第十四話 接収と旅立ち
第十四話 接収と旅立ち
ガーフシャールは一人で街に出て、宿を訪ね回っている。明日は接収の日なのであるが、デルーグリに半ば強引に屋敷を追い出されている。元遊女のギリーとカリールリーファに別れを言おうと思ったのだ。リーゼロッテの手前、伝言を頼むとは言っていなかったが間違い無いとガーフシャールは考えている。
四件目の宿で、ガーフシャールは呼び止められた。
「ガーフシャール、さん」
振り向くとギリーの付き人、カリールリーファが驚いた顔で立っていた。
「どうして・・・」
ガーフシャールは心が痛んだ。こちらの世界で始めて大人のキスをした相手だ。ガーフシャールの心は既にリーゼロッテで満たされていて、カリールリーファの入る余地は無かった。リーゼロッテとの関係は恋仲ではない、主従関係だが、ガーフシャールには明確な区切りを付けることが出来なかった。気持ちのない体だけを求める関係になるのはいやだった。
「一応お別れを言いに来たんだ。この街の子爵が謀反で処刑されてね。三男のデルーグリ様が新領地で騎士爵になられるから、一緒に行くことになったんだ。あの、元気でね」
カリールリーファはこくりと頷くと、ガーフシャールの胸に顔を埋める。腰を抱くと、細く折れそうだった。甘い香りに頭がくらくらする。
「あ、ごめんなさい・・・ここじゃ駄目・・・部屋に・・・」
宿の二階の部屋に案内されると、カリーリリーファはガーフシャールに抱きついた。カリールリーファは大泣きに泣いた。
「私の唇を奪ったくせに・・・」
「ごめん・・・」
「デルーグリ様はお美しい姉がいるとおっしゃってました・・・」
「うん・・・居場所の無い俺に居場所をくれたんだ。嬉しくてさ・・・」
「始めて、男の人と話せると思ったんです・・・私は負けたのですね・・・でも、それは恋仲ではないのでは・・・忠義と恋仲を混同しているのでは・・・」
「・・・うん、多分・・・」
ガーフシャールは言葉が出なかった。こんな事になるなら抱き寄せてキスをしなければ良かったと思ってしまう。
「勝手に行ってしまうのですね・・・」
「元気で」
ガーフシャールは部屋を出た。部屋では嗚咽の声が聞こえた気がした。
屋敷に戻ると、人でごった返していた。商人達が家財道具を運び出している。デルーグリがガーフシャールを見つけると近づいて来た。
「デルーファに会えたか」
デルーファはカリールリーファの源氏名である。
「お別れを言ってきました。泣かれましたよ」
「抱いたのか」
ガーフシャールは首を振った。
「姉さんが嫌がるからか・・・気にする事無いのに」
「・・・」
「明日は接収だ。暗い顔しているぞ。でも、日はみんな気持ちが重たいさ」
翌朝、買ってきたパンを皆で千切って食べた。家財道具は何も無く、調理人もいないためだ。デルーグリ、リーゼロッテ、ミシェリ、ガーフシャールの四人である。皆顔が暗く、三人とは違う痛みを感じているガーフシャールは助かったと思っている。
接収に伯爵家の家人十名がやって来て、デルーグリと屋敷を確認に行った。残った三人は馬に荷物を積み、屋敷の外へ連れ出した。ガーフシャールとデルーグリが一頭で、リーゼロッテとミシェリが荷物を載せ、人が乗っていない荷馬を引き連れて移動することになっている。
二刻ほどでデルーグリが接収を終え、屋敷を出て来た。騎乗すると三人の方を向いた。
「さあ行こうか。二週間の行程だ。すぐに着くよ。西に向かって移動する。デルギルグフィ伯爵領を超えて、子爵領を二つ超え、辺境伯の領地を越えた先にある」
「と、遠いわね」
「姉さん、辺境伯の向こう側の領地だしな。これからはデルギルグフィ伯爵の寄子から外れ、辺境伯の寄子になる。さ、輝かしい未来に向かって出発だ」
