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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第十六話 新領地

第十六話 新領地


 「さあ、新領地だ。辺境伯様への挨拶はおちついてからだな・・・」


 「何が新領地よ・・・何も無いわよ」


 デルーグリ達一行は広い辺境伯領を抜け、大草原の向こうに広がる山脈地帯を眺める。草原を一本の道が走っている。街道であるが、限りなく違うと言わざるを得ない。どう見ても獣道に毛が生えた程度だ。馬車が一台辛うじて通れる程度であるが、雨で泥濘と化せば通行は不可能であろう。行商は馬や牛に荷を積んで運ぶ事になるだろう。


 「ええと、辺境伯様の領地との境は・・・」


 「よくわからねえな。あとで聞かないと駄目だな。意味があるのかわからないけどな」


 「決めておきましょう。砦とか作ったあとに接収されたら敵わないですからね」


 「確かに、ガーフシャールの言うとおりだな・・・目印なんか無いぞ。どうすんだ? まあいいか。小道を行けば良いと地図にはあるが・・・行くか・・・」


 「ね、デルーグリ。あの山も領地なの?」


 「そうだ。広さだけなら王国で一番広い。見まわす限り領土だぜ」


 感慨に耽って領土を見ていると、ミシェリだけが声が出ないようだった。


 「ミシェリ、辛かったら王都に帰っていいからな。さ、行こう」


 「い、いえ、大丈夫です・・・」


 「本当か? まあ一度行ってみよう。半日でミーケールの村に着く。王国の街道の最奥の村だ。我が領の唯一の村だそうだ」


 一行は先頭がリーゼロッテ、次にデルーグリ、ガーフシャール、最後尾がミシェリである。ガーフシャールが荷馬二頭を引き連れ、三頭で進んでいる。


 馬を進めていると風がふわっと吹いた。風は濃密な草の香りを運び、ガーフシャールの鼻孔をくすぐった。風が吹くとさらさらと草が揺れる音がする。良いところだとガーフシャールは思った。


 悪夢は見続けている。先に山賊と戦い、人を始めて斬ると悪夢が再び顔を出した。食も進まず、剣を握るの難しなって来ている。


 いやなのだった。剣を握ろうとすると脳が拒否反応を示すのだ。田舎でのんびり暮らそうと思っている。段々と夜が寝られなくなっている。戦病が進んでいるのだ感じている。昨晩は叫びながら目が覚めた。


 寝不足の目を擦りながらガーフシャールは馬を歩ませる。草の匂い、乾いた風の心地よさが心を和ませた。一生、辺境の地で小銭を稼ぎながら過ごすのも悪く無いと感じた。辺境の地で食える分だけ稼ぎ、暮らせばいいのだ。領土争いも出世争いも無いであろう。


 ガーフシャールは深呼吸をする。吐いた息には、公国の領土欲と山賊の略奪欲が含まれた気がした。見えてきたのは立派な石積みの城壁だ。


 「おおお・・・結構大きい街だな」


 デルーグリは意外に思った。


 「今まで住んでいた街より大きいわよ。城壁の高さは低めだけどね」


 「壁の中に麦畑があるんじゃないですか?」


 「アハハ。面白い冗談ね!」


 ガーフシャールは心が軽くなり、冗談が飛び出した。リーゼロッテが笑ってくれる。ほっとした表情を見せるのはミシェリだった。


 「流石にここから先は未開の地だから、街が大きいのよね」


 ミシェリは自分に言い聞かすように言葉を吐き出す。一行が門に到着すると、衛兵と言うか、農民風の男が壁の上から顔を出した。


 「入るのか? おんしら誰?」


 「デルギルグフィ伯爵の命により当地を領することになったデルーグリ・グレルアリ騎士爵だ。代官のギールル殿を呼んで貰いたい。我らはここで待つ」


 「へい! お、お貴族様で! 今呼んできやす!」


 男は驚いたようで、すぐさま姿を消した。すぐに城門に騎士風の男が顔を出した。


 「おや、本当にデルーグリ様! どうされたのです?」


 「ギールル! 新領地なんだ! 伯爵の命令書とギールルの帰還命令書もある!」


 「わかりました! 今行きます!」


 城門が開き、騎士が現れた。体格の良い、三十前の好男子である。


 「ミーケールはデルーグリ様の領有ですか! おめでとうございます!」


 デルーグリとギールルは再会を喜び、硬く握手をする。


 「さ、中に入ってください。屋敷で命令書を改めましょう」


 一行が城門に入ると、広場があって街があった。ギールルは一際大きい石造りの屋敷へ入っていく。大きな厩に馬を収納する。のんびりと草を喰んでいた馬が二頭、不思議そうにこちらを見ている。ギールルの馬なのだろう。


