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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第十二話 廃爵

第十二話 廃爵


 「キーミル、今日はちゃんと乗せてくれよ」


 ガーフシャールは葦毛の駒に話しかけながら鞍を付けている。戦病、PTSDと思われたとき、キーミルに騎乗して駆ける事により気分が軽くなったのだ。良くなった半分はリーゼロッテの一緒に死んであげるという言葉だった。


 「しかし、あの時はキーミルに気を使われていたとは・・・」


 乗馬の天才だと思った直後、実はキーミルはリーゼロッテが国王来賓の閲兵式で使用した馬らしく、子爵家の全てをかけて調教した馬であるらしい。リーゼロッテの言葉を聞いて動いていたらしく、ガーフシャールの実力では無かったのだ。


 二週間、キーミルの世話をしながら騎乗の練習をしているが、殆ど操れないでいる。まだ馬の気持ちがわからないのだった。昼からは剣の稽古、夕方は字を教わっている。


 「ガーフシャール君! 準備はいい?」


 リーゼロッテが厩舎に入ってきた。俺以外の厩舎係は一斉に頭を下げる。


 「はい。大丈夫です」


 「そう、今日も歩きの練習ね。キーミル、ガーフシャールをよろしくね」


 リーゼロッテが頭を撫でると嬉しそうに嘶く。ガーフシャールが触ろうとすると頭を避けられるのだ。キーミルを厩舎から出して、二人で柵内をゆっくりと騎乗していた時、早馬が屋敷へ訪れた。


 「あら? 家の者だわ? 何かあったのね・・・あの慌て様はただ事じゃないわ。いよいよここのお屋敷暮らしも終わりの様ね・・・さ、しっかり練習しておこう」


 二人でみっちり練習した後、屋敷へ戻るとデルーグリが壺を壁に投げつけて割っていた。デルーグリは二人を見るとへなへなと腰が砕け、廊下に座り込んだ。


 「デルーグリ様!」


 「ちょっと! どうしたの?!」


 デルーグリは放心して、二人の問いかけに答える事が出来なかった。無理矢理執務室に連れて行き、水を飲ますとようやく目に意志が宿ってきた。


 「悪い・・・余りの報告に我を忘れてしまったよ・・・」


 「出兵から二週間、早すぎるけどこっぴどく負けたのね?」


 「姉さん、負けたならまだいいさ。戦った事には変わりないからな・・・反乱軍として周辺貴族軍に包囲されているようだ。無理矢理食料と物資の提供を求めたら戦になってしまい、反乱として処理されるんだと・・・金も払わず要求したんだろうな・・・多分大量の女もな・・・」


 「ええ? どういう事よ?」


 「こっちが聞きてえよ・・・伯爵様の所に行ってくる。姉さん、ここに金があるから持って屋敷から離れてくれ。ガーフシャール、すまないが姉さんを頼む。姉さんは貴族籍を外れているから処刑は俺だけのはずだ・・・楽しかったぜ、お前との戦はよ・・・さ、早く荷物をまとめて屋敷から出ろ。いまから全員に暇を出す。伯爵様からの使節が来たら処刑されるぞ」


 「え? ちょっと?」


 「ガーフシャール! 早く姉さんを頼む! 一刻も早く屋敷から出ろ! 後生だ! 北の森で運が良ければ落ち合うぞ!」


 「行きますよ!」


 ガーフシャールは重たい革袋を持ち、リーゼロッテの手を引いてデルーグリの部屋を出た。


 「リーゼロッテ様! デルーグリ様のお覚悟を無駄にしないでください!」


 ガーフシャールはリーゼロッテの体を揺する。


 「君は随分平気そうね・・・」


 「俺の主君は貴方だけだ! リーゼロッテ様! 残るのであればご一緒します。約束しましたよね。一緒に死ぬと。確か死に方は突撃でしたっけ。デルーグリ様はこれから決死の交渉に向かうはずです。大丈夫ですよ。突撃したら話がこじれますよ」


 「わかったわ・・・荷物などまとめてあるからすぐよ。君も早くね」


 「俺に荷物など無いですよ」


 「じゃあ荷物を持って私の部屋に来て! デルーグリ、北の森で一週間待つわ!」


 「わかりました!」


 ガーフシャールは自室に置いてあるザックに衣類を入れてを背負い、サーベルを差すとドアが開いている隣の部屋に移動する。


 「あ、来たわね。私も荷物をほどいていないの。悪いけど野営道具を持ってくれる? さ、行くわよ」


 ガーフシャールは二十キロはあろうかという大きなザックを背負うと厩舎へ歩き始める。重たいが、リーゼロッテも重そうな荷物を背負っている。


 厩舎で不思議そうに作業を見ている厩舎員を尻目に、茶色の駒に荷物をくくると馬三頭で出発した。ガーフシャールは葦毛のキーミルに騎乗。リーゼロッテは黒駒に騎乗している。黒駒には荷物を積んだ茶色の駒が繋がれていた。


