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第8話 夜の校舎 後編

ダイチたちは食堂を出た。


「間一髪だったわね」


瑠璃ノ宮ハカナが食堂の外の明かりに気づかなかったら見つかっていたところだった。


「それじゃあ見つからないうちに行きましょうか」


夜目が利くという瑠璃ノ宮についていく。程なくして女子棟の階段に着いた。


「ここもハズレか」


「向こうの棟はアタリかもしれないわね。行ってみる?」


「いや。この様子なら無駄足になりそうだ」


「そうね。それじゃあ後確認出来るのは……」


【展望台から見える果てなき荒野】。

つまりは七階まで上らなくてはならない。瑠璃ノ宮ハカナはそのまま階段を上り始めた。


「階段で行くのか?」


「エレベーターは何で動いているのかしら?」


「何ってそりゃ電気……」


使用すれば形跡が残ると言いたいのだろう。


「その顔は分かったみたいね」


夜目が利くというのは本当のようだ。


「しかしそこまで徹底すべきことなのか?」


「禁じられているということにはそれなりの理由が存在するのよ」


「それは分かるが、たかだか夜歩きだろ」


「そうね。たかだか夜歩きだけど、大人っていうのはとかく子供の夜歩きを嫌うから」


「親からしたら心配なんだろうよ」


「本当にそうなのかしら?」


「瑠璃ノ宮?」


「大人なんて自分勝手な生き物なのよ」


彼女からほんの少しだけ怒りに似た感情をダイチは感じ取った。

若干気まずい空気になる。


そして二人は会話もなく黙々と階段を上る。それは最上階に着くまで続いた。


「さすがに七階まで上るのは疲れるわね」


別段機嫌が悪い風でもなく瑠璃ノ宮ハカナが言った。

気まずいと感じていたのはダイチだけだったのかもしれない。


「トンネルみたいだな」


真っ暗な通路の先に見える淡い光は正にトンネルの出口のように見えた。

そしてそのトンネルを抜けたところで二人を待ち受けていたのは、真っ黒な海と満天の星空だった。


「こいつはすげぇな」


昼間に展望台から望む光景もいいが、夜はまた格段に素晴らしい。


「ここもハズレだが、ある意味アタリだな」


「ええ。綺麗ね」


「果てなき荒野なんて、大方寝惚けた奴が夢と勘違いしたんだろうな」


「夢、ね……」


瑠璃ノ宮は儚げな、愁いを帯びた表情で夜空を見上げている。


「ねえ、秋ヶ瀬くん。この世界が誰かの見ている夢かもっていう話……聞いたことない?」


「胡蝶の夢ってやつか?」


「似てるけど、ちょっと違うかな。もしこの世界がそうだとして、その誰かって……神様ってことになるのかな」


「そうかもな」


「だよね……」


「でもそうじゃないかもしれない」


「え?」


瑠璃ノ宮の瞳が、わずかに見開かれる。


「確かに世界をまるごと夢に見るなんて神様だからなのかもしれない。でもオレ達の頭ん中にはこんな世界が広がってるのかもしれない」


未だ未知の領域の多い人間の脳。科学的にも九割以上解明されているが、残りの一割弱には未だに手の届かない謎の多い器官だ。


「でも人間の見る夢って、経験とか記憶の整理のために見るものよ」


「自分から振っておいて夢のないこと言うな」


「揚げ足をとってとも言ってないんだけど」


「そんなつもりはなかったよ」


「くすっ」


瑠璃ノ宮ハカナはかすかに笑った。


「例えばの話だよ。深層心理とかな」


仮想現実ヴァーチャルリアリティーみたいな?」


「そうそうそんな感じ」


「それじゃあもしこの世界が……」


「この世界が?」


「この世界が神様の見てる夢なんかじゃなくて、一人の女の子が見ている夢だとしたらどう思う?」


「女の子が見ている夢? なんだか七不思議の逆だな」


「そう、ね……」


瑠璃ノ宮ハカナはただ薄く笑顔を浮かべ、再び夜空へと目を戻す。

