黒猫
黒猫は死んだ。
誰が見てもその黒猫は死んでいた。その死体を見つけた人間は皆、「この黒猫は死んでいる」と判断した。
嫌になるくらい晴れた夏の日だった。乾き切った血に、爛れた口元に、その黒猫の死体の全てに、眩しすぎる日差しが突き刺さっていた。
おまけに、黒猫が横たわる田舎道のアスファルトにも太陽光が遠慮なく降り注ぐものだから、結果的にその死体をジリジリと焼いているような状況が出来上がっていた。火傷しそうなくらい熱いアスファルトの上の死んだ黒猫。その光景は、野生動物を回収する業者が到着するまで続いたのであった。
黒猫は確かに死んだ。
それは当の黒猫自身も感じていた。まだ生きていた頃のロクでもない生き様を振り返りながら再び起き上がった時、自分の四肢が地面に触れていない感覚を覚えた。それに、全く暑くない。喉も渇いていない。そういえば、そもそも呼吸をしていない。
黒猫は、まず車に跳ねられて意識を失ったことを思い出した。自分は、随分と長い間眠ってから己の意識を取り戻したようだ。再び目を覚ましてから初めて見たものは、知らない人間達によってダンボール箱に収納される自分の死体だった。
その作業を黒猫はじっと観察していたが、その場にいる人間達は誰もそのことに気がつかない。誰もが黒猫の存在に気づいていない。
「ああ、死んだのか」
その場にいる人間達が皆どこかへ立ち去った後、黒猫はようやく自分の死を確信した。
ところで、ここで死ぬ前に自分は何をしていたっけ。車にはねられる前だ。その時はもう既にだいぶ弱っていた。……そうそう。他の猫達との喧嘩に惨敗したんだ。戦って、体力を消耗して、大怪我をして、そうしてフラフラと歩いていたんだ。
だんだんと黒猫の脳裏に生前の記憶が戻って来た。死ぬ少し前、黒猫は捨てられたばかりの猫だった。黒猫を捨てた飼い主とは、子猫の頃にペットショップという場所で出会った。飼い主の家に連れてこられた当初は可愛がってもらえたが、成長するにつれて黒猫は少しずつ雑な扱いを受けるようになった。その結果、数日前に、飼い主を引っ掻いた罰として家を追い出されたのだ。
こうして野良猫となった黒猫は、しばらくの間、外の世界を歩き回った。そして、最終的には車にはねられて死んだ。……しかし、黒猫は本当に死んだのか? 本当に死んだのならば、何故意識があるのか? 本当は生きているのか?
「もし、何らかの形で生きているとしたら……」
それは、とても辛いことだ。正直なところ、黒猫は早くこの世界から解放されたかった。飼い主に捨てられ、無残に野垂れ死ぬなんて、悲惨な人生だ。いや、猫だから"猫生"とでも言うべきか。どちらにせよ、さっさと意識も含めて消えてしまった方が楽なのに。
どうして、自分はまだこの世界に残っているのだろうか。
「考えても仕方ないか」
ため息をついて、黒猫は立ち上がった。そして、当てもなく歩き始めた。