第十一話 悪夢
第十一話 悪夢
ガーフシャールはドアのノックで目が覚めた。メイドのミシェリが入ってくる。知的な美人である。
「大丈夫ですか? 随分うなされておりましたが・・・」
「・・・」
一晩中、ボーンデや砦の兵士達、ガーフシャルの目の前で死んでいった相手の兵達の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。ボーンデには死んだのはお前のせいたと問い詰められた。敵将シーソル・ベベルコイも血みどろで恨めしげに睨み付ける。ガエリ、デルグ、ボルの中隊長達もガーフシャールを激しく攻め立てた。
一晩中、永遠とも言える時間を攻め立てられた。何回も何回も謝ったが、ボーンデ達は消えてくれなかった。汗が出た。寝たが眠れていない状況で、頭がぼおっとする。
「汗びっしょりですよ・・・お顔も真っ青です・・・リーゼロッテ様の一撃が効いたのですね・・・駄目ですよ、昨晩のはご冗談に聞こえませんでしたわ。温室育ちで初心ですので、気を付けていただかないと・・・お飲み物をお持ちしますね」
ミシェリが立ち上がろうとした際、大きな声でデルーグリが入って来た。
「どうだ、姉さんの一撃を食らって・・・大丈夫だったか?」
「あ・・・デルーグリ様、俺は・・・」
「昨晩だな、姉さんに強烈なパンチを食らって胃の物を吐きながら気絶したぞ。死んだと思ったな。すまないな」
「いえ、あの、ミシェリさん、ちょっと外してもらえませんか。リーゼロッテ様も通さないでください」
「わかりました。では」
ガーフシャールの声でミシェリは退出していった。
「どうした? 悪夢でも見たのか・・・?」
ガーフシャールは小さく頷いた。
「昨晩、ずっと砦の皆が夢に出て来ました・・・」
「そうか・・・戦場に行くとかかる戦病か・・・」
「戦病・・・恐らく・・・」
ガーフシャールには正体が把握出来ていた。心的外傷後ストレス障害、通称PTSDである。兵の間では戦病と呼ばれている。
「まあ一ヶ月ゆっくり休め。姉さんを世話に付けるから・・・姉さんは騒がしいから悪夢も忘れるだろ」
ドアが勢いよく開けられ、リーゼロッテが大声を上げながら入って来た。
「ちょっとォ! 私だけ入れないってどういう事よ! 私だって悪かったって思っているのよ!」
「リーゼロッテ様! デリケートなお話に決まっているじゃないですか! リーゼロッテ様!」
ミシェリがリーゼロッテを止めようとしているが、止められる訳がはない。
「ほら、姉さんがいたら騒がしいだろ?」
「確かに」
「誰が騒がしいって?!」
「姉さん、心して聞いてくれ」
「なによ?」
「俺も話で聞いただけなんだが、戦で最前列とか、突撃の最先頭とか、戦始まりの一人駆けとか希望者が結構いるらしいんだ。当然すぐ死ぬらしい。どうしてかわかるかい」
「なによ? 自分の武勇を示したいんじゃないの?」
「騎士だとそうなるかもな。でも兵士は違うんだよ。兵は死にたいから希望するらしい。中隊長などの将校の場合もあるんだ。聞いたことあるだろ?」
「・・・?」
「聞いた事無いのか・・・騎士はアレだから聞かないのかもな・・・姉さん、戦病だよ。酷くなると生活も出来なくなるらしい。兵達は戦病の自覚が出て来たら戦死を選ぶんだ。生活出来ない程酷くなった奴は上官が頸を斬る。上官も辛いらしいな。やはり戦で武勇を示しながら死なせてあげたいらしい」
「いきなり何よ? どうしたの・・・あ」
「そうだ。ガーフシャールは俺達全てを救った代償として、二千人の命を奪っているからな。脳まで大猿になった騎士と違って、兵達は耐えられないんだよ。人を殺したという事実に苦しめられるんだ。ガーフシャールの世話は任せたから。無理そうなら頸を刎ねてやってくれ。騎士達には兵は蠅か羽虫みたいにみえるから心が痛まないだろうけど。どうして兵がジャオンルーに行くのかわかるだろ? 徴兵されたら死ぬしか道が無い奴が必ずいるんだ。俺達は死んでくれる兵達がいるから貴族をしていられるんだぜ・・・特に今回、姉さんが生きているのもガーフシャールのおかげなんだよな。ガーフシャールが戦ってくれなかったら街は戦になっていただろうよ・・・敵兵五千だ。オヤジ殿では撃退できないだろ」
「・・・わたしだって・・・」
「姉さん、騎士は殺すのが仕事だ。敵兵を人間と認識したら斬れないよ。騎士の仕事は自兵や敵兵をウジ虫と考える仕事だぜ。じゃなきゃ嬉々として頸の数を自慢出来るわけ無いだろ」
