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第7話 夜の校舎 前編

「日高主任! 大変です!」


情報システム部門管理課主任『日高ナリカズ』は部下に呼ばれて振り返った。


「どうした?」


「それが、スフィアのメインシステムに侵入された可能性があります」


「なに?」


「これを」


部下の男は近くの端末からデータログを呼び出し彼に見せた。


「……今のところ被害は?」


「ありません。ですがどうしましょう?」


「被害が無いのなら少し泳がせておけ」


「ですが……」


「気づいたことに悟られるな。至急侵入者の特定とプログラムの洗い出しを」


「りょ、了解しました!」


男は急いで席に戻っていった。


「……頼んだぞ」




クローズドにしてあるウィンドウの時間表示はちょうど午前零時になったところだった。


しんと静まり返った玄関ロビー。

ダイチの他には誰もいない。真夜中なのだから当たり前だが、何処と無く違う世界にでも迷い込んだように錯覚する。


「さすがに暗いな」


夜中には何度か出歩いたことがあるダイチだがこんなに暗かった記憶はなかった。


(しかしまあ、何故こんな時間にこんな場所にいるかは、放課後に何か企んでいる顔をしたセンの奴に捕まってしまったのが運の尽きだったんだろうな)




「というわけで皆に集まってもらったのは他でもない」


放課後。

灰谷センが自分の席から立ち上がり、思わせ振りに話を始めた。


「ねぇねぇ秋ヶ瀬。これはいったい何?」


「榮水と同じだよ。オレも帰ろうとして教室を出ようとしたら取っ捕まった」


「ふ~ん。で、カノちんは?」


「私も同じ、かな」


諦めた風にカノンが肩を竦める。


「なるほどなるほど。〝カナっち〟も同じ口と」


「カナっち?」


珍しいことに瑠璃ノ宮が目を丸くしている。


「え? ハカナだからカナっちって呼んだんだけど。ダメだった?」


「ダ、ダメってことはないけど……」


「じゃあいいよね」


「え、ええ」


「くくっ」


いいように言いくるめられている瑠璃ノ宮の姿に、ダイチは思わず笑いが込み上げてきた。


ダイチはつくづく榮水はゴーイングマイウェイな奴だとある意味感心していた。瑠璃ノ宮の人を寄せ付けないオーラをいとも容易く潜り抜けたのだから。


なんてことを考えてたら不意にガンッと椅子を蹴られた。見ると瑠璃ノ宮は顔を真っ赤にしながらそっぽを向いていた。


「わ、私はあなたたちがおかしなことしないか見てるだけよ。数に数えなくていいわ」


「あはは。カナっちかわいい」


「か、かわいいっ……?!」


「ふふっ」


「藍原さんまで」


いよいよ機嫌を悪くしたのか完全にそっぽを向いてしまった。


「そう言いつつもあたしには何だか嬉しそうに見えるんだけどな~」


「っっ!」


瑠璃ノ宮が顔を真っ赤にしながらダイチを睨んだ。


「残念ながらオレにもそう見える」


「わ、わたしも」


「くぅ~……」


カノンの控えめな同意がトドメになったのか、悔しそうに唸っている。


「はい、そこ。静かにしてほしいな。盛り上がるなら俺も混ぜろ」


センの声が飛んできた。


「わるいわるい」


「それとおかしなこととは心外だな」


「で? 俺たちはおかしくない何に付き合わされるんだ?」


「何って朝に話してたじゃないか」


意外そうな顔で言われた。


「朝に?」


首を傾げながら榮水がダイチを見た。


「朝のって、もしかしてあれか?」


「そう! 七不思議だ!」


灰谷センは大袈裟に両腕を広げた。


「はぁ」


瑠璃ノ宮ハカナは盛大なため息を吐いた。


「何々? そんなこと話してたの?」


「ああ。俺とダイチとカノンちゃんが同じ夢を見たんでな」


「同じ夢ってことは、まさか女の子の?」


「う、うん」


カノンがおずおずと答える。そう言えば怪談とかは苦手だったとダイチは思い出す。


「ちなみに私は見てないわ」


何だかんだ言って瑠璃ノ宮はしっかり話に参加している。


「あたし見たかも」


「マジか?」


センが榮水に駆け寄る。


「うろ覚えだけど。見たと思う」


「これはマジで七不思議確定だな」


「ちなみに他の六つはどんなのがあるんだ?」


「知らないのか? しようがないな」


やれやれと肩を竦めて溜め息を吐いた。その上から目線の仕種にダイチはちょっとイラッときた。


「一つ目は、【寮の地下へと続く階段】だ」


「寮に地下なんてないじゃないか」


ダイチは既に一年以上あの学生寮で暮らしてるが、地下への階段なんて見たことがなかった。


「だから不思議なんだろ」


「ああ、なるほど」


「二つ目は【開かずの女子部屋】ね。最上階の一番奥の部屋がそうって言われてる」


榮水がセンの後に続けた。


