルが増えるでしょうね。新規入植者がお金を先住者に落とす仕組みがあればいいと思うんですよ」


 「ほう。例えば?」


 「エールを作って売りつけるとかどうです? 余っている男手でエールを作りたいですね。当然給金は一日小銅貨五枚出します。大銅貨一枚かな?」


 「エール・・・」


 村長が遠い目をする。


 「この村には酒が無いし、あの細い街道を使って酒樽を運ぶのは難しいからな」


 「出来るか? ガーフシャール。明日からやれ」


 「わかりました。やってみます」


 「ちょっと、エールってガーフシャール君出来るの?」


 リーゼロッテが割り込んでくる。


 「作り方は理解しています。作った事は無いですけど」


 「そう・・・凄いわね」


 「大きめの樽と大きな鍋が必要なんですよね。樽はウスさんに作って貰いますか・・・大麦が欲しいです」


 「大麦は無いですよ・・・でもエールを飲ませてあげたいですね」


 「わかった。買い付けに行こう。後は麦不足をどうするかか・・・」


 「麦畑は小麦だけですか?」


 「どうだ? 村長」


 「ええ、小麦だけです」


 「じゃあ春蒔きと秋蒔きで種類を変えましょう。翌年は牛や羊を飼って畑を休ませるんです。そうしないと連作障害で収穫が減りますよ」


 「やはり牛や羊がいるんだな?」


 「そうですね。必要です」


 「わかった。俺とミシェリで辺境伯に挨拶がてら、仕入れてみる。ガーフシャールは織機を製造していてくれ」


 「あの、ガーフシャールさん・・・一体貴方は・・・」


 「ああ、ガーフシャールは平民だが当家が子爵家だった頃に英才教育を施したんだ。エールか、いいな。絶対作れよ」


 「なるほど・・・道理で・・・」


 全くの嘘であるが、村長は納得したのでいいのであろう。


 「わかりました。黒エールを作りますね」


 「何を言っている? エールは黄色か赤っぽいだろ」


 「まあ任せて下さい」


 織機を製造したおかげで、村長の信頼も勝ち得たようである。エールを製造し、お祭りでも行いたいと思うガーフシャールであった。

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