第十三話 二人目の女騎士
第十三話 二人目の女騎士
「なんだか、子爵家が無くなるなんて・・・あっけないものね・・・」
リーゼロッテは焚き火を眺めながら呟いた。
「まあ、砦の兵の扱いは酷かったですから・・・残念ながら実力が無かったのだと」
ガーフシャールはリーゼロッテと向かい合って座っている。
「実力って何かしら・・・」
「兵を指揮する能力と政治を行う能力でしょう。戦乱の世になるに従い、両方を併せ持つ貴族でないと生き残るのは難しいでしょうね・・・」
「貴族なんて、兵は率いないし領地の経営は家宰が行うのよ・・・」
「はあそうですか・・・じゃあ残念ながら王国は乱れますね」
「そうよね・・・最近戦が多いからね・・・誰にも言っちゃ駄目よ? 王国は兵が弱いのよ」
「ああ、それは秘密でも何でもないでしょう・・・明らかに弱いですよ。だから公国だかは攻め込んで来たんじゃないですか?」
「え? 嘘?」
「何驚いているんですか・・・周辺国がどのくらいあるか知りませんが弱いと思っていますよ多分」
「そうなのかしらね・・・あ・・・誰か来るわ。デルーグリかしら」
やって来た人物の顔を見ると元気が無いリーゼロッテの顔に明るさが増した。騎乗して現れたのはデルーグリだった。顔色は真っ青で、精気が無かった。
「ちょっとォ? デルーグリあんた!」
リーゼロッテはデルーグリを馬から降ろすと、焚き火に座らせる。ガーフシャールは馬に水を飲ませ、木に手綱を縛り付ける。
「姉さん、なんとか家の断絶は免れたよ・・・伯爵の飛び地を貰った。騎士爵だよ。オヤジ殿と兄達は処刑されていた。兵達は略奪を行ったから全員鉱山送りだ」
「そう、死んだの・・・ガーフシャール君が言うには、実力が無い貴族はバンバン死んでいく時代になったそうよ。そう言われると実力は皆無だったわね、父さんと兄さん達は」
ガーフシャールは茶を淹れるとデルーグリに手渡す。デルーグリはほっとした表情を始めて見せる。
「ガーフシャール、一つ聞きたい」
「なんです?」
「俺は強い兵を持ちたい。何が一番強いんだ?」
「はあ。軽騎兵ですよ」
「軽騎兵?」
「短弓や槍で装備した総騎馬隊です。俺は重騎兵より軽騎兵の方がいいと思います。機動力を生かして偵察任務や伝令任務を請け負うんですよ。ただ・・・」
「何だ?」
「馬を養うのはお金がかかりますし、広大な草原が必要じゃないかな・・・乗り手の育成が大変です。村を全て騎乗させるような感じで育てないと」
「なるほど・・・ちょうどいいか。新領地は何も無い所らしいんだ。騎兵隊を組織しよう。伯爵には悪いが馬は全て持っていくか・・・六頭しかいなけど」
「ガーフシャール、来てくれるか」
デルーグリは真剣な表情でガーフシャールを見た。リーゼロッテも強ばった顔をしている。
「俺はリーゼロッテ様の従卒ですよ? 命令をしていただければ」
「良く言ったわ! 三人で頑張りましょうね!」
リーゼロッテは目を潤ませてガーフシャールの手を取った。ガーフシャールは来てくれと言われたことが嬉しかった。また無頼の生活に戻る可能性も考えていたのだ。
「で、実際に軽騎兵は何をするんだ?」
「そうね。近衛騎士団の騎馬隊は馬まで鎧を着込むのよ」
ガーフシャールは弓を射る真似をする。
「走りながら弓を射ります。何をするかと言うより、恐らく五騎とか十騎しか参戦出来ないでしょうから、速度を生かした便利仕事を請け負いましょう。斥候、密偵、伝令じゃないですか?」
「まあそうだな。馬は高価だから馬を売って儲けようか」
「ご名答です。羊や牛の放牧もやるんでしょうね・・・」
「放牧をするのか?」
「ええ。放牧をする人は馬に乗って生活してもらって、いざとなったら騎兵にします。イメージとしては乳製品、羊毛製品、革製品の産地になると良いですね」
「なるほどな。姉さん、新領地では馬と牛と羊を飼って、強力な騎兵隊を作る。決まったよ」
「え? ガーフシャール君の言うことを丸々聞いちゃっていいの?」