星空の淡い光に照らされた彼女の横顔は、寂しげで儚げだがとても綺麗に思えた。

それはダイチを絶句させるのに十分だった。


「どうかした?」


ダイチが黙ってしまったからか、少し心配そうに彼女が顔を覗く。


「え?」


「何かぼぉっとしていたみたいだから」


「あ……いや、ちょっとな」


「考えてた? 私が突拍子もないこと言ったから」


「え? あ、ああ。確かにいろいろ考えてたけど」


「けど?」


瑠璃ノ宮は何か気になるのか執拗に訊いてくる。


「大したことじゃない」


「ふ~ん。そう……」


瑠璃ノ宮はまるで拗ねるようにそっぽを向いた。

その仕草を見ると答えてやらなくてはならない気がするのは男のさがが。


「……お前が」


「私が……何?」


「ちょっと、その……見惚れてたって言うか」


ダイチの心臓は展望ルームに響いてるんじゃないかというくらいドキドキ言っていた。


「見惚れて? 私に?」


そっぽを向いたままの瑠璃ノ宮の耳が、この薄暗がりでも分かるくらい赤くなっている。


「な、なな……!?」


冷静沈着な彼女が慌てふためいている。


「な、生意気よ!!」


「生意気って同い年だろ、オレ達」


「だって私は……!!」


いつになく感情的な声で何かを言おうとして言い淀む。


「私は、何だよ?」


「私は……」


少しの間を置いて、瑠璃ノ宮ハカナはダイチの顔を正面から見た。


「……本当の私を知れば、あなたはきっと嫌悪するわ」


今にも泣いてしまいそうな顔で俯く。その額にダイチは思い切りデコピンした。


「痛っ!? 何をするの?」


瑠璃ノ宮は少し涙目になりながら両手で額を押さえた。


「見くびるな」


「え?」


「本当のお前か何か知らないが、そいつを知る前から勝手に決めつけるな」


「でも……」


「デモもストライキあるか」


「もし知ってしまえばあなたに危険が及ぶ恐れが」


「物騒だな。まさか家が極道とかどっかの王族の血を引いてるとかベタなこと言わないよな?」


「それはないけど、興味があるの?」


「……ないと言えば嘘になる」


「教えてもいいけど、今はちょっとまずいわ」


そう言って瑠璃ノ宮ハカナはウィンドウを呼び出した。それは一目で星海寮の見取り図分かる。その五階部分に移動している光があった。


「見廻りがもうすぐ六階に上がってくる。この階に来るのも時間の問題ね」


「じゃあ今夜はここでお開きか」


「ええ」


瑠璃ノ宮のウィンドウを閉じると女子棟側へと歩きだしたが、数歩進んで振り返った。


「ねえ、秋ヶ瀬くん」


「なんだ?」


「覚悟を決めておいてね」


「覚悟? 何のだよ?」


彼女は答えない。

しかし、瞳に夜空を映した目は真剣そのものだった。


「それから、」


「まだ何かあるのか?」


「ハカナよ」


「え?」


「私のことは〝ハカナ〟と呼んで、……〝ダイチ〟」


瑠璃ノ宮ハカナはそれだけ言い残すと女子棟へと消えた。




翌朝、寮の玄関で一緒になるとカノンは真っ先にダイチに訊いた。


「ゆ、夕べは本当に行ったの?」


「しぃー。誰かに聞かれたら消灯破ったってバレる」


人差し指を口に当てて声を潜めるように顔を近づける。


「ご、ごめん」


カノンの顔が赤くなる。

それをよそにダイチは周りを見回したが聞いていた奴はいないようだった。


「それで……?」


怖がりだが、興味はあるのだろう。


「収穫はさっぱりだったよ」


「それじゃあ……」


「地下への階段なんてなかったし、展望台からみた景色も最高だった。お前も……」


「おはよう」


そこへ瑠璃ノ宮ハカナが合流した。昨晩のことを思い出したからか、来ればよかったのにとカノンに言うのは躊躇われた。


「よう」


「おはよう、瑠璃ノ宮さん」


「二人は本当に仲が良いわね」