「・・・ガーフシャール君・・・」
「すみません。軽いといいんですが・・・」
「そうよ、良くなるに決まっているわ! 早駆けに行くわよ! そうよ、早駆けよ!」
「姉さん、何言っているんだ。兵が馬に乗れるわけがないだろ」
「いいの! 今日は私が曳いてあげるから! さ、パンを食べたら行くよ!」
ガーフシャールは急いで朝食を摂るが、余り食べられない。やはりPTSDを発症している様だと考えてしまった。
連れて行かれたのは厩舎だ。馬が数頭いた。馬は思ったより小柄だった。
「ああそうか、サラブレッドじゃないよな」
サラブレッドという競馬のために改良された品種はいないので、ロバより一回り大きいほどの馬になる。背丈は人間と変わらない。
何気なく葦毛、白い馬の頭を撫でる。撫でられた葦毛は不思議そうにガーフシャールを見た。
「あら? キーミルが懐くなんて珍しいわ。君の馬ね。私の馬だから君にあげるわ。キーミル、君の新しいご主人はガーフシャール君よ」
葦毛のキーミルは再び不思議そうにガーフシャールを見る。ガーフシャールが頭を撫でると頭を擦り付けてくる。
「よしよし・・・キーミル、よろしくね」
葦毛のキーミルはどるると、小さく嘶いた。厩舎の係が鞍を付けてくれるが、鐙が無かった。古代では馬の腹を足で挟んで騎乗したらしい。
「すみません、ロープあります?」
係の人にロープを貰うと、簡易的な鐙を作る。ロープで輪を作り、鞍に固定しただけだ。
「何しているの?」
「鐙です。乗りやすくなるんです。騎乗していても力が入るんですよ」
鐙に足をかけて騎乗してみる。少しだけ視線が上になった。ちらりとキーミルがガーフシャールを見た。
「・・・乗れそうね。手綱を握って。小指と薬指の間を通して軽く握るのよ。力は親指よ。下側を張っておくのよ。ハミ張りするときは拳を握ると下側が張るから。ハミ張りと言うわ。ゆっくり拳を緩めて手を少し前にいどうさせて」
言うとおり手綱を緩めると、キーミルは前に進み始める。
「お! 前に!」
「拳を握りながら手綱を引いて」
今度はキーミルが止まる。
「左右は肘を体に付けたまま曲がりたい方向を指示するの。足と体でも力具合で指示するのよ」
「はい・・・キーミル、行こう」
ガーフシャールが手綱を緩めるとキーミルは前に進み始める。ガーフシャールは柵に沿って左回りの合図を送る。
どるるると、小さく嘶き、左に回っていく。
歩く速度だが、上下に揺られながら景色が流れて行く。ガーフシャールは残してきたハーレーを思い出した。鉄馬と呼ばれるオートバイである。
ちらりとキーミルがガーフシャールを見た。
「お? 早駆けしたいのかい?」
「ガーフシャール君! 両足に力を入れると早駆けになるから! 止まる時は体を反らすようにハミ張りするのよ! 腕じゃなく体で行うのよ!」
「よし! キーミル、行くぞ!」
ガーフシャールが足に力を入れるとハーミルは速度を上げ、走り始める。ガーフシャールはキーミルに逆らうことなく、上下運動に体を合わせる。
「ヒュー! やるわね! 負けないわよ!」
黒駒に乗ったリーゼロッテは全力で駆け、ガーフシャール達を追い抜いていく。
「速い・・・流石騎士だ・・・」
「ガーフシャール君! 君はもう一人じゃないわ! 相棒は戦場で目立ちまくる葦毛のキーミル! 君たちは良いコンビね! 運命の赤い糸かしらね! 羨ましいわ!」
「何ですか、その運命の糸って!」
「アハハハ、笑ったわね! 良かった! 明日からキーミルの世話をするのよ! 厩舎には世話しないでって言っておくから! 寝込んでいたらおキーミルの腹が空いちゃうわよ!」
二人は馬を並べて柵の中を早駆けした。ガーフシャールは相棒という言葉に強く惹かれると同時に寂寥感が薄くなっていく。
「君は一人じゃないわ! キーミルもいるし、私もいるわ! 死ぬときは二人で一緒よ! 死にたくなったら言いなさい! 一緒に死んであげるわ! アハハハハ、私でゴメンね! 私くらいでは君への報酬に足りないけど勘弁してね! 死ぬときは二人で突撃よ! それ以外認めないからね! すっごい派手な鎧を着て、突撃よ! 君はもう、グレルアリ子爵家家臣! 私の筆頭家臣よ!」
ガーフシャールは前が見えなくなり、教えられた通りに体を後ろに倒してキーミルの歩みを止める。涙が溢れて止まらなかった。一人じゃないと小さく呟いた。死ぬときは一人で死ぬと心に決めた。出来れば、麗しい女騎士の楯となりたいと思ったのだった。