第十五話 山賊との邂逅
第十五話 山賊との邂逅
一週間旅を続け、辺境伯領に入った。辺境伯領は木々がまばらに生え、広大な草原が広がっていた。まさしく辺境に来たという感じが強い。遠くに山脈が見えた。白っぽい岩肌と赤っぽい岩肌が印象的な山々である。煙を噴いている山もある。活火山なのだろう。
デルーグリが立ち止まり、山を指差した。
「あの山の麓が新領地だ。凄く広いんだぜ」
「うわー。デルーグリ、あそこなの?」
「デルーグリ様、人は住んでいるのかしら?」
リーゼロッテとミシェリは顔が引きつっている。
「はっはっは! ミシェリ、二人は王都暮らしが長いから後悔し始めただろ? 確かにガーフシャールの言うとおり放牧をするしかないさ」
指差された山々は極度に高くは無い。千メートル級か、それ以下だろう。基本平坦な土地に突如として山がある感じである。
「あそこか・・・」
「どうだ? ガーフシャール」
「・・・羊から羊毛を作って機織りでしょうね・・・自動織機か・・・手回しの織機を作れないかな?」
「ん? 機織りをするのか? 手間と時間との戦いだろう。儲からんぞ?」
「いえ。儲けるには順序があって、まずは織機なんです。織機か・・・豊田翁の自動織機を作れないかな・・・出来そうだな」
「出来るのか? 任せたぞ」
「任してください。新領地で作りましょう」
「何か決まったのね? ミシェリ、二人で機織りをするみたいよ」
「ええ? 私苦手なんですよ・・・」
「楽しそうな中悪いんだけど、後ろに誰か追いかけて来るわ。山賊かしらね?」
「リーゼロッテ様、確かにずっと後ろにいたようですが、我々が止まると止まりましたね。山賊の可能性が高いです」
「次の宿場まで速歩で抜けるわ。私が前、ミシェリが後ろよ」
ガーフシャールではわからない第六感みたいなもので二人は正確に追跡者を把握していた。
「山賊が出るのか・・・良し、出発だ!」
デルーグリの合図で一行は駆け始める。人間の小走りの速度だ。ガーフシャールは着いていくのに必死だった。途中で葦毛のキーミルが先頭のリーゼロッテに速度を合わせているのがわかると、途端に安心してしまった。
二刻ほど駆けると宿場に到着した。ガーフシャールは安堵の息を漏らした。山賊は馬に乗っているイメージが強いが、実際は徒なのだろう。
一行は宿場の前で馬を止め、休憩に入る。
「やはり馬は速いわね。総騎馬の隊の威力を思い知ったわ。普通は戦う必要があるのよ。でも馬の速歩には人間は勝てないからね・・・でも疲れたわ・・・ガーフシャール君が疲れていないのが気にくわないわね・・・」
「ええ。鐙で体を支えてますから。足を乗っけているロープです。足で踏ん張れるので剣を使えますよ」
「え? 馬では剣は使えないわ。槍よ? 何を言っているの? じゃあキーミルを借りるわよ。キーミル、久しぶりね。乗るわよ」
キーミルはガーフシャールを見た後、リーゼロッテを見た。
「あら、もう私の事は忘れたのね? まあいいわ」
リーゼロッテが鐙が付いているキーミルに騎乗し、剣を抜く。
「あら、本当だわ。いいわね」
リーゼロッテは馬を駈足で操りながら剣を振るっている。見事だった。流石元王宮騎士団である。
「じゃあロープで仮に作りますね」
ガーフシャールはそれぞれの馬に輪の付いたロープを鞍に結び、鐙を作る。
「明日からガーフシャール君が馬を二頭引いてもうらうわ! 私とミシェリは自由に動いて護衛に回るから!」
ミシェリも騎乗し、剣を抜いた。
