転生した彼に恩返し!
某作者様の作中に、義理の叔父さんが病身の姪を育てるという設定がありまして、これはイイ!!と勝手に頂いてきてしまいました。
彼に初めて会ったのは、4歳の頃だった。
母が製糸で成功した実業家と再婚した先に彼はいた。
彼は母の再婚相手の年の離れた弟だった。
恐そうな義父に緊張し、母のうしろで小さくなっていた私に太陽のような笑顔を見せて、そっと抱き上げてくれた。
私を受け入れてくれたのは、彼だけだった。
後で聞いた話だが、美人の母は病弱な私の治療を条件に再婚を了承したらしい。
私は、母から離され転地療養のため高原の別荘で暮らした。
そこには、食事や掃除をしてくれる、お手伝いのお婆さんと2人で過ごすはずだったけれど、当時学生で美術を勉強していた彼は学校を辞め私に付いてきてくれた。
そのことを知った時、私は
「ごめんなさい」
と謝った。
彼は、隣で絵を描きながら、なんでもないように笑って
「絵はどこでも描けるからいいんだよ。
僕がキミと一緒にいたかっただけだから。
だからキミも謝らないで」
と言った。
笑いながら
「ありがとうって言って」
と囁かれた。
耳をくすぐる吐息に、私の白すぎる肌が赤く染まるのが分かった。
高原の綺麗な空気と、お金に糸目をつけない治療と、献身的な彼の看護のお陰で、十まで育たないだろうと言われた私が16歳まで育った。
その頃には、私と彼は心を通わせていた。
***
『僕を置いて逝くな!』
彼の悲痛な声を思い出す。
久しぶりに夢にでてきた。
100年くらい前の話。私の前世の話。
理由は分かってる。彼に再会えたから。
***
年の離れたお姉ちゃんが結婚した。
相手は小学5年生の男の子のいる男性。
奥さんは海翔くんが2歳の頃死別したらしい。
その海翔君が『彼』だ。
「あまり手をかけてあげられなかったせいか、クールというか子供らしくないというか…」とお義兄さんがボソボソ困ったように言う通り、あの太陽みたいな笑顔もない。
もちろん、顔だって遺伝子レベルで違う。
けど、分かったんだ。
なんてーの?ビビっときたんだよね。
結婚したのに共働きで忙しくしている姉夫婦を見て、私は名乗りをあげた。
「私が海翔君の面倒をみます!!」
今世では私が貴方を支えてあげたい。
***
と、思ったのに。
あれあれあれれ。
海翔君はスーパー小学生だった。
最初は黙って私のお世話を受け入れてくれていたけど、中3の私の勉強具合を心配し、志望校を心配し、受験勉強の妨げになるのではないかと、私がやっていた家事全般を海翔君がさっさと肩代わりするようになった。
小5に心配される私って…っ!!
「今までも家事は僕の仕事だったから、平気だよ」
と、フライパン片手に言われても。
私も一応、忙しい姉のために家事をやってたんだけどな。
私と姉には両親がもういない。
私が小6の頃、事故で還らぬ人となった。
その時、遺される側の気持ちを知った。
彼にはなんて辛い思いをさせたんだろう。
私が死んだ後のことは、もちろん知らない。
幸せな人生であったらいい。
彼の幸せな人生の彩りに私の思い出が少し入っていたらいいな。
もちろん海翔君に聞くわけにもいかないけど。
私が彼のお陰で、とても幸せな人生を送れたので今度は私が海翔君に幸せな人生を与えたい。
***
「美味しい…」
「花乃は好き嫌いがないから、食べさせがいがある」
海翔君が、ふっと笑う。
どこのイケメン彼氏ですか!!