最上階の一番奥というと自分の部屋と対称の位置にあるなとダイチは頭の中で思い描いた。


「そこは私の部屋だけど」


「………え?」


一同は一斉に瑠璃ノ宮ハカナを見た。


「もしかしてただ部屋が空いてただけじゃないのか?」


あっさりと、一つデマが判明してしまったのであった。


「三つ目は、【空を飛ぶ人間】」


「ああ、あれか」


ダイチがしれっと言う。


「見たのか?!」


「ああ、というか助けてもらった」


「どういうこと?」


榮水が訊ねる。


「あ、もしかしてあの時?」


カノンが思い出したように言った。


「そうそう。〝本土岬〟でお前が帽子を落とした時だ。そう言えば、お前あの時あそこで何か歌ってなかったか?」


「まさか聴こえっ……!?」


まるで予想外の事を聞かされた様にカノンは驚いた。


「ああ。風に乗ってオレの部屋まで」


「ええっ!?」


カノンはさらに驚いた。


「大地くんの部屋って、確か……」


「七階の角部屋」


「~~~~~~~っ!!」


あの時の綺麗な歌声の主とは思えないくらい、カノンは声にならない声をあげた。


「それで上から覗いたらカノンらしい姿が見えたから下りてきたんだけど……、大丈夫か?」


さすがにカノンの様子がおかしいので心配して声をかけた。


「大丈夫。うん。大丈夫、だよ?」


「なぜに疑問形」


「それでダイチくんはわざわざ私に会いに下りてきたってこと?」


「いやまあ、歌がさ、気になってな」


「なぁんだ……」


カノンは少し項垂れた。


「どうかしたのか?」


「ううん。なんでもない。それで歌がどうしたの?」


「何か懐かしいような気がするんだけど、ここまで出かかってるんだけど思い出せなくて」


ダイチは手の平を水平にして自分の首の辺りに当てた。


「う~ん……。私もね、よく分かんない」


そう言ってカノンは首を傾げてはにかんだ。


「わからない? どういうことだ?」


「うんっとね。なんていうか、曲名もいつ聴いたかも分かんないんだけど、ずっと私の頭の中にあるって言うか……」


「なんだそれ」


「ホント。なんだそれだよね。でもそんな感じなんだ」


カノンが聴いた事があるならダイチにも聴き覚えがあってもおかしくない。

それくらい二人との付き合いは長い。


「ふ~ん」


二人の様子を榮水アキラはニヤニヤしながら見ていた。


「な、なにかな、アキラちゃん?」


「むふふ~、べつにぃ」


カノンの顔が真っ赤になる。


「ほ、ほら、次。四つ目が【氷壁の奥の謎の扉】だよね。これはあの世に続いてるって言われてるらしいね」


今しがたの空気を誤魔化すように、カノンは少し早口でまくし立てた。


「氷壁って洞窟の中のあそこか?」


「ああ、ぱっと見じゃわからんが、とある角度から見ると見えるらしい」


「とある角度って?」


「知らん」


センがキッパリと言う。


「五つ目。【展望台から見える果てなき荒野】」


星海寮の共有エリアの七階部分、通称展望台。

そこからの見晴らしは見渡す限りの海と空なのだが、七不思議では荒野が見えるらしい。


興味なさそうなことを言っておきながら瑠璃ノ宮はしっかり知っているんだなとダイチがにやけていると本人に思い切り睨まれた。


「そ、それでオレたちが見たのは【女の子の夢】とでもいうのか?」


複数の・・・人間が・・・同時に・・・見る・・って付くけどな」


確かにそれは不思議かもしれない。


「それでラストは?」


「最後の一つを知ると災いが降りかかるそうよ」


瑠璃ノ宮が他人事のように言った。


「そのラストはなんだかありきたりな感じだな」


「なんでもいじめが苦で本土岬から飛び降りた女生徒の霊が七不思議を起こしてるとか起こしてないとか」


カノンが顔を青くした。


「そこでだ。今晩〝スフィア〟がサーバーメンテする予定だ。ぶっちゃけ暇だ」


勉強すればいいとは誰も言わない。


「ま、まあな」


「あれ? サーバーメンテって今夜からだったっけ?」


「じゃなきゃこの男がゲーム以外に何かしようと思うわけがない」


「おいおい、七不思議が気になるのはマジだぜ」


「気になるのは構わないけど、それらに触れて後悔しても後の祭りよ」


「カナっち結構ノリノリじゃない」


「そういう意味じゃ……」


「それじゃあ午前零時に玄関ロビーに集合な」


そう言うわけで灰谷センの暇潰しに付き合わされる羽目になったダイチ達だった。




耳が痛くなりそうなほどの静寂。やがて床に敷き詰められている薄っぺらい絨毯マットを擦るように歩く音がかすかに聞こえてきた。


見廻りかもしれないと思いダイチは柱の陰に隠れ息を潜めた。


足音はこちらに近づいてきているようで、少しずつ音が鮮明になり、やがて近くで止まった。

陰からそっと顔を出して覗くと、懐中電灯の明かりがうっすらと教員らしき姿を照らしていた。