 「街を出て、北側の森に行くわ。小川が流れていて野営は出来るわね。食料を買い込むわよ」


 市場は穀物売り、パン売り、野菜売り、果物売り、干し肉売りなどが広場に荷を広げている。小麦粉を中心に乾燥果物、干し肉を買い込んで街を出た。


 衛兵に手を振って街を出ると、街道沿いに広がっている森に入る。二人は森に通じる小道を行き、小川に到着した。


 「しばらくここで過ごすわ。デルーグリが無事ならいいけど・・・」


 ガーフシャールは野営道具を開く。大きめの綿幕が一枚と鉄鍋、手斧、毛布が三枚入っていた。綿幕をステルス張り、テントの様に張る。ポールは無いので長めの枝を切り出した。ペグも無いので枝を切り出して作成する。テントの様に四面が覆われているわけではないが、夜露と風は防ぐことが出来る。


 「器用ね・・・まるで家みたいね」


 「中でお休みください。俺は薪を集めますね」


 馬たちは水を旨そうに飲んでいた。草もあり、野営で過ごすには絶好の隠れ場所だ。集めた薪で火を熾し、お茶を淹れた。


 「ありがとう・・・」


 「俺のせいでこんなことに・・・」


 「そうそう。次にそれを言ったら怒るわよ・・・街を守ってくれて礼を言うのはこちらよ。素直に何もわからないと報告すれば良かったのよ。兵糧も積まずに出発したからね・・・金子も十分ではなく、国王令だから兵糧を出せって言えばいいとおもっちゃったんだろうね・・・」


 「・・・最悪ですね」


 「そうよ。大量の物資になるわ。無償提供したら領の経営が傾くし、そもそもすぐに用意出来るわけがないじゃない。街にある売り物をかき集めることになるわよね。そんなことしたら飢えちゃうわ。受け入れられるわけが無いのに」






 「良く来た。まずは首実検を頼む。お主の父と兄達の頸だ」


 デルギルグフィ伯爵の屋敷にて、デルーグリが伯爵に言われたのは死者の確認であった。伯爵は細身の五十代半ばの白髪が目立つ人物であるが目は鋭く、デルーグリは射抜かれている気持ちがする。


 「では、確認させていただきます」


 デルーグリが言うと、伯爵の従者が木の桶から塩漬けの首を取りだした。恐怖を浮かべる三つの頸は父と兄二人で間違いがなかった。


 「は。確かに父と兄で間違いがございませぬ」


 伯爵が手で合図をすると従者は頸を塩漬けの桶に戻し、持ち去った。


 「御領地をお返しする準備は出来ております。申し訳ございませんが、冥土の土産に何が起きたのか教えていただけないでしょうか。当家には早馬が来て反乱だとしか聞いていません」


 「うむ・・・子爵家の領地返還は致し方ないな。兵糧も金子も碌に持たずに街道沿いの貴族を脅して出させようとしたのだ・・・断られると激昂して攻め入り、略奪を働いたらしい。子爵家兵二千は全て鉱山に送る。生きては帰れまい」


 「は。承知いたしました。これで思い残すことはありませぬ。私は弱き人間故、ひと思いにお願いいたします」


 流石にデルーグリは覚悟を決め、目を閉じ頭を下げた。


 「まあ待て。私はそちを買っているのだ。そちの父と兄は処刑の際暴れたそうであるが、そちはあっぱれだ。流石に子爵家の存続は無理だ。当家の飛び地は知っているだろう。代官を派遣するのが大変でな。騎士爵に叙するから治めて欲しい。しかし公国兵数千が忽然と姿を消したのはどういう事なのか・・・そなたの父が働いた訳ではないのはわかっておるが・・・まあ三男坊のそなたに聞いても仕方が無い話よ。命令書である。姉もそちの家の復帰を認めるから、仲良く納めるが良い。そちでは兵を率いれないだろう。暴れん坊の姉上が必要であろう」


 「は・・・では苦しまずに・・・」


 残念であるが、デルーグリは恐怖で体が震え、蒼白になり、最早伯爵の話など聞こえていなかった。恩があるガーフシャールと姉を逃がすことで精一杯だったのだ。忍び寄る死の恐怖に負けそうになり、歯を食いしばるので精一杯だったのだった。


 「ん? そちは私の話を・・・小倅の癖に、死を覚悟して姉を逃がそうとしたか。おい、この小倅を寝かせてやれ。起きたら命令書を渡せ。三日後に接収すると伝えておけ」


 デルーグリは恐怖に耐えられなくなり、気を失っていた。

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