 屋敷内は飾りっ気はほぼ無い。屋敷と言うより前線基地の雰囲気である。何より、人の気配が全く無かった。埃っぽい一階の大広間に通された。


 「ギールル。伯爵様からの命令書である」


 「は」


 ギールルは跪いて命令書を受け取った。


 「ウフフ。命令書や手紙を持つ使者は受け取る際は当人と思って受け取る必要があるのよ。命令書を渡す瞬間だけ伯爵なのよ。騎士爵なんだけどね」


 ガーフシャールは大仰だなと思って見ているとリーゼロッテが説明してくれる。


 「む・・・私は引き継ぎ後帰還ですね。引き継ぎなどありませんがね・・・あとで村長に引き合わせますね。門番は順番で行っている位です。麦の収穫は四公六民です。あとは村長に聞いて貰えば・・・村一つしかない領ですので・・・」


 命令書を読んだギールルはポットに入ったお茶を勧めてくれた。


 「私一人で赴任なんです。食事は村長の家に頼んで運んで貰っているんです。ここは私一人で住んでいるんですよ・・・酒も無いし、食うので精一杯ですね・・・ここは・・・ご愁傷さまと言うか・・・命令書に記載がありました。子爵様はお手討ちになったそうで・・・」


 「命があるだけいいさ。さらに領地まで貰ったからな・・・本来は死罪だぜ。運が良いんだ。子爵家にいても三男坊の俺はうだつが上がらないまま年を取るだけさ。領主になれただけで御の字だよ。しかし凄い城壁だったな」


 「三十年前の東方動乱の際に伯爵家で建てた砦です。東方国家が攻めて来た場合、ここ、ミーケール砦が最前線になりますけど、山脈があるから攻め込まれなかったです。長期間籠城出来る様、畑ごと覆っちゃったんですよ。では村長を呼んできます」


 ギールルは礼をして屋敷を後にした。


 「ほ、本当に畑まで覆ったのね・・・凄いわ」


 リーゼロッテが感心している。


 「俺は何処か小屋を貰いますね・・・ここに住んじゃ不味いでしょう」


 「え? 何言っているの? 良いじゃない。ね、デルーグリ」


 「・・・うむむ・・・」


 デルーグリは腕を組んで考え込んでしまう。


 「ちょっと! はっきりしなさいよ!」


 「無理言わないでください。俺は単なる従卒で、一兵卒なんですよ。本来はリーゼロッテ様にこうして口を効くのも駄目なんですよね」


 ガーフシャールは貴族と平民の身分差の微かな記憶を拾うが、かなり曖昧だ。


 「まあな。一般的にはそうだ。見られると良くないな。嫉妬を買うだろうな。姉さんは村人に人気が出る気がするんだよ」


 「そういうことです。閉鎖的な村でしょうから慎重に行きましょう」


 「そんな・・・」


 ガーフシャールが言うと、リーゼロッテは落胆の表情を見せる。


 「わ、私は・・・」


 「ああ、ミシェリは一応貴族の端くれだ。屋敷にいても構わん」


 「わかりました・・・ではメイドで」


 「いや、俺の護衛で頼む。本当はガーフシャールの護衛を頼みたいのだが・・・ガーフシャール、すまん」


 「いえいえ」


 「やっぱりデルーグリ様は随分とガーフシャールさんを重用なさるのよね。確かに戦闘時に気が利きますけど」


 ミシェリは疑問をデルーグリにぶつける。


 「フフフ・・・ガーフシャールの智恵に驚くのはこれからだぜ。早速だが、ガーフシャール、最初に何をすればいいんだ? 新領地など始めてでな。無論統治も初めてだ」


 「そうですね。まずは主権はデルーグリ様にあると村長に知らしめなくてはなりません。軍事権、課税権、立法権、裁判権全てデルーグリ様にあるとわからせます。盗みと強姦は重罪と、基本的な事を宣言するのではないでしょうか。王都のルールで構わないと思いますが」


