第9話 陸の魔王
「というわけで、カナっちを連れてきました!」
GOLで合流するなり、仮面をつけた少女を連れたエイミが声高に言った。
「どういうわけかは知らないが、とりあえず誰だ?」
「私よ」
シュウが訊ねると、仮面の下から瑠璃ノ宮ハカナの声がした。
「なんで仮面?」
「私は〝盗賊〟だから」
「それはステータスを見れば分かる。そうじゃなくて」
「〝盗賊〟だから顔を見られるのはマズいでしょう?」
「それはそうなんだが、ゲームにおける〝盗賊〟は別にどこかに盗みに入ったりすることはないと思うぞ」
「まあたしかに、勇者が民家に侵入してタンスを勝手に漁ったり壺の中を覗いたりするのは様式美だとは思いますけど」
「ミューも何言ってんだ」
「それよりも、〝カナっち〟という渾名はどうにかならないかしら?」
瑠璃ノ宮がささやかな抗議をする。
「でも〝カナちん〟だと〝カノちん〟と似てて紛らわしいじゃない」
(似てる……?)
シュウは少しそれが気になった。
「じゃあルリル……」
「それはアウトな気がするわ」
先回りしてダメだしする瑠璃ノ宮ハカナ。
「そもそもゲームの中なのだからアバターネームとかで呼び合うべきじゃないの? あなたたちみたいに」
「それもそうだな」
シュウは彼女のステータスを確認する。
【name:アズリア】
「なんだか綺麗な名前だね」
「そうかしら。ありがとう……」
カノンが褒めると瑠璃ノ宮改めアズリアははにかむように言った。仮面の下から。
先日の灰谷センによる〝俺の為に争わないで騒動〟以来ぎこちないハカナとカノンだったが、どうやらダイチの知らないところで和解したらしい。
(とりあえず一安心かな)
「それで、これからどうすればいいのかしら?」
「そうだな……」
とシュウが考えを巡らせようとしたところ、
「兄さん」
ミューが小声で呼んだ。
「兄さん以外みんな女子ですね」
「っ!?」
シュウはそのことを言わないで気づかないふりをするつもりだった。
グレンこと紅藤レンヤは女の子との先約があるとかで不参加。
サウザンドこと灰谷センは件の騒動が担任の耳に入り、ちょっとした謹慎状態だった。
結局のところ、パーティーを組んでる男子メンバーの2/3が不在ということで、必然的にシュウ以外は全員女子となる。
そこへ件の騒動を聞いたであろうミウが、(おそらく)面白がってそんなことを言うものだから、ダイチは胃の辺りが少し痛くなった。
「和解したみたいなんだから掘り返さないでくれ」
「そんなつもりじゃないんですけどね」
そういいつつもミウは楽しそうだった。
「シュウ?」
しびれを切らしたアズリアが不機嫌そうに呼んだ。
「そうだな……。ひとまず後衛についてもらって、レベル上げでもしていくか」
「ちょっといいかな?」
そう言い出したのは〝拳闘士〟のエイミだ。
「どうした?」
「せっかく魔王に挑戦できるようになったんだからさ、住処だけでも見てこない? 攻略は全員揃ってからにするとしてさ」
「しかし……」
「仲間が増えたのは嬉しいんだけどさ、正直お預けを喰らってるじゃん? だからせめて魔王攻略に集中できるように魔王までの道のりだけでも攻略しちゃわない?」
エイミの言うことにも一理ある。正直なところダイチも似たような思いを抱えていた。
「私は構いませんよ。レベルも兄さん達に追いついてきてますし。ですが……」
アズリアに視線が集まる。
「そうね。足手まといなのは承知しているけれど、別に構わないわよ」
「……いいのか?」
「さすがに戦闘はキツいかもしれないけれど、斥候くらいなら出来ると思うわ」
「たしかにそれは助かるけど、いけるのか?」
「ええ。たぶん」
それだけ言うとアズリアの姿がその場から消えた。
「え……? え?」
カノンがキョロキョロする。シュウも辺りを見回すが彼女の姿を捉えられない。
と、シュウの目の前にメッセージウィンドウが開いた。
『北上中』
と一言だけ。
姿はやはり見えない。
「〝盗賊〟というよりもはや〝忍者〟だな」
そしてウィンドウを閉じようとした瞬間、ザザッとノイズが走った。
「え……?」
ノイズが入った瞬間ダイチは、アズリアのステータスに初日とは思えない程の高レベルな数値群を見た気がした。
目を擦って見るが、そこには初期ステータスのデータしか映されていない。
ほんの一瞬だったので見間違いだったのかもしれないが……。
「兄さん?」
呼ばれて我に返ると、カノンとエイミは随分先に進んでいた。