「ミシェリ! 行くわよ!」
「はい!」
二人は全速で駆け、剣をぶつけ合うと離れていく。剣戟の金属音が響く。
「いいわ。これは強いわよ。足で踏ん張れるわ」
「そうですね。歩兵なら二人で二十人は相手出来ますわ。慣れるまで打ち合いませんか?」
「望む所よ! やあ!」
二人は高速で駆け、剣を振り合っている。片手で馬を操作、回転や速度の変更など複雑な動きを行っている。
「て、手練れですね」
「そうだな、ガーフシャール。うちは女性陣の方が強いからな。元王宮騎士団が二人もいるんだぜ?」
ガーフシャールとデルーグリが感心して見ていると、宿場街の衛兵が近づいて来た。
「やあ、お強いですねえ。騎士とは恐れ入りました。しかも女性ですね」
「宿場の衛兵か? 馬で二刻前に複数の人間に追われた。馬だから逃げれたが、山賊ではないか? 一応情報として言っておくぞ」
「え! 山賊ですか! わかりました! 情報ありがとうございます!」
衛兵は走って村へ戻る。村は木の柵で覆われているが、強固な護りとは言えない。
「おーい、村に入るぞ!」
デルーグリの声で騎乗しての打ち合いを止め、厩に繋ぐ。
「今夜は襲撃があるかもしれない。飯を食ったら用心しないとな」
「いいわよ。ミシェリと二人で退治するわ。感覚的に十数人の山賊よね」
「任せてください。騎士の強さを見せつけてさしあげますわ」
「ガーフシャール君は厩でデルーグリの護りをお願いよ」
女性陣はやる気に溢れている。勇ましい。
「我々は男なのに負けてますね・・・」
「本物の騎士には勝てないぜ・・・気にすんなよ」
宿に入り、夕食を摂って沈み行く夕陽を眺めていた。炊ぐ煙が村の至る所から立ち上り、人々が生活を営んでいた。
ガーフシャールは眺めの良い二階の窓から無心に夕陽を眺めていると、遠くに人影を認める事が出来た。
「ガーフシャール! 来たぞ! 奴らだ! 二人は既に厩に向かった! 行くぞ!」
ガーフシャールは慌てて鎧を着て外に出ると、リーゼロッテとミシェリが騎乗して村の門の外に待機していた。
ガーフシャールが出て行くと、衛兵五人が青い顔をしている。
「ガーフシャール来たか。山賊ゲルコイ一家だ。十五人の山賊だ。二人を突撃させる。弓を持った山賊はいないようだ」
デルーグリの指差す方を見る。松明を持っているが、弓は無さそうである。
「わかりました・・・リーゼロッテ様、ミシェリさん、ご武運を」
「まかせて。王宮騎士団の強さを見せてあげるわ!」
二人は息巻いている。ガーフシャールとデルーグリも騎乗する。山賊も段々近づいてくる。隊列もなく、十数人が歩いて来る。剣を持ち、好色そうな顔でリーゼロッテとミシェリを見ている。
「衛兵の皆さん! 我々は辺境伯が寄子、デルーグリ・グレルアリ騎士爵一行です! デルーグリ様の姉君リーゼロッテ騎士と配下のミシェリ騎士が戦闘を開始します! 相手は山賊、よろしいですね?」
ガーフシャールが声を上げると、隊長と思しき中年の衛兵が力なく頷く。
「わかりました。では、俺と衛兵の皆さんは門の回りに布陣して侵入を防ぎます。布陣をお願いします!」
「よし、ガーフシャール、配置につくか」
ガーフシャールとデルーグリが門の側に馬を動かすと、衛兵達も剣を抜き配置についた。
「ガーフシャール君、いい?」
「リーゼロッテ様、配置完了です!」
「ミシェリ! 暗くなる前に片を付けるわよ!」
「言いましたね! 足を引っ張らないでくださいよ! では一番槍は貰います!」
