鏡の中の迷宮
―――旧校舎にある古い鏡に写ると呪われる―――
そんな噂がうちの学校で有名になっている。
勿論、俺は信じてない。
そんなこと、ある訳ないだろ。
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「なぁ!こんどの土曜日、肝試しをしようぜ!」
始まりは、その言葉からだった。
言い出したのは、俺の親友、野崎悠斗。
「来希〜!聞いてたのか〜?」
「聞いてたよ。肝試しだろ?別に行ってもいいけど」
興味は無いけど、いい暇つぶしにはなるだろうし…。
「興味無さそうに言うなよ。じゃ、決定!土曜日の夜9時集合だから!」
一段と張り切った様子で悠斗が言った。
「うん、分かった」
俺は、適当に返事をして、机に肘をつく。
けど、今思うことは、ただ一つ。
――――返事なんてしなければよかったのに。
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俺は今、夜の学校にいる。
カチッカチッカチッカチッ
時計の針の音が妙にざわついてうるさい。
時間は、9時5分。
それにしても、悠斗遅いな…。
『……イ…デ…』
…あれ…?…今、誰かの声が…?
『コッチヘオイデ…』
女の人のかすれた声。
「だ…誰だっ!?!?」
訳も分からない恐怖で声が裏返る。
恐る恐る後ろに振り返ってみても……誰もいない。
『オイデ…コッチニ』
声は、どう考えても旧校舎の方から聞こえて来る。
「お〜い!来希ぃ!こっちに来いよ〜!」
「うゎ!?…な、なんだよ悠斗か……」
驚かせるなよ!
でも、声に出したはずのそれは、喉が乾いて言葉にもなっていなかった。
「ごめん!家抜け出すのに手こずって遅くなった!」
「あっそ」
俺は、冷たくそう言った。
「なんだよ、冷てーな!たかが10分だろぉ!遅れたのは悪かったけどさ、そう怒んなよ〜!」
くそ〜!お前が遅れた分、どんだけ俺が怖い思いをしたと思ってやがんだ〜!
「で、学校のどこに行くの…?」
「は?何言ってんの。旧校舎に決まってんだろ!」
当然のように悠斗が言う。
この時俺は、一番恐れていた答えが返ってきたような気がした。
「…あのさ、いくらなんでも旧校舎はやめとこうぜ…」
さっきの声だって気になるし……。
「何、お前怖じ気づいてんの…?!」
―――ムカっ!
ンだと〜〜ぉ!!?
「そんなことあるわけねぇだろ!!怖い訳ねぇよ!!」
「言ったな!そんじゃ、俺に付いて来い♪」
あ…。
どうすんだよ…!あの声の主が襲って来たら!
でも…。はぁ…。今更気付いてもしゃあねぇか…。
「…はいはい…」
俺は嫌々ながら返事を返した。
キィィィ……
不気味な音と共に旧校舎の扉を開ける。
中は暗くて、空気が重い。
「い……行くぞ……!」
さすがの悠斗も怖じ気づくくらいだ。
「じゃ、俺が先に入るから」
俺は、冷静にそう言って、旧校舎の中に入った。
ギシ…ギシ…ミシ…
一歩踏むごとに聞こえる音が、この校舎の古さを物語っている。
「お…おい、待てよ…!俺も…い…行く…!」
取り残された悠斗が、慌てて俺のあとを付いて来た。
まったく…!怖じ気づいてんのはどっちだよ…!
『オイデ…』
その時、またあの女の人の声が聞こえた。
「だっ…、誰だ!?何処にいる!?」
俺は恐怖のあまり、大声で怒鳴ってしまった。
「どどどどうしたんだよ!?なな何かあんのか…!?」
悠斗は、明らかに動揺している。
『コッチ…オイデ…』
また、聞こえた。
その声を聞くたびに意識が遠のいていくような…そんな感じがする。
「ら…来希…?お前、本当におかしいぞ…」
俺を心配する悠斗の声も耳に入らない。
『ソウ…コッチ…』
俺はただ、不気味な声に操られたように、言われた通り動いている。
『…オイデ…オイデ…』
声に導かれるように進んで行くと、目の前に大きな鏡が現れた。
『ココヨ…ワタシハ、ココ……』
鏡の中に誰かいる。
女の子だ。だいたい年は同じくらいだろうか…?
長い黒の髪と白いワンピース。
そして、美しい整った顔。
俺は、その子に見入ってしまった。
「や…やめろ!来希!いくな!戻って来い!」
必死に叫ぶ悠斗の声。
その声を聞いて、ハッと我にかえる。
…でも、もう遅い。
俺は、鏡の中の少女に腕を掴まれていた。
「い…イヤだぁぁぁあぁ!た…助けてっ!!!!」
叫んでも、俺の身体は、段々と鏡の中に引きずり込まれてしまう。
「らっ…来希ぃぃぃ!い…いくなよ!絶対にいくなっ!」
悠斗が必死になって、俺を反対側へ持っていこうとしている。
それでも、俺の身体は引きずられて行く一方だ。
『ムダヨ…。ダッテモウアナタハ、カガミノナカダモノ…』
そして気付いたらもう俺の身体は鏡の中にあった・・・。
いくら鏡を叩いても外には出られない。
「イヤだァァァアァァァアァァ!!」
また叫んでも、俺の悲鳴が外に届くことはなかった。
閉じ込められたらもう
―――――モドレナイ―――――