いや、ちがう。おかんだ。おかん。
『花乃ちゃんは好き嫌いがないから、食べさせがいがあるわぁ』と脳内でオバチャンが喋っているように変換する。
やめてよね。小5のくせに、年上をときめかすの。
本来なら私がやりたかったのに…。
もやもやした思いをしながら、海翔君謹製夜ご飯を食べる。
やっぱり美味しい。
正直、私より上手だ。
私も料理は手慣れているけど、「料理はフィーリング」を合言葉にしている。
得意料理は冷蔵庫にあるもので作る、有り合わせ料理といえば聞こえはいいが、正直味は微妙。
料理の本やネットを見ても、結局全部を読まず、分かった気持ちで自己流に走るので、味は微妙。
素材の大きさもバラバラだし、大さじ小さじなんて使うのは未熟な証拠!という信念のせいか、周りの評価は微妙。
不味くはない。しかし、手放しで美味しいわけではない。
海翔君の料理は手放しで美味しい。
「花乃の誕生日、好きなもの作るけど何食べたい?」
と聞かれたので、「ヤンソン・フレステルセって料理が食べてみたい」と言ったら、パッドで検索していた。
そのあと、ちゃんと大さじ小さじを使って料理をしていて、やっぱり美味しかったので、今度からは私も大さじを使ってみようかと思う。
ご飯のあとは、居間で二人並んで宿題をする。
海翔君の勉強を見てあげようと思っての配置なのに、海翔君は勉強も得意らしい。
ほんとスーパー小学生…っ(涙)
でも、多分お義兄さんの負担にならないようにって、小さい頃から努力してきたんだろうな。
お義兄さんは海翔君のこと、色々心配していたけど、大丈夫!とても優しいいい子に育ってますよ!
もうちょっと甘え上手になってくれるといいんだけど。
って、私相手じゃ無理か…。
海翔君はさっさと宿題を終わらせて、隣で絵を描いている。
私は、この時間が好き。
「私、海翔君の絵、好きだな」
海翔君は、とても優しい顔をした。
今日はお姉ちゃんたち、帰り遅い…。
私はだんだん眠くなってきた。
ああ、寝ちゃダメ。寝る前に、海翔君を寝かさなきゃ。
それに…
「…どうしたら海翔君が幸せになってくれるかな…」
「キミが元気で笑って僕の傍にいてくれたら、幸せだよ」
彼の…声が聞こえた気がした。
***
彼女に初めて会った時、僕は自分の才能の限界を感じて、苦しんでいた。
新しい義姉の娘。
心臓が弱く、満足に生きられず、転地療養と称して母と離れ離れにされてしまった不幸な娘。
可哀そうな娘に付き添ってやるという言い訳で僕は逃げ出した。
大好きだった絵を描くことが苦痛になり色彩のない世界にいた僕を救ってくれたのは、彼女だった。
一生懸命に生きるその姿。
自分が苦しいのに、人のことを思いやれる優しさ。
世間を知らないための純粋無垢な心。
そんな彼女を守ってやりたくなった。
彼女の傍で、また絵を描きたくなった。
光が差し、今までにない色彩に彩られ、世界があふれ出した。
「貴方の描く絵、好き」
そう言ってくれるだけで、僕はこの世に生まれたことを感謝する。
彼女に見てもらえる絵を描けることに感謝する。
「見ているだけで幸せになる絵を描けるようになったな」
技巧ばかり走って心がない。と酷評した恩師が僕にかけてくれた言葉は、言い得て妙だと思った。
だって、幸せがあふれている!
僕はキミといるだけで幸せなんだ。
自分の最期はあまり覚えていない。
彼女が16歳の冬、僕をおいて逝ってしまってから、世界は真っ黒に塗りつぶされてしまった。
何枚も何枚も、彼女の笑顔の絵を描いたけれども、どれも幸せな笑顔じゃなかった。
虚ろな目をして天井を見上げる。
彼女にあいたい
***
生まれ変わっても、僕は淡々と生きていた。
父に迷惑をかけないよう、家事も勉強もちゃんとやった。でも、それだけ。
そんな僕の前にまたキミが現れたんだ。
「…どうしたら海翔君が幸せになってくれるかな…」
肩に寄りかかって、彼女が呟く。
どうやら、半分寝ているようだ。
やっぱり、彼女は生まれ変わっても変わらない。
どうしたら幸せになれるかって?
「キミが元気で笑って僕の傍にいてくれたら、幸せだよ」
ほんわかした話ととるか、怖い話ととるか…。
他意はなかったのですが、自分で書いてて、最後のセリフは怖い方向にもとれちゃうなって気づいて背筋がゾクっとしました。