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29話 こいき

夕食をご馳走になった後は早めの就寝となった。


「明日は日の出と同時に出発しますので、それまでに準備を済ませておいて下さい」

「はい」

「弟が火の番をしてますので、何かあれば弟にお願いします」

「はい」


イリアさんはそう言い残し自分のテントへと入っていった。


「お前テントは良いのか?」

「あ、テントは無いんで、マントに包まって寝ます」

「そっか、まぁ、頑張れ」

「??はい。それじゃあ、おやすみなさい」

「おう」


マントに包まり目を閉じる。

それでも、微かに炎の揺らめきを感じる。

時折、木がパキッと弾ける音もするがそれも心地良い。


そして、緩やかに眠りに落ちていった。





「おい、起きろ」

「・・・んん・・・あぁ・・・おはようございます」

「グッスリ寝てたな」

「はい。疲れが溜まってたのかもですね」

「そっか。もうあんま時間ねーから、さっさと顔洗って身体も洗って洗濯も済ませて来た方が良いぞ」

「え?身体も?」

「おう。さっさと行って来い」

「え、あ、はい」


言われるがまま、まだ真っ暗な中焚き火の火を背に小川に向かい顔を洗う。


バシャバシャ───。


「ふぅ・・・サッパリ」


って、身体も?服も?なんで?と思ったが、自分の身体に意識をやると・・・痒いっ。

服の中に手を突っ込み掻き毟ると何かがポロポロと落ちる感触があった。


もしかして・・・。


急いで服を脱ぎ、そのまま川に飛び込んだ。



ふぅ・・・水の冷たさが効く・・・。


身体を擦りまだ残っているかもしれない虫を落とす。


なるほどそうか・・・。

身体を洗えってのはそういう事か・・・洗濯・・・そうか、服にも虫が・・・。


立ち上がり、脱ぎ捨てた服を拾い集め。出来る限り払い落としてからもう1度川に入り服も洗っていく。


「ギャハハハハ。野宿の経験なんて無かったんだろ?勉強になったな。ギャハハハハ」

「教えてくれても良かったじゃないですか・・・」

「虫刺されに効く軟膏あるけど買うか?」

「くっ・・・買います・・・」

「虫除けの(こう)もあるぞ?」

「それも買いますよっ」

「あざーっす」



川から上がり、パンイチで服を絞りながら馬車の元へ戻る。


「もうそろそろ日の出なので、出発の準備はよろ・・・こんな時間に水浴びですか・・・?」

「虫にやられたみたいで・・・」

「え・・・そうですか。まだ懲りてない様ですね」

「え?」

「あぁ、弟の事です。弟がご迷惑をお掛けしました。すみません」

「あ、いえ・・・」

「服をこちらに」

「え?」

「火に当てて少しでも乾かしますので」

「あ、自分でやりますよ」

「いえ、その間に着替えをお願いします」

「あ・・・はい・・・お願いします・・・」


全身ずぶ濡れでパンイチなのを忘れてた・・・。


馬車の影に隠れて下着を取り替え、服を着ていくが身体が濡れたままなので中々に着難い。

それでも何とか着替えを終えて馬車の影から顔を出すとイーロさんがイリアさんに頭を(はた)かれている所だった。


パシーン───。


「で、でも、痒み止めと虫除け売りつけたぞ?」


パシーン───。


「な、なんでっ」

「運賃を頂いているお客様なのよ?もう少し考えなさい」

「でもよぉ~」

「まだ叩かれたいの?」

「ご、ごめんって~」

「はぁ・・・イーロの気持ちも分かるわよ?あの子が羨ましいんでしょ?」

「そ、そんな事っ・・・」

「イーロも冒険者になりたいのなら何時でもこの仕事は辞めて構わないのよ?」

「や、辞めねーよっ」

「そう?」

「うん」

「だったら、もっとちゃんとなさい」

「う、うん・・・ごめん・・・」


出て行きにくいっ・・・!


「分かったならさっさと準備なさい」

「う、うん」




「あれ・・・?どこに・・・って、もう乗り込まれてたのですね」

「はい。何時でも出発して貰ってオッケーです」

「はい。では出発します」


何か、居た堪れなくなり顔を出せなくなってしまったので、そのまま荷台に乗り込んで待っていた。



ポリポリポリポリ───。


そうだ。

忘れてたけど痒かったんだ・・・。


「すいませんっ!」

「どうしました?」

「痒み止めがあるって聞いたんですけど」

「あぁ・・・イーロ」

「うん・・・」


一瞬の間があって、イーロさんが荷台に飛び乗ってきた。


「!?」

「確か、この辺に・・・あぁ、これだこれだ。ほれ」

「ありがとうございます」

「毎度ありー」


そう言うと荷台から飛び降りた。


走ってる馬車の御者台から飛び降りて、荷台に飛び乗り、荷台から飛び降りて走って追い付いて御者台に飛び乗る。

見えてないから荷台に飛び乗ったのと飛び降りたの以外想像だけど・・・かなり身軽だよな。


今はそんな事よりもっ・・・。


痒い所に痒み止めの軟膏を塗っていく。

狭くて身動きが取れないから窮屈に身体を折り曲げて塗っていくが、やっぱり塗り切れはしない。

それでもだいぶマシになった。


因みに、陶器っぽい小さな瓶に入っている軟膏はミント的なスースーするヤツを想像していたが、漢方的な(くさ)い軟膏だった。


まぁ、痒いよりは(くさ)い方がまだ良い。(にお)いは慣れるし。




臭いは一切気にならなくなり、痒みもほぼ治まった。

軟膏を塗れてない所はやっぱりまだ痒いから馬車が停まった時にでも塗ろうと思う。


ストーンバレットを口の中で転がしながらそんな事を考えていると馬車が停車した。



「馬を休ませますので、しばらく休憩になります」

「はい。あ、痒み止めのお代を」

「あぁ、それは弟の所為なのでお代は結構です」

「え、でも」

「ですが、虫除けの香は買って頂けるとありがたいです」

「はい。でも、良いんですか?昨夜は夕食もご馳走になりましたし」

「道中で得た獲物ですし。手伝っても頂きましたからね」

「まぁ、はい。でも、ホントにお代良いんですか?」

「はい」


でも、只より高いものはないって言うしなぁ。


「難しい顔をされてますが・・・」

「あぁ、いや・・・何て言うか・・・只より高いものはないって言うじゃないですか」

「あぁ、それも真理ですね」

「え」

「商人が1番大切にしている物が何かご存知ですか?」

「え・・・お金・・・じゃないですよね・・・」

「お金は2番目です」

「商品・・・?」

「1番大切なのは信用です」

「あー、なるほど」

「まぁ、お金を得る為の信用なので1番大切なのはお金なんですが、そう言った方が耳触りが良いですよね」

「ぶふっ。・・・ぶっちゃけすぎですよね」

「小粋なジョークも信用を得る為に必須なので」



ジョークなのか・・・。

というか、真顔で小粋なジョークって言われても・・・。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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