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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第十七話 新領と自動織機 その一

第十七話 新領と自動織機 その一


 伯爵の代官であるギールルは四十代の男と息子らしき人物を伴って入って来た。


 「お待たせしました。デルーグリ様、村長のアゴグと息子のデルグーゴです。


 村長というと老人だと思い込んでいたガーフシャールは意外な印象を受けた。


 「新たにこの地を領有するデルーグリ・グレルアリだ。騎士爵だ。姉のリーゼロッテと騎士のミシェリ・デーンボスカ。二人は元王宮騎士団だ。姉の従卒のガーフシャール。以上がこの地に入る面々だ。よろしく頼む」


 「これはこれはようこそおいで下さりました。これからよろしくお願いいたします」


 デルーグリと村長のアゴグは握手をする。アゴグは次にリーゼロッテとミシェリと握手をする。ガーフシャールは後ろで控えている。


 「アゴグ、最初に確認したい。治めるに当たり王都の決まりを使う事になる。良いな?」


 「王都の決まりですか?」


 「うむ。平たく言うと盗みと強姦は厳罰と言うことだ。盗みは金貨十枚で打ち首となる。問題ないな? 事が起きれば俺が裁くこととなる」


 「は。畏まりました」


 「とりあえず、門を守る者はどうなっているのだ?」


 「村の者が交代で行っております」


 「わかった。しばらくそのままでお願いしたい。あと、村には何人いるのだ? この村以外に住人はいるのか?」


 「はい。この村は三百四十人ほど住んでおります。山には少数住んでいる者がおりますが、村の管理外の為に把握してはおりません」


 「わかった。では、明日から村を案内して貰おうか」


 「はい。では今晩はお三方には簡単な宴をご用意いたしますゆえ、夕刻になられたら当家へお越し寝返れば」


 アゴグは頭を下げて出て行った。家人用の邸宅は敷地の端にあり、ガーフシャールは一小屋貰う事になった。ガーフシャールは少ない荷物を持って小屋に向かった。


 屋敷の敷地内に長屋が二つ、小屋が五つある。小屋は家族持ち用なのだろう。小屋類は全く使われていないようだった。


 「今日はいいぞ。住む所の掃除をするんだな。明日、朝来てくれ。今後の相談をしよう」


 デルーグリに頭を下げ、ガーフシャールは退出した。小屋は思ったより広かった。ダイニングキッチンと寝室の二部屋だ。外の井戸で水を汲み、埃っぽい部屋の掃除を始める。


 キッチンは鍋や食器、石臼など一式揃っている。本日から自炊の生活である。自炊というキーワードでガーフシャールの魂が少し震えた。日本人だった魂はあっと言う間にガーフシャールの体に馴染み、既に自分自身がガーフシャールであると認識し始めている。こちらでは全て自炊だ。自炊という感覚は、豊かだった、遠く成りつつある日本の記憶であった。


 ひとしきり掃除を終えると、小麦粉を練り、自然発酵させる。明日の朝には発酵しているであろう。パンはイースト菌を使わなくても発酵すると何かで見たことが有った。ネットなのか、雑学の本なのか既にわからなくなっていた。


 「フフフ・・・ようやく一軒家を手に入れたぜ・・・浮浪児だった頃から比べると遙かなレベルアップだ。砦のみんな・・・俺は住むところを手に入れたよ」


 ガーフシャールは砦が懐かしくなり、玉葱が入った麦粥を炊き、一人で食べた。荷物から毛布を取り出すと就寝した。一人は気楽だった。平民であるガーフシャールは貴族と暮らすのはストレスを感じるのだった。