「すまん、少しぼぉっとしてた。すぐに追いかけよう」
シュウとミューが駆け出し、改めて一行は北を目指す。
陸の魔王ベヒモスの住処と噂される大森林。もちろん番人であるエイプキングを倒したダイチ達が一番乗りだ。
その入り口でアズリアと合流したダイチ達は大森林の迷宮を迷うことなく進んでいた。
「やはり斥候がいると助かるな」
「そうですね。こんな大森林、私だったら迷ってしまう自信があります」
「しかし本当にレベル1なのか? 〝盗賊〟のスキルが凄すぎなのかあいつがチー……」
「チートなんてするわけないじゃない」
シュウの隣にアズリアが立っていた。
「うおわぁっ!? お前いつのまに?!」
シュウの声が森に響く。
「しぃっ! もうベヒモスの近くまで来て……」
「ねぇーっ!」
前を歩いていたエイミが大声で呼ぶ。
「ちょっと……───ッ!?」
アズリアが珍しく慌てる。
「行き止まりなんだけどー」
そう言って目の前の絶壁をバンバン叩く。
直後、大森林を大きな揺れが襲い、冗談でも比喩でもなく足元が海面のように波打った。
「まさか───ッ!?」
シュウは直感した。
目の前の絶壁は、絶壁ではない。
「そう。あれが今回のターゲット、〝陸の魔王〟ベヒモスよ」
アズリアがそう断言する。
それは彼女以外の四人には死刑宣告のように聞こえた。
絶壁がゆっくりと振動を伴いながらせり上がっていく。
「大きい……!」
カノンが唖然としている。
「兄さん、あれっ!」
ミューが絶壁の左の方を指さす。
その方向をシュウが見ると、反り返った巨大な牙に樹齢数百年の大木の幹ほどはありそうな長い鼻が見えた。
そこからまだ見ぬ全貌を予想するに、巨大な短足の像、もしくは鼻の長い猪と言ったところだろうか。
せり上がりが止まり、それは概ねシュウの予想通りの姿形をしていた。
小高い丘くらいの巨体を持つ超大型モンスター、それが〝陸の魔王〟ベヒモス。
エイミがバンバン叩いていたのはベヒモスの横っ腹だった。
「ダイチくん、見て!」
カノンが思わずリアルの名前で呼んでしまうほどの何か。
彼女が見ているのはベヒモスのステータス画面のようだが……。
シュウも遅れてそれを確認する。
「───なんだこれ?!」
一際目を引いたのは〝HP〟。
「一、十、百、千、…………十億だと!?」
「はぁっ!? なにそれ?! どこのレイドボスよ!」
レイドとは大人数のプレイヤーで強大な敵に挑むバトル形式だ。
攻撃力や防御力が高かったりHPがやたらと多かったりする。
「兄さん、どうしますか?」
「どうも何も撤退…………と言いたいところだが」
シュウが剣を構える。
「へへっ、さすがシュウ。分かってるぅ」
エイミが拳を構えてステップを踏む。
「兄さんならしたくなりますよね、腕試し」
「もうしょうがないなぁ」
ミューとカノンもそれぞれ武器を構える。
「はぁ」
アズリアは大きな溜め息を吐いた。
「さすがに私は足手まといでしょうから。下がっているわ」
「アズリアは退路の確保を頼む。出来るだけ全員バラバラにならない上に安全なルートで」
シュウは彼女がレベルとは別の何かを持っているような気がしていた。
「それくらいは任されるわ」
そう言ってアズリアは後方へと下がった。
ベヒモスはその巨大さの分重いのか動きが鈍い。だが一歩一歩シュウ達の方へ向く度に地面を揺らす。
「さて、今のオレ達でどの程度通用するか」
「一番手もらいっ!!」
シュウがどう攻めようか迷っているうちにエイミが地面を蹴った。
「あ、おいっ!」
「おぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
咆哮の如き雄叫びをあげてエイミがベヒモスの横っ腹に拳を突き入れる。
「……かっっったぁ~~~いっ!?」
【HP:999,999,999】。
「たったの一ポイント?!」
エイミがシュウ達の下へ戻ってきた。
「剣ならどうだ!」
初速から全速力の【ホバリングトルーパー】で突進していくシュウ。
「てぇぇぇりゃぁっ!!」
【HP:999,999,996】
「これでも三ポイントか!?」
【ホバリングトルーパー】でぐるっと回ってシュウも戻ってくる。
「……撤退だ」
「そうね」
「言わんこっちゃない」
アズリアの呆れ果てたような声が聞こえた。
「こっちよ」
そして真後ろの森の中へと消えていく。
「ミューとカノンは先に行け! エイミは二人の間合いにモンスターを近づかせないように撤退! 殿はオレが!」
