5−1
「しっかしお前、本当に骨と皮みたいな身体してるのな」
「うるさいな。ていうか変なとこ触るなよ、くすぐったい」
裸になったミハルの肌に魔法陣を刻みながら嘆息するユージンに、ミハルはむくれて見せる。朝の騒ぎがすっかり去った夜のミハルの部屋。宵闇の中、淡いランプの光だけがミハルの不健康に白い肌を照らしている。
「運動嫌いに加えてひどい偏食。俺はお前がこの六年間、ビスケットやスコーン以外のものをまともに口にしているところを見たことがない」
「仕方ないだろ。ここの寮の食事のひどさったらないよ。牛や山羊が食べるものだってまだマトモな味がするだろうね」
「大人たちに言わせれば、質素な食事は学生たちの連帯感を育むらしいぞ」
ベッドの上と、そのそばに置いた椅子に座って向き合う二人は、少年の頃のように気安く言葉を交わしあった。
それは、今のあられもない格好のこっ恥ずかしさをごまかす意味もあったし、
「そりゃご苦労なこった。――なら尚更、ぼくにはもう関係のないことだ」
これがユージンと交わす最後の会話になるだろうという、名残惜しさもあった。
「僕はもう、おそらくここには戻らない。……というより、戻れない。兄さんの話によれば、軍は今回のことを全て『なかったこと』に収めてしまいたいらしい。けれど、僕がアンジェリカを連れ出せば――そしてその実行者が僕だと知られれば、ただでは済まないだろう」
「それは……そうだろうな」
アンジェリカを救う。それがミハルたちの目的だった。そのための方策も、ユージンがあの時の約束を果たすべく見つけ出してくれていたこの魔方陣で、何とか目処が付いている。
けれどそれは同時に、とてつもなく分の悪い賭けでもあった。兄をはじめとした軍人たちを欺くことはそれ相応の危険を伴うし、ミハルに協力したと知れれば、ユージンの立ち位置だって危うくなる。
「まあ、僕のことは心配しないでいいよ。どんな結末になろうと、それなりにやってみせるさ。上手く行けばアンジェリカと天国に渡るのも悪くないかもしれないね。僕の容姿なら、天使たちに紛れて暮らすことも出来るかもしれない。
……ああ、もちろん、失敗して兄さんに捕まった場合のことも考えているよ。どんな拷問を受けようと、僕の協力者が君だってことは絶対に口にしないから安心してくれ」
不安な気持ちをごまかすように、ミハルはぺらぺらとまくし立てた。
あの兄を――そして軍を敵に回すのだ。それ相応の覚悟はしていた。
「……ミハル」
ミハルの肌にペンを走らせ続けたまま、ユージンがぽつりと言った。
「死ぬなよ」
「もちろんだよ、アンジェリカは必ず、僕が守……」
「そうじゃない!」
声を荒げたユージンの左手からペンが落ちる。
はっと顔を上げると、ユージンはひどく真面目な顔をしてミハルをまっすぐに見つめていた。
「約束しろ、ミハル。あの天使を救った後、どこで、どんな形でもいい。――生きろ。生きていてくれ。お前との約束を、こんな形でしか守れなかった俺が言うのはずるいのかもしれない。でも、頼むよ。
……俺にはまだ、お前に見せたい景色があるんだ」
そう言ったユージンが泣き出しそうな顔をして、立てた小指をミハルに差し向ける。
夢物語だとは、ちゃんとわかっていた。
それでも、彼と約束すれば、本当に叶ってしまう気がしたんだ。
「……まあ、楽しみにしておくよ」
だからミハルはそう言って、彼の指に自分の小指を絡ませた。