 翌朝、膨らんだ生地を見ておおっと声を上げた。感覚的には一次発酵程度の膨らみだ。カップに生地を少量取り、水に溶かして置いておく。上手くいけば天然酵母になるだろう。


 鉄鍋で生地を焼くと、堅めのパンになった。まだ不満であるが、王国で食べるパンよりもかなり美味しい。パンを四つに切り分け、チーズと玉葱、干し肉を挟む。


 白湯をカップに入れて朝食の用意が整った。


 「いただきま・・・」


 「ガーフシャール君! 朝ご飯は・・・何?! 凄く良い匂いがする!」


 「あ、リーゼロッテ様。おはようございます。食べたら出仕しますね」


 ガーフシャールがサンドイッチを食べようと手に持つと、羨ましそうに見る視線が突き刺さった。


 「食べます? パンを焼いたんですよ」


 「いいの? 昨日も美味しくないスープを食べただけなのよ。朝食もほんの少しなのよ」


 「・・・それがこの村の現実なんでしょう・・・今三人分作りますから、お屋敷へ持っていってください」


 「いいの?」


 ガーフシャールは手早くサンドイッチを三個作ると、リーゼロッテに手渡す。


 「美味しそう・・・うわ・・・パンが柔らかいわよ・・・食べたらお屋敷へ来るのよ!」


 「厩の掃除を終えたら行きますね」


 「厩は人がいるから大丈夫よ!」


 リーゼロッテはニコニコ顔でガーフシャールの小屋を出て行った。ガーフシャールは今までで食べたパンより一番美味しいパンを食べ、新たにパンの生地を捏ねると屋敷へ向かう。屋敷の一階に三人はいた。伯爵の代官ギールルの姿が見あたらない。


 「ガーフシャール、寝れたか? ギールルの奴は飛んで帰って行ったぞ。さてだ」


 「想像以上にひもじいですか?」


 デルーグリが口を開く前にガーフシャールは発言する。


 「想像以上だ。冬を越せるのかと言う感じだ。男手が足りないんだ。それよりだな、屋敷の仕事をして貰うのに女手が欲しいといったら後家しかいないらしい。小さな子を抱えて大変らしいな。メイドが雇えない。動ける女は皆農作業だと」


 「小屋の一つを開放して預かればいいじゃないですか。まあ預かるのにもう一人雇わないと駄目ですけどね」


 「むう、しょうがねえな。そうするか。ミシェリ、頼んだぞ。ミシェリが当家の筆頭執事だからな」


 「え? は、はい!」


 「さしあたっては報告兼隊商で辺境伯様に会いに行かねばならないな。俺と姉さんで行ってくるか。定期的な隊商を呼ばないとだめだな・・・こちらから売る物がないと駄目か。ガーフシャールは機織りをしたいんだったな」


 「ええ。そうですね」


 「ガーフシャールの仕事は基本、俺へのアドバイスだ。俺と姉さんで手分けして実行していく。いいか? ミシェリは俺の護衛兼屋敷を頼む」


 「わかりました」


 ガーフシャールは頷いた。


 「ん? アドバイスだけって、ガーフシャール君は一日中何もしないの?」


 リーゼロッテが不思議そうな顔をする。


 「ガーフシャールはさしあたって機織り機を作るんだろう?」


 「ええ」


 「機織り機? 何処にでもあるでしょう?」


 リーゼロッテが不思議そうな顔をする。


 「足で踏むペダルを二つ用意してですね、交互に踏むだけで布が織り上がるんです」


 「え? 機織りって結構面倒ですよね・・・嫌で騎士になったんですが」


 ミシェリが遠い目をしている。


 「機織り機の上部に回転するろくろと呼ばれる棒を取り付けるんです。半回転させると綜絖そうこうと呼ばれる部品が縦に移動して糸を上下に入れ替えるんです。飛びと呼ばれる糸巻きを飛ばして横糸を通し、おさでとんとんと締めると織り上がるんですよ」


 合っているはずだ。ガーフシャールは旅行先で見た機織り機を必死で思い出す。江戸時代にはペダルを踏むと綜絖が上下する織機があったようであるが、横糸を通す飛び杼は手で通すのだ。有名な豊田式自動織機はろくろで飛び杼を叩いて飛ばすからくりが装着されている。ペダルを踏むと筬でとんとんと締める作業以外は自動で進んで行くのだ。


 「く、詳しいのね」


 リーゼロッテが口を挟んでくる。


 「今必死で思い出してますから・・・機織りって全部手で行うじゃないですか。足でペダルを踏むだけで織れる織機を作るんですよ」


 「ほら、凄いだろ。ガーフシャールには自由にやらせた方がいいんだよ。で、あとは言うことは無いか?」


 「そうですね。一度領内を見回って採れる物を把握した方がいいですよね。特にあの山です。白い岩肌の山もありますよね。岩塩だといいですね」


 煙を噴いているので硫黄が採れそうであるが、使い道は無いであろう。温泉に入れれば良いと思ってしまう。


 「ん? ガーフシャール、何を言っているんだ? 塩は海から作るだろ」


 「甘いですね・・・塩鉱があるんですよ。産出すれば繁栄間違い無しですよ」


 「わかった・・・だが少数部族が住んでるらしいな。彼らと話をしなくてはならんだろうな」


 「塩だけに甘いですって! うくくく・・・いひひひ!」


 真面目な話をしているのに、ミシェリが笑い始める。沸点が相当低い。何か娯楽を作る必要が有るのかも知れない。


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