もしもゴリラに翼が生えたら
「ねえ、君、空を飛んでみたいと思わない?」
ある日、俺がバナナを食べていると、背中に白い羽根が生えた少女が目の前に舞い降りた。頭には光る輪っかが浮かんでいる。突然の出来事で、思わずバナナを落としそうになってしまった。
「いや、別に……」
俺が困惑しながら答えると、彼女は軽く首を傾げて微笑んだ。
「きっと、楽しいよ」
「俺は、今の生活に満足してる」
俺は、動物園で飼われているゴリラだ。あまり広くはない檻の中で毎日を過ごしている。仲間はいない。悠々自適な暮らしとは言えないが、あまり不満はない。
「そうかな? 退屈そうな顔をしてるけど」
「今日は動物園が休みだからだ。普段は、俺のことを見に来る人間を眺めているんだ。意外と飽きないんだぞ、人間観察っていうのは」
「ふうん」
白い羽根の少女は、興味なさそうな反応を返してきた。理解していないな。いや、俺の言い分を理解する気がないと言った方が正しいだろうか。
「というか、お前、俺に会いに来たのか?」
「そうだよ」
「何でだよ」
「君に翼を生やしたくて」
「は?」
何を言っているんだ、コイツは。ゴリラに翼だと?
「空飛ぶゴリラって素敵だと思わない?」
「思わないな。そんなにゴリラに翼を生やしたいなら、他をあたってくれ。他の動物園にもゴリラはいるだろ」
そう言うと、俺は落としたバナナを拾い上げて、少女に背を向けた。俺に翼を生やしたいだなんて、馬鹿げている。迷惑な話だ。
「いや、適性があるからさ。他のゴリラじゃ駄目なんだよ。君じゃないと」
背後で少女が俺に説得を試みたようだが、俺は無視した。しばらくの間、彼女は何か言っていたが、やがてため息が聞こえてきた。
「はあ、嫌なんだ。仕方ない。今日は諦めるよ。……でも、また来るからね。バイバイ」
バサッという翼が羽ばたく音が聞こえ、少女の気配が消えた。そっと振り返ると、もう彼女の姿はなかった。……一体何だったんだ、アイツは。何者だか知らないが、もう二度と来ないで欲しい。