「ああ、いいぞ。姉さんにガーフシャールの指揮を見せたかったよ。凄かったから」
「わかったわ・・・騎士団っていっても、騎乗した騎士は殆どいないのよ。兵卒まで騎士なんて聞いたこと無いわよ」
「だからやる価値があるんじゃないか。オヤジ殿と兄貴達は死んじまったけど、少し俺にも運が回ってきたな」
「そうね。二人で肩身狭くお屋敷で暮らして死ぬのかなって思っていたからね」
「ああ。特に俺は居場所が無かったからな・・・貴族の三男坊は飼い殺しで終わりなんだ。結婚も出来ないんだぜ、ガーフシャールのおかげで領地持ちになれたな・・・褒美は何がいい?」
「え? じゃあリーゼロッテ様で」
「ちょっと! また!」
「ああ、この前姉さんを褒美にするといったけど貴族位に復帰したから無理だ。そのうち何か渡すよ・・・よし、最後の仕事だ。屋敷の接収は三日後だ。家を片付けるぞ」
野営道具を撤収し、三人は屋敷に戻る。家人達は荷物をまとめ、続々と退出している。衛兵達はいつも通り働いていた。恐らくそのまま召し抱えられるのだろう。
屋敷内は商人達で溢れていた。デルーグリが戻ると調度品の買い取り価格の交渉を行い始めた。リーゼロッテとガーフシャールは忙しそうなデルーグリを尻目に、二階のガーフシャールの部屋でくつろぎ始める。
「このお屋敷ともお別れか・・・」
リーゼロッテがソファーに腰掛けると、勢いよくドアが開けられた。武装したミシェリが入ってくる。
「リーゼロッテ様! お供します!」
ガーフシャールはミシェリの格好良さに見とれてしまった。腰のラインが出てしまう革の鎧に細身の剣、弓を装備している。
「ミシェリ、ガーフシャール君が驚いているわ。ガーフシャール君、ミシェリは元騎士団なのよ。ミシェリの家も取り潰された貴族なの」
「え?」
「また一緒に剣を・・・!」
「あら、デルーグリは騎士爵家に降格、新領地は伯爵の飛び地なの。いいの?」
「あー、あー、あー・・・」
ミシェリはあーと言う声を発するだけになった。
「ガーフシャール君は来てくれるけど、本当に来るの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫・・・で・・・」
リシェリの目は見開いてリーゼロッテとガーフシャールを見る。
「あの、新領地って・・・」
ガーフシャールは恐る恐る訊ねる。
「村一つと大草原が広がるだけなのよ。僻地で有名だわ」
「ああ、そう言うことですか。ミシェリさんは街暮らしがしたいんですね。わかります」
「ガーフシャールさんは行くんですか?」
「行きますよ。行った先で王国最強の騎兵団を組織するんです。草原があるならちょうどいいですね」
「騎兵団・・・?」
「そうです。時間はかかるでしょうが、大騎馬隊をリーゼロッテ様に率いてもらって王国の戦場を駆け抜けるんです。当家の騎兵隊は赤い鎧に統一したいですね」
「ん? 待って、赤いの? 目立つよ?」
リーゼロッテが口を挟んでくる。
「逃げも隠れもしない、赤い鎧は覚悟の印しです。いつか騎馬の大軍を率いて突撃をしたいですね。俺とリーゼロッテ様が先頭で」
「いいわね。二十年後かしら。私はおばちゃんになっているわね」
「私は?! 私は?!」
「ミシェリ、貴方には田舎暮らしは無理でなくて? 貴方だったら私と一緒に先駆け出来ると思うけど」
「ええ。約束するわ。何時になるかわからないけど、我が騎兵隊が出陣を賜るとき、先駆けを許すわ」
「先駆け・・・戦場の誉れ・・・絶対ですよ・・・」
「わかったわ。生き残れたらお家再興を助けてあげる」
「わかりました。ミシェリ・デーンボスカ、リーゼロッテ様の配下として戦場を駆けてみせます」
「わかったわ。ガーフシャール君と仲良くね」
どうやら新領地行きは四人になるようだ。ガーフシャールは顔見知りのミシェリで良かったと思った。新領地はかなりの僻地らしいが、待ち遠しかった。リーゼロッテとデルーグリのために働こうと強く思うのだった。