どこか機嫌が悪い風な瑠璃ノ宮。朝は弱いのだろうかとダイチは推測する。


「そういや結局あいつらは来なかったよな」


「ええ……」


「アキラちゃんと灰谷くん来なかったの?」


「そうなんだよ。センの奴は言い出しっぺのクセしてな」


「じゃ、じゃあもしかしてっ!」


カノンからいつもより気持ち大きな声が出た。


「昨夜は二人きりだったの? ダイチくんと瑠璃ノ宮さんの……」


「え? あ、ああ。そうだな」


「消灯過ぎてからの真夜中のデートなんて、なかなか素敵な体験だったわね」


「デ、デデ……」


カノンが顔を赤くしていると、


「ダイチっ!」


後ろから声をかけられた。

振り向くと灰谷センが駆け寄ってくるところだった。


「はぁっ! はぁっ……!」


いつもギリギリに登校してくる彼が肩で息をするくらいに急いで来た。念のため時間を確認するダイチだったが、まだ余裕があることに安堵した。


「お前昨夜は何で来なかったんだよ。まさかぐーすか寝てたんじゃ……」


「見たんだよ!」


ようやく息を整えたかと思えば、興奮した様子でそう言った。


「見たって、まさか───」


三人に戦慄が走る。


灰谷は周りをキョロキョロ見回し、ダイチの耳元に顔を寄せた。四人が密着するように固まる。


「それで一体何を見たって?」


そして灰谷センは声を潜めて言った。


「……女の子の夢だよ」


「───は?」


ダイチはむしろ「───あ(怒)?」に近かったかもしれない。

兎も角、彼の報告を聞いた三人は一瞬呆気にとられた。


「いやぁ、二日連続で見ちゃうなんて。こりゃ俺を想ってくれている誰かに違いないな、うん」


「おい」


ツッコミなのか怒りなのか判別しづらい声が出た。


「ん? どうした、ダイチ?」


密着状態が解れて、また三人横一列で歩き出す。もちろん約一名置いてけぼりである。


「なんだよ。もうちょっとなんか無いのかよ。こう、やったなとか、おめでとうだとか」


「お前の頭がおめでたいのは今に始まったことじゃないしな」


「おいおい今朝はやけに冷たいじゃねーか」


置いてけぼりが三人に追いつく。


「結局、あなたは昨晩は来なかったってことね」


「なに言ってんのさ、瑠璃ノ宮さん。来なかったって…………あれ?」


「どうした?」


「……夜中に七不思議を確かめに行くってやつだよな?」


「やっぱり忘れてたのか、言い出しっぺのクセに」


「あれ……俺たしか行ったような気がするんだけど。どうしたっけな?」


「───っ!?」


瑠璃ノ宮ハカナが眉をぴくりとさせたのはその場の誰も気づいていなかった。


「行ったような気もするんだけど、帰ってきた記憶がないんだよな」


「どこの酔っ払いだ、まったく。夢の中で行ったとか言うなよな」


「あはは。わりぃ」


〝夢の中で〟というのを認めたのか、灰谷センはいつも通り軽薄に笑って謝る。


一方、榮水アキラはぎりぎりで教室に飛び込んできた。

話を聞く暇が無かったので放課後に訊くと、灰谷のように要領を得ない答えが帰ってきた。


「いったいなんなんだ?」


「もしかして七不思議の七つ目かな」


「夜見たモノは忘れてしまうとかか? じゃあオレはどうなる? 瑠璃ノ宮も覚えてたし。なあ?」


だが肝心の瑠璃ノ宮ハカナは何か考え事をしていて返事をしない。


「まさか瑠璃ノ宮まで忘れたとか言うなよな」


「……え? なに?」


「センと榮水が覚えてないのは七つ目の不思議なんじゃないかって。だからお前も……」


「そういう貴方こそ、昨夜私が言ったこと忘れているのではなくて?」


「わ、忘れるわけないだろ」


「ふ~ん」


瑠璃ノ宮はイタズラっぽい笑みを浮かべている。


「ハ、〝ハカナ〟。これでいいだろ」


「もう少し自然に呼んでくれていいんだけど、〝ダイチ〟」


「え? 二人ともどういう……」


不意に瑠璃ノ宮が髪で隠れていない方の右目を鋭くし周りをキョロキョロ見回した。