デルーグリが騎乗すると全員が騎乗した。デルーグリとガーフシャールが先頭、後ろが荷馬を引き連れたリーゼロッテとミシェリである。騎士団に所属していた二人は馬の扱いが上手い。
ガーフシャールは二週間みっちり騎乗の練習をしたものの、葦毛のキーミルを操るので精一杯だ。街に残してきた不安と後悔と恋心を感じる時間もなかった。
ガーフシャールは葦毛のキーミルの扱いに四苦八苦しているのだが、残る三人は失った古里への郷愁や不安で心を占められているのであろう。
街道は森の中に入り、薄黒さを増している。肥料の草刈りに入っている農民は不思議そうに一行を見ていた。
「今日からずっと野営ですか? しんどいですね」
ガーフシャールはデルーグリに訊ねてみる。
「いや、歩いて一日の距離に必ず宿場がある。流石に宿に泊まるぞ。馬の場合は二つ飛ばしで進むんだが、今日は昼出発なので次の宿場で泊まるぞ。ほら、見えてきただろ」
前方に森が切り開かれ、小さな宿場が見えて来る。
「元子爵領の最後の宿場だ・・・コスコーレ村だ。次からは伯爵領になる。宿が三つあるだけの村だな。宿場の維持が領経営の基本だ。宿場がないと商人が来ないんだ」
宿場は三百人位の村に大きめの宿があるという感じだ。宿場には厩があり、世話を頼む事が出来た。一行は一番綺麗な宿を選んで入る。
「これはこれはデルーグリ様。よくお越しになられました・・・リーゼロッテ様も・・・お部屋は四つご用意します」
宿は中年の女将が出迎えてくれた。
「女将、久しいな。明日まで頼む」
「はい。ではごゆるりと・・・」
案内された部屋は六畳間程度だ。しばらくすると桶に湯が運ばれて来た。湯で体を拭い、さっぱりすると眠くなってきた。半日の旅であったが、ガーフシャールは疲労が溜まり、眠ってしまった。
ドアをノックする音で目が覚める。
「ガーフシャール君、夕食よ」
ドアを開けると、リーゼロッテがパンとシチューを持って現れた。
「じろじろ見られるから食堂では食べないわ。一緒に食べましょうよ」
「あ、はい・・・ええと、俺は平民だからリーゼロッテ様の食べた後に食べればいいんですよね」
「もう、意地悪ね。一緒に食べようよ。誰か貴族がいなければいいのよ。領地を抜けたら皆で食べるわよ。で、大丈夫? 疲れた様ね。デルーグリも寝ているわ。ミシェリが心配そうにしているのが可笑しいのよ」
「そうなんですか?」
「デルーグリはミシェリが母親っぽい感じだったからね。さ、寝るのよ。明日からは倍移動するからね」
二人で食事を摂った後、リーゼロッテが部屋を出て行った。パンは硬く、シチューは腸詰めと玉葱とキャベツが入った塩スープである。干し肉ではなく腸詰めであるところが少し高級なのだろう。ガーフシャールはベッドの上で天井を眺めた。
翌朝、スッキリして目が覚めた。ドアがノックされ、リーゼロッテがサンドイッチを持ってきてくれる。
「ガーフシャール君! おはよう! 朝よ!」
リーゼロッテはスッキリとした顔をしている。
「リーゼロッテ様はなにか振り切れた見たいですね」
「君もじゃない。もう忘れる事ができた? 楼閣の子は?」
「一日寝たら忘れてしまうなんて、自分が嫌になりますね。出発前に別れを言ってきました。泣かれちゃいました」
「そう、なんだかすまないわね。もう。私達なんて父と兄弟は死んじゃうし、家は接収されるしさ。あ、父の後妻だか妾だかは知らないわ。どうなったのかしら? さ、食べよ」
二人でサンドイッチを食べた。リーゼロッテと目が合うと、ウフフと小さく笑った。秘め事をしているようで、少し楽しかった。