 「なるほど。次はどうだ?」


 「そうですね。ぶっちゃけ、村の防衛と税の徴収以外にすることは無いでしょう。住人の調査と検地を行いたいですね。住民を把握し、税の徴収額を判断したいです」


 「住民の把握? 検地?」


 「ええ。おおよそ、常備兵として雇えるのは村人百人に一人くらいです。とうぜん収穫が多い村だったら増えるし、貧しい村だったら減りますけど。五百人の村だと五人くらいじゃないですか? 我々を五人に含むのか良くわかりませんけど」


 「ああ、わかったぞ」


 「え? 今のでわかったの?」


 「姉さんはわからなかったのか? 村の人口の台帳と畑の広さから一年間の税収量を決めて、雇える人数を決めなくては駄目なんだな。ミシェリとガーフシャールのお給金も決めないとな。姉さんの分も」


 「予算と言いますよ。一年に一回、きちんと予算を作ってお金の使い道を決めるんでしょう」


 「そうだぜ姉さん。剣を振るだけでは駄目なんだぜ」


 「・・・わかっているわよ! 騎士団にもお会計をする人がいたのよ! みんな武具の補充の為に金をよこせっていっつも揉めていたのよ」


 「確かに家にあった金や家財を根こそぎ売ってかなりのお金を持っているが、騎馬隊を作る金なんだ」


 「成る程ね・・・事務のやつらはお金をくれないから騎士団のみんなは良く頭に血が昇っていたわね・・・じゃあ騎馬隊を作るにはどうすれば良いの?」


 リーゼロッテがガーフシャールを見る。


 「経済ですね。経済活動を活発化して得られた利益で騎馬隊を運用するんです。騎馬隊は金食い虫ですからね」


 「け、経済活動?」


 リーゼロッテが目を丸くする。聞いたことが無い言葉なのだろう。


 「平たくいうと儲ける事です。お金を儲けると利益を目指して人が増えます。お金があれば村人百当たりの常備兵の人数が増えますから」


 「まず最初が機織り機なのか? ガーフシャール」


 「ええ。羊を飼い、羊毛を得ましょう。機織り機を作って機織り機と布と、衣服を売り出しましょう・・・違うな・・・綿だ、綿花だ」


 「オイ待て、布を織って売るんじゃないのか」


 自信満々のガーフシャールをデルーグリは静止の声を上げる。


 「まずは吊しの服を安く作りたいですね。服って高いじゃないですか。本当に儲かるのは、少数の貴族向けの物では無く、人口の多数を占める平民向けの物を作る事なんです。安く作って売る仕組みを整備するんですよ」


 「何言っているのよ? お金を持っているのは貴族よ? 服一着金貨五枚じゃないかしら?」


 「なら、銀貨一枚で百倍はいる平民に売りましょう。絶対儲かりますから。確かには王国御用達の商人になるのが一番儲けるんですが、ここじゃ無理ですよね。ここじゃ高級品は作れませんよ」


 「た、確かに・・・オーダーを聞いてここで作る訳にはいかないわ・・・わかったわ・・・」


 「成る程な。貴族向けの商売は難しいか。確かに貴族は俺達しかいないしな」


 リーゼロッテもデルーグリも納得したようだ。小さな産業革命を起こすのである。そのうち蒸気機関でも作りたいと思い始める。


 「あの、話が盛り上がっているんですけど、お給金を貰っても使えるのかしら?」


 ミシェリが恐る恐る話に入って来る。


 「無理じゃね? 物々交換だろうな」


 「デルーグリ様、そんな・・・」


 「まず最初は安定的な通商を行う事かもしれませんね・・・」


 「そ、そうです! お買い物を出来る様に頑張りましょう!」


 「そうだな。辺境伯様の領都と通商隊で結ぶか・・・何が必要か、村長と話してみるか」


 「ガーフシャール君、私と二人で通商隊ね」


 「わかりました。通商隊を行いながら機織り機を作りますね」

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