ミシェリは馬の腹を蹴ると、勢いよく飛び出す。
「負けないわ! 行くよ!」
リーゼロッテも飛び出す。
「者ども! 女が飛び込んで来たぜ! とっつかまえてひん剥いてぶち込んでやれ! ヒャッハ!」
先頭の頭目らしき男は後ろを向いて粗野な言葉をまき散らす。山賊にとって不幸としか言いようが無かった。山賊は武力を持たない村には恐れられるものの、戦闘訓練を受けた武力集団ではない。騎馬の速さ、突撃力の高さを知らないのだ。尚かつ、鐙によって体を支える事が出来、縦横に剣を振るうことが出来るのだ。王国の戦闘では殆ど騎馬を用いないので、山賊に対応しろといっても無理な話なのだ。
ミシェリはあっと言う間に山賊達に飛び込み、剣を振るった。頭目は振り返って迫る音に向かおうとした瞬間、ミシェリに頸を刎ねられた。山賊は恐れおののき、二つに割れてミシェリを通過させる。
「やるわね! 頭目を倒したわ! や!」
続くリーゼロッテも最高速のまま山賊を斬りつける。続けて二人斬る。山賊は騎馬の突進におののき、抵抗が出来ない。二騎は引き返して三人ほど斬ると、門に戻って来る。山賊は頭目を失い、呆然と立ちすくんでいる。
「頭目は倒したわ! ミシェリ、お手柄よ!」
「勿体ないお言葉です!」
ミシェリは嬉しそうに言葉を受ける。
「よし! 全員で追撃します! 衛兵さん! 全員突撃です!」
「よっしゃ!」
「姉さん達スゲエな! 俺達も行くぞ!」
ガーフシャールが声を上げ門の外に出ると、騎馬が四騎街道に並ぶ。
「あら! デルーグリ! 無理するんじゃないよ! 騎士爵家最初の戦、四人で突撃ね!」
「このまま四騎並んで進んで、山賊達を踏みつぶしましょう!」
「わかったわ、ガーフシャール君! 行くよ!」
リーゼロッテの声で四騎はゆっくりと進み始める。少しずつ速度を上げ、襲歩とは言わないが駆歩で進んで行く。
「ひ! 来たぞ! 逃げろ!」
山賊は逃げ始めるが、騎馬の速度に敵うわけはなく、四騎は次々に山賊を仕留めて行った。後ろから斬りつけるだけだった。主にリーゼロッテとミシェリが屠り、ガーフシャールとデルーグリは一人を倒しただけであった。
「全員倒したか?」
「間違い無いわ。全員で十五人よ。やはり騎馬の敵では無いわね。思い知ったわ」
「そうだな。当家は全て騎馬にするぞ。さ、戻るか。処理は衛兵に任せよう」
デルーグリはリーゼロッテの声に頷くと、村に戻って行った。村では大歓声で迎えられた。
「さ、グレルアリ騎士爵家最初の凱旋よ! 胸を張って門に入るわよ!」
ガーフシャールは体の奥から沸き上がる興奮に体を支配されていた。絶望を振り払うように空を眺めながら出陣した砦での戦いとは違い、迎えてくれる人がいた。
騎士とは、守るべき人を守る為に存在するのだと、ガーフシャールは強く思うのであった。前の世界の武士と混同しているのかも知れなかった。平安期において、武士とは自領を守る為に武装したのが起こりだからだ。何かを奪うのではなく、何かを守るために戦いたいと思うのであった。
門に近づくと、ガーフシャールは大声を上げる。
「辺境伯が寄子、グレルアリ騎士爵家一行、山賊ゲルコイ一家を殲滅いたした! 今夜は安心して眠ってほしい!」
四騎は見物をしていた村人に取り囲まれる。村人からは沢山のお礼を受けた。
「危ないからさがって!」
ミシェリは必死で村人を退けるが嬉しそうである。
後に王国最強とうたわれたグレルアリ龍騎兵団の初戦と伝えられる戦いである。僅か四騎と記録されている。