普段使用されているであろう警備ロボもサーバーメンテの影響なのか稼働していない。その為、教員が交代で見廻っているようだった。


再び陰に潜み固唾を飲む。教員はなかなか立ち去らない。

ダイチはこのタイミングで誰も来ないように祈りながら、見つからないように屈んで縮こめた。


やがて規定の巡回を終えたのか、規則正しい足音をさせて遠ざかっていった。


「ふぅ」


思わず安堵の溜め息息を吐いた。


「ため息は幸せが逃げるわよ」


「───っ?!」


いきなり暗闇から聞こえた声に心臓が飛び出る思いだった。


「しっ! 大きな声を出したら戻ってくるかもしれないわ」


手で口を塞がれる。少しひんやりしているが、小さくて柔らかい手だ。


「………………」


再びしんと静まり返る。


「……どうやら気づかれなかったようね」


見廻りの教員は行ったようだが、ダイチの口はまだ小さな手で塞がれたままだ。


「ん~ん~」


「あら」


手の主はわざとらしく思い出したふりをしてダイチは解放された。


「ぷはっ」


ようやく安堵の息が吐けた。


「……瑠璃ノ宮、か?」


暗くて顔はハッキリ見えないが、声と口調でダイチは判断した。


「明かりは点けない方がいいわ。さっきので分かると思うけど目立つわ」


ライトを点けようとしたところを先に制された。


「しかし……」


「私は夜目が利くから」


自分についてこいってことか。


「後はセンと榮水か。あいつらこんな時まで遅刻か」


言い出しっぺもさることながら、どうしようもなく時間にルーズなペアだ。


ちなみにカノンは怖いということで不参加。


「それじゃあ行きましょうか」


「行きましょうかって、まだあいつらが来てないぞ」


「ここに長居してるとまた巡回が来るかもしれないわ」


瑠璃ノ宮の言うことにも一理ある。


「もう少しだけ待ってみよう」


「無駄だと思うけど」


「え? 何か言ったか?」


「何でもないわ。じゃあ一〇分だけ待ちましょう」


「そうだな。それで来なかったら帰るか」


昼間の様子からもちろん同意が得られるものだと思っていた。しかし瑠璃ノ宮の答えは、


「どうせだから少し見て回りましょうか」


「え?」


「なに?」


「いや、だってお前、昼間は乗り気じゃなかったよな」


「気が変わったのよ。消灯を破っての夜の散歩は意外と乙なものよね」


「乙ね……」


しかし十分経っても二人は現れなかった。


「行きましょうか」


「まったくあいつら」


文句は明日言うことにして、ダイチ仕方なく夜の学生寮の散歩に付き合うことにした。




「やっべ。遅くなった」


灰谷センは玄関ロビーで膝に手をついて辺りを見回した。


「あれ? 誰もいないのか? お~い……」


出来るだけ声を潜めて呼び掛けるが返事はない。


「遅れたから帰っちまったか?」


と、その時、走ってくるような足音が近付いてきた。


「ごめんっ! 遅れちゃった!」


やってきたのは榮水アキラだった。


「遅ぇぞ」


「ぐっ。灰谷に言われるとムカつくわね」


榮水あきらはキョロキョロと辺りを見回した。


「あれ? 後の二人は?」


「先に行っちまったか。それとも来てないのか」


「まあ確かにあの二人は乗り気じゃなかったしね」


「一応ダイチには連絡してみるか」


「じゃああたしもカナっちに」


二人はそれぞれに通話を試みている。しかしどちらも繋がる気配はない。


「あれ? 繋がんねぇな」


「そっちも?」


「電源でも切ってやがるのか」


島内には電波の届かない場所などない。


「でも二人同時にってあんのかな?」


「たまたまだろ。しようがねぇ。俺達だけで行くか」


「そうだね。じゃあどっから行く?」


「一番近い食堂から行くか。ひょっとしたら先に行ってるかもしれないしな」


「あの二人なら帰りそうだけど」


「だ、大丈夫だろ」


自信無さげに答えて灰谷センは先に歩きだす。

榮水アキラもそれについていく。


消灯後の出歩きは基本禁じられている。その為いつも騒がしいくらいに何かを話している二人は否応なしに無言になる。しかし無言で歩くのが耐えられなくなったのか榮水アキラが口を開いた。


「あのさ」


「なんだ?」


「気のせいかもしれないんだけど……」


「もったいぶらずに言えよ」


「いつもと雰囲気違わない?」


「そうか? 夜だからじゃないか?」


「そうなのかな……」


話しているうちに食堂の扉の前に着いた。


「着いたぞ」


「あ、うん」


「……開けるぞ」


「いつでもいいわよ」


灰谷センは深く息を吸い込み、一気にドアを開けた。




つづく

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