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「ほら、水」
どうも、と受け取ったペットボトルの蓋を開け、勢いよく半分を空にする。
ダンスレッスンの最終試験、貰えた評価は「C」。それでもいい、初めてコーチの前で踊ってみせたあの日、評価を受ける以前に「馬鹿にしているのか」と殴られそうになった。ごめんなさい、違うんです、顔だけはやめてください、アイドルは顔が命なんです。
そう、俺は今「アイドル」だ。
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全身の筋肉が痛い。ウェアは汗でぐしょぐしょで気持ちが悪い。まともに運動をしたのは半年以上も前の話。その日の体育の授業はバスケ。誰も俺にパスを回さなかった。
俺に水を渡したKも、決して余裕は無さそうだった。Kもまた俺と同じく不登校の陰キャ組。引き篭もっている間、ただひたすら美少女アイドルゲームのソシャゲに青春の全てを捧げていたと聞いている。
Kは早々に休憩室の隅に引っ込んでいた。視線はスマホの画面に落とし、イヤホンを両耳に突っ込む。いつものKの、「プロデューサースタイル」というやつだ。Kはメンバーと必要以上の交流をしない。大体は黙々と一人ゲームに勤しんでいる。
手持ち無沙汰な俺はしばらくそんなKを眺めるともなく眺めていた。何かレアなアイドルでも引き当てたらしい。Kが瞬きすると同時に、彼の色素の薄い桃色の前髪が揺れた。
K含め、俺達メンバー全員がやたらと奇抜な髪色をしている。個性はあるが、顔立ちも異様なまでの整い方で、すらりと伸びた手足は人気モデルも顔負けだ。
別に自慢しているわけじゃない。
なぜならこれは、俺達の「本当の姿」なんかじゃない。
***
「リカは一生このスマホの中で『アイドル』やり続けるのかな」
Kが自分から俺に話しかけるのは珍しかった。物思いに耽っていた俺は、慌てて視線を彼へと戻す。
「二次元嫁は飛び出してこねーよ」
冗談めいた口調で返してみたが、Kはにこりともしなかった。
「ここって、Oの中で何次元なわけ?」
「何次元って」
Kがパイプ椅子を立った。スマホを尻ポケットに突っ込み、だらしなく姿勢を崩している俺を冷ややかに見下ろす。その視線には、若干の苛立ちが滲んでいた。
「『今』は、リカも俺らも、同じ二次元のキャラクターだよ」
***
Kが去った休憩室には、Kの残したその一言だけがぼんやりと漂っていた。
流行りの漫画やアニメ、ライトノベルには、「異世界転生モノ」というジャンルがある。以前それを聞いたのは、メンバーのNからだった。Nは俺やKと違って学校こそ通ってはいたものの、友人は無く、いつも教室の隅の席でひたすらライトノベルを読み耽っていたと話していた。
「ひ、非モテとか童貞とかニートとか、そ、そういう社会的弱者みたいな立ち位置の男が突然死して目覚めたら俺TUEEEEのハーレム人生歩み始める、み、みたいな」
その「異世界」の舞台はRPGで見たことがあるようなファンタジーが多いと言う。
「い、陰キャの僕もさ、し、死んだらゲームの世界に転生して美少女パーティーで楽しく冒険ライフ!みたいなのを期待してたわけだよ」
NはKとは正反対によく喋る。ただし、自分の興味関心が及ぶ範囲の物事に限る。吃りながらもよく喋る。ただし、自分の興味関心が及ぶ範囲の物事に限る。
「け、けれど、こ、こういうジャンルのゲームの世界は正直、ぼ、僕の専門外だった」
***
俺はKもNも、彼らの「本当の姿」を知らない。
Nの醒めるような青い髪も整った鼻筋も、多分彼の本来の姿じゃない。
僕らは皆、揃ってKの言う「専門外」のゲームの世界に転生した。
「さっきK君がなんか怒った顔して歩いてたよ、O君」
いつ現れたのか分からない、俺の目の前に立つ女の子。
「喧嘩しちゃダメだよ、あなた達『クリープス』の大事な仲間なんだから」
目を潤ませて女の子は言う。硬く握られた彼女の拳は震えていて、俺はまともにその目を見れない。
「後で俺からKに謝っとくよ。だから大丈夫だって、『マネージャー』」
「本当に?約束だからね、O君!」
『マネージャー』は、気味の悪い程の変わり身の速さで笑顔を浮かべた。
「約束するよ、X」
***
1.「クリープス」としてトップアイドルになる
2.「クリープス」のマネージャー、「X」の「推し」になる
3.なぜ自分達が寄りにも寄って「女性向け恋愛アドベンチャーゲーム(アイドルモノ)」に転生してしまったのか、その意味を知る
以上が今の俺達に課せられた使命。
これは「陰キャが異世界転生というか女性向け恋愛アドベンチャーゲームのアイドルに転生したけど既に引退したい」という、正直需要があるのか複雑な、イケメン陰キャ5人組の不思議な奮闘記。