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帝国、端緒をなす 3

翌朝、依頼の承諾と増員の報告のため3人で家を出る。その際の


「ずるいです。私達も行きます」

「そうです。家族全員で行きましょう」

「ぼくもー」


不満気に言い出す留守番組と


「茅花を連れては行けないだろう。二人とも今日は予定がないと聞いている。留守は任せた」

「んじゃねー」


満面の笑みで返す同行組の表情の対比が印象的だった。


「また皆で遠足にでも行こうか」


そう言ったときの皆の笑顔も。



家から会館までは少し距離がある。最も込み合う時間帯は避けたつもりだったのだが、会館へ向かうまでの道は人影が多く、大通りに出るとそこは人で溢れていた。


「昨日も感じたけど会館前の商店街はともかく、こんなに混むような場所だったっけ?念のために髪を染めてきて良かった」


ただでさえ顔が知られているうえ珍しい青髪のせいで一層目立ってしまう露草は、面倒を避けるため髪を茶色に染めていた。深い関わりのない人間ならばこれで誤魔化せるため、よく使う手段だ。


「最近は皇国領内の近域の魔物が減った様で、その影響だろうね。探索者が皇国外縁の各城塞都市に集いつつあると耳に挟んだよ」

「つられて色んなもん(・・・・・・)が増えた、と」


鬼灯の言うものとは目線の先の干した果物だろうか。確かずっと西の地方で栽培されているものだ。それとも──

考えながら、左足の踏み出しに合わせて右半身を引く


「痛った、くねぇ……あれっ?」


既に私に当ぶつかったつもりで声をあげていた男性の声が、後ろから聞こえる。


「大丈夫だから二人とも落ち着いてね。ああやって強請るつもりだったんだ。掏摸にしては乱暴だと思ったよ」


真っ先に二人を宥める。二人して「父さんに何かあるとは思えない」などと言うが、露草は涼しい顔をして柄に手がかかっていたし、鬼灯は女の子がしてはいけない顔つきであった。

……まあ、手を出さなかっただけ進歩したとしよう。


周囲を見やると、物ではなく人を物色するものが少なからずいた。以前から多少はいたものだが、先程の男といい雑な者が多い。

魔物との最前線だったからこそ、表面上は保たれていた治安が目に見えて乱れている。これもまた色んなもの(・・・・・・)のひとつだろう。



それから十分程歩いて会館に着いた。中も普段よりは人が多いが、表よりは大分少ない。上級や特級の姿はないが、雰囲気も然程悪くない様子。



探索者は野蛮な者ばかりである。



一般人の多くはそう思っているが、実際のところはそうでもない。

確かに階級の低い者には粗暴なものが多く、全体で見ても礼儀作法を正しく学んだものは少ない。

けれども、階級が上がっていくほど依頼主と直接話をする機会が増えるうえ、貴族様と対談することも少なくなくなる。よって上級以上には相手に不快感を与えない程度には振る舞いに気を使うような者が多い。

加えて探索者は面子を重んじるため、恥をかかない程度に作法を調べる者は少なくない。

そうすると動作、言葉遣いを身に付けるために普段から注意する。それを見た中級、下級の者達も真似をするようになる。といった具合だ。


「流石に会館内で馬鹿をする阿呆はないか」


ふと呟いた言葉。この地に根を張る者として、多少安堵の感があった。




「それがまさか伏線になるとは……って顔してるよー」


鬼灯が私の頬に触れながら言ったのは、広間への扉を開けた直後のことだ。

───受付に依頼の件だと言うと、まずは接客室へと通された。比較的重要な依頼の際にいつも使っている部屋だ。今回の依頼を受注することを、人数が3人になる旨を含めて伝える。対応してくれた馴染みの職員である男性は「鬼灯さんならば問題はないだろう」と話は進み、本題を終えた。

互いに想定していた時間よりも早く済んでしまったため、少しの雑談をしていると、ドアを叩く音がした。「失礼します」と対応した彼が渋い顔をして入室してくる。聞くと急用だと言う。

そこで帰宅することになったのだが、広間へ出る扉を開けた途端に大声が響いてきたのだ。


「誰もいねぇんだから良いだろうがよ!俺達は中級5だぜ?上級になるのもすぐさ、さっさと対応しろよ!!」


鬼灯は楽しそうに、露草は頭痛を堪えるような顔でそれを眺める。


「たとえ誰も居らずとも規則ですので。また、業務が滞ります。中級者様用の受付へ向かうようお願いいたします」

「だからさぁ、俺達をさっさと対応すれば業務出来んだろ?そっちのが効率的じゃねぇか!!」

「流石!やっぱ賢いね宇宙(コスモ)は!ほら、さっさと対応しなさいよこのクソ!!」

「そうだそうだ!」

「ですから……」

「わっかんねぇかなぁ───」



「凄いよね、あれで中級5だってさ」


先程まで愉快そうな顔をしていた鬼灯だが、その声色は冷えきっていた。顔を見ずとも分かる。きっと青筋を立てているのだろう。

露草はと言えば、最早怒りを通り越したのか無表情となっている。


「焼く?」

「俺が刻む。」

「止めてね、普通に殺人だから」


言ってから、何故回りが止めないのか気が付いた。止めないのではない、止められないのだ。

彼等が口で言う上級には及ばないものの、中級者の平均から見れば確かに力量が高い。判断材料が身のこなしでなく、制御せずに垂れ流している魔力の量である辺り、たかが知れるのだが。


とは言え、この場に居合わせている殆どは下級、中級の探索者ばかりである。格上の者を制止するには腰が引けるのだろう。


「本来なら皆で止めるべきなんだけどね」

「べき論は好まないのでは?」

「ま、仕方ないよね」

「私達に仕方ないって言葉を使わないように教えたのは父さんだよ?」


何故か二人が冷静に、容赦なく言葉尻を捉えてくる。そんな嫌味な子に育てた覚えはないというのに


「父さんが奴等を殺しに行きそうに見えたから、冷静になったよ」

「ちょっとは頭冷えた?」

「あぁ、ありがとうね」


流石にそこまで短絡的ではないのだが、なるほど。自分もまだまだ未熟ということか。

自分がどんなつもりなのかではなく、周りからどう見えるかを意識すべき。よく頭から抜け落ちてしまう、気を付けるようにしよう。


「で、どうする?」

「私と露で黙らせる?」

「そうすると露草の茶髪が今後、より一層意味の無いものになっちゃうからね」

「確かに」

「うん待って、より一層ってどういうこと」


気付かぬは本人ばかりなり。この都市の住人には『露草が茶髪の時はお忍びのときで、一般人として扱ってあげよう』という暗黙の了解が割と浸透している。

それは気付かれにくくはなるものの、髪色を変えた程度でそこまでしっかりとした変装にはならない。


「私と鬼灯で行こうか」

「よっしゃ、任せて」


宇宙(コスモ)君達も盛り上がって来たようで、今にも剣を抜きそうだ。少し急ぐことにする。「ねぇ待ってより一層ってなに」という言葉を背に鬼灯と二人で騒ぎの中心へと足を進めていった。


決して私の失言に気が付いた露草の相手が面倒になったわけではない。

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