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「Aなら喫煙室に行ったけど」
「仮にもアイドルが煙草って‥‥」
呆れ返る俺に、まあまあ、とFは呑気な笑顔を浮かべた。眩しい程の金髪と、漂白されたように真っ白の歯。このイケメンもまた、今は亡き陰キャ青年がその実態である。
根暗‥‥いや、クールなK、人の話をろくに聞けないNと違って、Fは比較的取っ付きやすい。俺含む3人よりも歳が上で、こうなる以前は大学生だった。「3ヶ月で行かなくなったけどね」Fは言っていた。「元々引っ込み思案で、体重なんか100キロ近くあってさ。デブネタでイジられる以外、人とどう関わっていけばいいのか分からなかった」
そのFの手には、齧りかけのドーナツ。この世界がいくら二次元的とは言え、カロリーが蓄積されないわけじゃない。彼の人の良さに免じ今は見逃すにしても、その腹筋が緩むような事態になったら即没収だ。
「Aにセンターやれってまた頼むの?」
のんびりとFが尋ねる。俺は黙って視線を逸らす。
「Oがここでの生き残りに真剣なのはよく分かるよ。けど、Aにはやっぱり荷が重いんじゃないかな」
「じゃあF、お前が代わりに真ん中で踊るんだな」
「無茶だよ、この前のレッスンだってD-だよ」
生きていた頃に動けるデブだったら良かったけど、Fはマイペースに呟きながらドーナツを完食した。
***
Aはすぐに見つかった。
けれど、俺が直ぐに声を掛けなかったのは、彼の隣に佇む人物に気が付いたからだ。
X。俺達のマネージャーであり、俺達が攻略しなければならない女の子。
「そうだね、土曜なら空いてるよ」
「じゃあランチしよ。約束だからな、X」
はにかんだ笑顔と共にXが頷いた。その後二言三言の雑談が交わされて、時計を見たXが手を振り中庭を後にした。
Aは俺達とは違う。初めて会った時から、俺は違和感を覚えていた。
攻撃的なまでに赤い髪は慣れたセットが施され、俺達と違い持て余す様子は無い。私服のセンスも抜群、女の子の扱いも悪くない。彼だけは生前から、生粋の陽キャイケメンだったんじゃないかと疑っている。
「さっきから何見てんだ、O」
背を向けたまま、つっけんどんに言い放った。俺はこそこそと隠れていた場所から姿を現し、仕方無く彼のベンチの隣に腰を下ろした。
「何度も言うけど、センターは御免だ」
「それよりも、A」
俺が座っている場所には、先程までXが腰を掛けていた。控えめな焦げ茶色の髪はボブ、目立つ容姿ではないけれど、ふわりと柔らかいオーラは確かに男を惹き付ける。Xはそんな女の子。
「Xと、デートするのか?」
Aが、この日初めて俺の目を見た。Aは感情が読めない。コミュニケーション能力は高いのに、彼は自分の心の扉の奥は、決して誰にも覗かせない。
「だとしたら?」
面白がっているようにも見える。俺は、それでも視線は外さなかった。
「俺は、あの子ちょっと危険だと思うよ」
***
Xの最推しアイドルになること。
この世界の俺達の目標のひとつであり、俺達がここで成すべき実質の再重要項目である。
けれど、俺はXに気を許せなかった。Aに対する違和感とは違う、Xに対する複雑な感情。
Xはただの「プレイヤー」じゃない。
俺にはひとつの確信があった。多分Xは、俺達の「背景」を知っている。