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ガーフシャールの槍  作者: 蘭プロジェクト
第1章 大辺境編
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第一話 一兵卒ガーフシャール

第一話 一兵卒ガーフシャール


 頭が痛い。酷く痛む。死後の世界が安楽だと言った奴、今すぐ出てこい。俺は余りの頭痛に頭を押さえ、苦しさの余り雄叫びを上げる。


 俺は何をしている。何をしている。酷く痛む頭を抱え、のたうち回っている。ここは死後の世界。やはり皆死んでいるのだろう。誰も助けてくれない。


 俺は死んだはずだった。少しばかり早い癌だ。大手の大会社でサラリーマンをやっていた四十二歳だ。十年前にこっぴどい別れをしてからずっと一人で暮らしている。働き過ぎが祟ったのか、膵臓癌であっと言う間に死んだと思っていた。


 「うわあああ! 聞いてねえよ! 楽にしてくれよ! 頼むよ!」


 俺は大声で叫んだ。酷い頭痛のせいか、日本語では無い言葉を話した気がした。


 俺はようやく目を開けることが出来た。


 「な・・・」


 絶句。言葉が出なかった。絶句とはこのことを差すのだろう。俺の前には白目を剥いて俺を眺める男が居た。俺は本能的に死んでいると感じる事ができた。どうしてかというと、見慣れているからだ。


 着ている物は服では無かった。甲冑である。白目を剥いて死んでいる男、ヴェールグ村の浮浪者仲間のゴゴジだ。十五歳、俺より一つ上。違う違う。俺は屋敷健だ。俺の年上が十五歳であるわけが無い。違う違う、俺はヴェールク村のガーフシャールではない。十四歳の少年兵ではない。違う違う・・・


 目があった遺骸に刺激されたのか、記憶がうっすらと流れ込んできた。俺は立ち上がった。頭が痛み、真っ直ぐに歩くことが出来なかった。剣を杖にして木まで歩き、幹を背に座り込んだ。


 俺は受け入れざるを得なかった。俺は戦場にいた。散乱する骸達が甘い考えを許さなかった。俺、ガーフシャールは頭を酷く打って死んだか、重症を負ったのだ。


 同時に、屋敷健の魂がガーフシャールの体を乗っ取ったのだ。


 「マジかよ・・・転生かよ・・・嘘だろ?!」


 俺は大きく息を吸い、持参した瓢箪から水を飲む。山間の平原に風が吹き、血の匂いをかき消してくれる。傾きつつある太陽は、横たわる骸達のシルエットを際立たせ、現実を示していた。


 俺は受け入れざるを得なかった。生まれ変わった俺は一兵卒になっていた。この世で一番、命が軽い存在だ。


 「わかったよ・・・戻るよ。でも死ぬ・・・よな・・・一兵卒だしな」


 俺は聞き慣れない言葉で独りごちた。ガーフシャールの魂が帰りたがっていた。兵は死が免れない職業だ。一定割合で死んでしまう。恐らく、十回出撃したら確実に死ぬであろう。


 一回の損害が一割、士気が保てないと言われる二割の死傷者の半分としても、一割は死ぬ。十回も出撃できないかも知れない。三、四回出撃したら死ぬであろう。


 心が帰りたがっている。初めて手にした仲間と最後を共にすると強く主張してくる。もう一人は嫌だと、心が叫んでいる。俺は余りの胸の痛み、ガーフシャールの思いに負けてしまった。砦に戻ることにした。


 よろよろと立ち上がった。杖にしているのは剣だ。


 「マジかよ・・・どうして剣なんか持っているんだ? 槍はどうした? 戦場は槍だろう?」


 俺は再び深呼吸をした。頭痛が引いていった。俺の魂が完全にガーフシャールに定着し、支配権を奪ったのだ。


 「仕方ない・・・砦に戻るか・・・隊長と副隊長・・・並んで死んだか・・・寡兵で突っこんだはいいけど無策で兵を殺しただけだったな・・・砦は隊長無しか・・・不味いな」


 ガーフシャールの記憶が戦況を教えてくれた。仲良く並んで死んでいる隊長と副隊長を見下ろす。首が付いているから、みしるしには数えない程度の小物と思われたか、首を落とす習慣が無いのか。