「ハカナ?」


「二人とも、この話題はこれで終わりにしましょう」


突然そんなことを言い出した。


「しかし……」


「誰かに聞かれる可能性が高いわ」


「そんな今更じゃないか?」


「それでもこれ以上はやめた方がいいわ」


彼女の目はいつも以上に真剣なものだ。

そしてダイチも俄に剣呑な空気を感じ取った。


「……そうだな。たしかになんか首の後ろがチリチリする気がする」


「ダイチくんがそういうなら」


カノンも頷く。


「お、どしたの? 何かの相談?」


榮水が輪に入ってきた。


「なんでもないわ」


しれっと言う瑠璃ノ宮ハカナ。


「なんでもなくないよ」


語気を強めに言ったのはカノンだ。


「カノン?」


「二人とも名前で呼び合ってるし」


「お、たしかに」


榮水アキラが興味津々に件の二人を交互に見る。


「お前とも名前で呼び合ってるじゃないか」


「それはまあ、幼馴染だし付き合いも長いけど……」


カノンは瑠璃ノ宮ハカナを見た。


「昨夜、私とダイチの間に何かあったとして、貴女に何か言う権利は無いのではなくて?」


ハカナは少し冷たく言う。


「それはそうだけど」


「それに貴女はずっと・・・一緒に・・・いられた・・・・のだから・・・・いいじゃない・・・・・・私だって・・・・……」


「ハカナ……?」


ダイチはハカナが泣いているように見えた。実際には涙など流れてはいないのだけど。


「でも……」


言いよどむカノン。


「ダイチ」


そこで割って入ったのは灰谷センだった。


「男としてそこは言うべき事があるんじゃないか?」


いつになく真剣な顔でセンが言う。


「言うべき事?」


センに視線が集まる。


「───俺のために争わないで、と!」


「「「「………………」」」」


センを除くその場にいた四人、そして騒動を耳にしていた周りの生徒全員が絶句。


「方や幼馴染の美少女! 方や美少女転校生! 一人の男を巡って二人の美少女が言い争う。羨ましい! なんて羨ましいんだ! 男なら一度は憧れるシチュエーションだ」


クラスの何人かの男子は同意するように頷いている。


「限られた者にのみそういうイベントが発生する。悔しい! 何で俺じゃ無いんだ。俺だって顔じゃ決して負けてない! 負けてないはずなのに誰も俺の所に来やしない!」


遠くでそれを見ていた紅藤レンヤは苦笑いを浮かべている。


「女にモテたい! それはもはや男の夢と言っても過言じゃない。ドリームだ! 夢の中だけじゃなく現実で俺はモテたいんだ! モテモテになりたいんだよ! 女の子にチヤホヤされたいんだよ! 放課後に一緒に帰って、遊んで、お茶して、ゲームして、色鮮やかな青春を送りたいんだよ! もう灰色の青春なんてまっぴらだ! まっぴらごめんだ! 誰か一人くらい、いや一人じゃダメだ。だって言い争ってくれないから。誰か俺の為に言い争ってくれ!」


白熱するにつれて言ってることが滅茶苦茶になってきた。

待ち合わせを待ちきれずにやって来たミウが教室に入らず扉の外側でどん引きしている。


「俺は知っているぞ。古今東西、こういう気持ちを的確に表す言葉を! 古式ゆかしい・・・・・・言葉でモテる男達を呪う呪文を! 『リア充爆発しろ~~~~~!!!』」


灰谷センの心の叫びが教室に空しく木霊する。


「はぁっ、はぁっ……」


一気に捲したてて呼吸が荒くなっている。


「どうだ、分かったかダイ……」


ダイチはおろか言い争っていたはずのハカナとカノン、見ていた榮水アキラ、おまけに迎えにきたミウの姿はどこにも無かった。


「お、お~い! 置いていくなよ~!」


灰谷センはしばらくの間、クラスの女子+ミウからは冷たい目で見られるのだった。




つづく

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