「でもダイチくん!」
「心配するな。オレには盾がある。少しは持ち堪えられる。だから早く行け!」
「う、うん」
「兄さん、ご武運を」
「ちゃんと生きて帰ってくんのよ!」
そうしてシュウを残し、全員森の中へ消えた。
「さてと」
シュウがベヒモスに向き直ると、ちょうど正面を向き合った。
決して彼らを待っていたとかではなく、ようやく向きを変えた為だ。
「ぐっ───!!」
大きさもさることながら、敵意の圧も凄まじい。
〝魔王〟を冠されるだけのことはある。
その時不意に日差しが陰った。
「───っ!?」
巨木ほども太さのある長い鼻が頭上からシュウを押し潰さんと襲いかかる。
(左右には避け切れない。後ろもおそらく……。なら───)
シュウは全速力の【ホバリングトルーパー】で前進する。
さすがの長い鼻も付け根付近まで行けば当たらない。が、
『ばぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!』
猛烈な異臭と共に咆哮というよりも怒号のような音が暴威を振るう。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ───!!!?」
【ホバリングトルーパー】の突進力は陸上生物最高の突進力を誇るサイに匹敵する。
だが、それすらもはじめから無かったかのように、シュウの身体は敢えなく吹き飛んだ。
木の幹にぶつかっても止まらずぶち抜いていき、十本ほどぶち抜いてようやくシュウの背中が地面についた。
「ぐぅっ……」
視界の左側にパーティーのHPゲージがあり、その一番上にシュウのものがある。
その彼のゲージは一割を残すのみとなっていた。。
「一気に、持って、いかれた……!?」
一撃で、しかも鳴き声(と呼べるのか?)で吹き飛ばされてHPの九割を削られた。
HPが全損すればパーティー全体の所持金が半分に減り、現在のクエストで手に入れた報酬は没収となる。
地響きが近づいてくる。
自らがぶつかり倒してきた森の隙間から、ベヒモスが木々を踏みつぶしながらシュウを追ってくる。
「ぐっ……」
剣を杖代わりにふらふらと立ち上がる。
回復アイテムを使おうとメニューを開くが、長い鼻がシュウ目がけて降ってくる。
「あいつらに怒られるかな……」
あいつらとは今日参加していない男子二人。
所持金を減らしたことと魔王と勝手に戦ったことの二つの意味で怒られることをシュウは覚悟した。
その時、森の中から一陣の暴風が吹き荒れて、なんとベヒモスの鼻を押し返した。
「なっ───?!」
何が起きたか分からず呆然としていると、目の前にローブを羽織った人物が舞い降りた。
そしてシュウを守るようにベヒモスの前に立ちふさがる。
「お前、は……」
度々、彼の前に姿を現す謎のローブの人物。
『無茶をする』
メッセージが四角い吹き出しのようなウィンドウで表示された。
『ここは私に任せて撤退を』
「しかし……」
ローブの人物は何かウィンドウを呼び出し、それをシュウに|放り投げた(転送した)。
それはベヒモスのステータスのようだった。
【HP:999,699,996】
「───っ!?」
三〇万も減っている。
それが先ほどの暴風によるものだとシュウが理解するのにそう時間はかからなかった。
『撤退を』
「……すまない」
シュウは剣を納め、転送されていた退路を確認するとその場をあとにした。
背後から戦闘の音がする。
ローブの人物の戦闘力はシュウを遙かに超えている。だから彼のように瀕死のダメージを喰らうことはないだろう。
「甘かったかな……」
ゲームの中だというのは分かっている。
正直横取りされた気分だったがしようがない。シュウではまったく太刀打ち出来なかった魔王に対し、ローブの人物は彼とは比較にならないダメージを与えた。
〝彼〟なら倒せる力を持っている。
シュウはシュウで『このゲームの中で最強では?』という自負はあった。
しかしこの日、そんなちっぽけなものはあっさり砕け散った。
「上には上がいるもんだ……」
ならそれに近づけるようにすればいい。
「くっ……」
ダメージが大きく、ふらふらする。
〝痛み〟はシステムによって緩和されているが、ダメージ分の〝疲労〟は残る。
今倒れてしまったらそのまま起きられない自信があった。
「兄さんっ!」
前方からミューが駆けてくるのが見えた。
彼女の顔を見て安心したのか、シュウの視界は暗転した。
つづく