 砦に向かって骸を避けながら歩くと、うめき声が聞こえて来た。身なりの良い若い騎士だった。年は十代後半だ。フワフワの金髪である。


 「ボンボンめ、生きていたのか・・・確か視察だったか・・・」


 俺は貴族の子を助け起こす。回りは騎士が四人、骸になっている。俺は貴族の子を背負うと、草原の脇を流れる小川にたどり着く。俺は貴族の子に水を飲ます。


 「う、うん・・・」


 「気が付きました?」


 貴族の子は左右を見まわす。高そうな鎧が、神経質そうな顔を隠そうとしているようだった。


 「私は・・・生きていたのか・・・お前は?」


 「兵のガーフシャールです。お体はいかがですか」


 「大丈夫・・・だ・・・頭が痛むが・・・」


 貴族の子は二度ほど顔を振った。俺が小川で顔と手を洗い、血糊と泥を落とすと、貴族の子も真似をして顔を洗い、水を飲んだ。


 「ふう、ようやっと生き返った・・・私の護衛の騎士は・・・」


 俺は小さく首を振った。


 「そうか・・・おっと、恩人に失礼か。私はこの地を治めるグレルアリ子爵の三男、デルーグリだ。丁度砦に視察に来ていたんだ。敵国と小競り合いになったようだな・・・隊長と副隊長は・・・死んだのか」


 俺は縦に首を振る。


 「これからどうすれば・・・我が砦は二百、相手は四百の兵だ・・・」


 「この損害を入れても二百対四百ですか?」


 「絶望的だ・・・援軍は間に合うまい・・・すまない、折角助けてもらったのだが・・・」


 「えっ」


 俺は心底驚いた。


 「何を驚いているのだ・・・私は従軍経験が無いから来たのだ・・・すまない、お主だけでも逃げるのだ」


 「いや、どうしてもう負けなのかなって・・・援軍が来るまで持ちこたえましょうよ。兵が二百も居るのであれば、六百の兵まで戦えるはずですよ」


 「む? 言ったな? どうせよと言うのだ? 山砦には違いないのだが、大して壁が高くないのだ。裏は崖だが、ほら、あの通り正面は登りやすいのだ。そこで一気に裏を付くつもりが、逆に裏を搔かれたのだ・・・」


 正面から出撃して裏を取る? 何を言っているのかわからないが、指揮をさせると死人が増える新指揮官には間違い無い。


 俺は指差された砦を見る。低い石壁があるだけの砦だ。確かに攻めやすそうである。


 「成る程、無防備ですね・・・丸馬出しを作りましょう。武器は剣では無く槍にしましょう」


 「丸馬出し?」


 「ええ。出入り口に半円の柵を設けます。出入りは柵の両端二カ所、狭い場所になりますね。外側に空堀ですね。半円の柵内に弓兵を置いて、かつ槍兵で柵内から攻撃すれば剣が武器の相手は反撃すら出来ないのでは」


 俺は山本勘助流の築城を参考にする。何故知っているかというと生前の趣味だ。暗いとか言うのは無しだ。


 「フム・・・やってみるか・・・で、槍なのか? 正々堂々と剣で戦うだろう?」


 「いや、長槍ですよ。柵で剣が届かない場所から突くんです。そのための空堀です」


 「わかった・・・やってみようか・・・」


 「は。俺は生きて帰りたいです。全員で生き残りましょう。戻ったら、砦を把握してください。出来るのはデルーグリ様だけです」


 「わかった。生きて帰ろう。確かに、私はもう死んだ気でいた・・・礼をいう。実際の采配をせよ。砦に行くぞ」


 先にデルーグリが進み、俺は後から付いて行く。


 「馬出しとやらはどのくらいの大きさだ?」


 俺は半径三十メートルほどの半円を現地に描く。


 「ふむ、わかった。出入りは柵の端からだな? 堀の深さは掘れるだけか・・・」 


 「はい。それでよろしいかと。俺を信じろだとか、一緒に戦おうだとか、鼓舞する台詞を段々と大声にして、連呼しながら叫ぶのが演説のコツです」


 「よし、中に入るか。開門! 私だ! デルーグリだ! 開けろ!」


 「おお! 御貴族さまだ! 開けろ開けろ!」


 兵は城門を開けてくれた。二百の兵全員がデルーグリと俺を見ていた。顔は死に行く恐怖と、諦めが混ざっていた。


 「皆の者! 残念ながら隊長は勇敢に散った! しかしだ! 私は役目を果たすためにこうして舞い戻った! 何故死ななかったか! それは諸君等と一緒に戦うためだ! 私は誓う! 諸君等を必ず勝利に導こう! 私は誓う! 諸君等と一緒に戦う事を!」


 デルーグリは剣を抜き、大声で叫んだ。なかなか威風堂々としている。


 おおおおお!


 兵達も剣を抜き、大声を放っている。


 「私は誓う! 諸君等を勝利に導くことを!」


 おおおおお!


 「私は誓う! 家族がいるこの地を護り抜くことを! 皆の者! 私と共に戦って欲しい! 愛する家族がいるこの地を守ろうではないか!」


 砦は鬨の声に包まれた。


 後の歴史家は、確証は無いが「王家の槍」とうたわれたガーフシャール・ヴェールグの初陣はデルム砦攻防戦であると言われている。


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