序するは出会い
どうぞよろしくお願いします。
用語解説
探索者協会─ファンタジー作品でお馴染みのギルドのようなもの。
未踏域─正確な地図が作成されておらず、またそこに存在する生物の殆どが人にとっての天敵である。
魔獣─言葉の通じない一般異形種、特に魔法を使うものを指す。
秘匿魔術─魔術の発動を隠蔽するための魔術、というよりはテクニックのようなもの。外部からみたときに、力の流れを自然に見えるように偽装する。これを扱える者は一流の魔術師であるといえる。
僕には才能がない。
学問に秀でることもなく、戦闘もあまり得意でなし、魔術も使えて上級までだ。芸術の才があるのかというと、そうでもない。
かといって、そのどれもに対して努力を怠った訳でもなく、凡才ながら血の滲むような思いをしてきた。
早朝、夕暮れの武術の鍛練は物心ついたときから欠かさずに行っているし、様々な流派に手を出した。馬鹿にされながらも魔術社に顔を出して、労力の代わりに多くの知識を授かった。必死に稼いだお金で学校へも通った。
その際には、「入学出来たのだから」と淡い希望を持ったものであるが、手にしたのは才媛達と自分との間にある絶望的なまでの差を知る権利であった。
散々に心を叩き折られてからしばらくは、探索者として生計を立てていた。未踏域に立ち入るでもなく、かといって街道沿いの魔獣ばかりを刈るでもない。探索者としては可もなく不可もなく立ち回っていた。
お陰で大きな失敗を仕出かすことなく過ごすことができていた。探索者協会に対して多少の貢献があったためか、職員からの覚えも悪くなく『一般的な探索者』といった生活を過ごしていた。
僕の運命を変える出会いがあったのは、そんなときのことだ。
「少し冷えてきたかなぁ…」
探索者協会が発注している魔獣の間引きの依頼をこなした帰り道。沈みつつある夕日を追いながら、露出した腕を擦ってぽつりと溢す。
疎らに生える木々を見渡せば色付いた葉が夕日を照り返し、より一層紅く見えた。紅葉してからはあっという間に冬が来る。いい加減に冬支度を整えねば。
「いやいや、気を抜いている余裕はない。」
要らぬ思考をしていた、言葉に出して気を引き締める。そもそも夕日を城壁の外で拝むこと自体が危うい。
夜は魔のモノ達の時間だ。ここらには強大な存在がもういないとはいえ、力を増した魔獣達の相手をするのは骨が折れる。
加えて、浅いとは言えここは俗に遠域と呼ばれる場所、安全とは程遠い。完全に日が落ちてしまえば、中級なうえに単独である僕が無事に帰還することが難しくなるのは明らかだ。
…暫しの葛藤の末に、魔術で肉体に強化を施す。魔獣と遭遇する危険度の増大をとるか、後日の酷い筋肉痛をとるか。至極簡単な問題であった。
「筋肉痛、結構つらいのだけれど…」
肉体強化を施してから数十分程だろうか、遠域を抜け中域も半ばに差し掛かろうかというところ。「帰還するだけならばあっという間だなぁ」などと、多少の気の弛みがあったことは否めない。
特段、周囲の気配探知を怠ったつもりはなかったのだが、気が付くと右手前方を開けて僕を半包囲するように、幾つかの気配に並走されていた。
ある程度の速度について来られるうえに、集団行動が巧みで、尚且つ隠密行動が可能。中域に出現するのは珍しいが、十中八九”黒尾狼“だろうと予想する。
しかし、同時に疑問を抱く。黒尾狼は獣型の魔獣としては、中々に賢しい。通常、実力差を感じ取ると直ぐに退散するものであり、僕に襲い掛かることはあまりないのだが…。
頭が無能か、優秀か。はたまた何らかの要因で気が立っているのか。ただ、この誘導するような形の包囲は初めて見たな。等と考えていると、1つ思い浮かんだことがあったので、なんとなく確かめてみようと思う。
まずは試しに右手へと進路をとる。黒尾狼からは反応がない。そこから反転して左手に向かった途端、盛大に吠えたてられた。気配の方も、左手(現正面)がやたらと手厚くなっている。
このままでは戦闘に入りそうなので、進路を戻す。そうすると、またもとの通りに囲まれる。
どう考えても僕を誘導したいのだろう。
「子守り、にしては時期が遅いが…。それに準ずる何かだろうか」
黒尾狼に限った話ではないが、魔獣の生態はあまり分かっていない。新たな発見が出来れば、などと多少の期待をしてみたものの、恐らくは予想の通りであろうと結論付けた。
続いて「無益な殺生は好まないからな。」等と嘯いてみる。当然の事ながら無益ではなく、時間と体力の損耗を嫌っただけなのだが、どうせ周りに他人はいない(狼はいるが)。格好つけても構わないだろう。
このままの進路をとれば戦闘をすることもないだろうと、警戒を弛めようとした瞬間
「──…──。」
声が聞こえた。
“運命”。
あまり好きでない、言ってしまえば嫌いな言葉なのだが、あのときのことに関しては、運命だったように思えなくもない。本当に認めたくもないのだが…。
まずは、普段あまり向かうことのない地区の遠域にいたこと。
諸事情から依頼の消化に手間取り、帰還が遅れたこと。
黒尾狼の行動に疑問を抱き、確かめてみようと思い付いたこと。
警戒を弛める直前に“彼”が声を発せたこと、等々。
挙げればキリがない偶然や行動が積み重なった上での出会いだった。
聞こえた声は掠れたうえに小さかったが、確かに皇国の公用語だった。それも声の主はかなり若い、齢二桁にも届いていないのではないだろうか。
何故中域に、
何故黒尾狼が人の子を守るように、
何故、何故、何故、
思考の渦に呑まれそうになるが、一旦は棚上げし行動に移す。
同期の才媛達ならば、様々なことを同時にこなすことが出来るのであろうが、凡才の身である僕にはひとつひとつをこなしていくことしか出来ない。
右足の踏み切りに合わせて肉体強化を最大限かける。勢いを殺さないように左手前方に飛び上がり、目当ての木に手を掛ける。そのまま更に速度を上げられるように、体が振れるに合わせて飛び出す。衝撃に耐えられそうな木が跳躍範囲に見当たらないので、一度着地。
ギリギリまで魔力操作が露見しないようにしたつもりであったが、流石は黒尾狼というべきか、既に対応がなされている。
数頭が直接当たり、他は支援だろうか。2.3頭が先回りするように駆けていったのは、仔を逃がすためかあるいは…。
向かってきた先頭の黒尾狼に、依頼のついでに剥ぎ取ってきた白大蛇の皮を被せる。
死角となった1頭目の背後から2頭、飛び出してくる。一頭の鼻面を右腕で殴る流れで、もう1頭が首に噛みついてきたのを左前屈気味に躱す。重心を差し替えてから一応、と放った左足での後ろ蹴りは避けられたが、牽制にはなった様子。
戦闘が目的ではないので、そのまま前転して駆け出す。声のした方向は覚えている。
囲んでいた狼が四頭 同時に押さえに来るが、甘い。「所詮は犬ころ」と陽動を交えてから飛び越える。
瞬間、甘いのは貴様だとばかりに藪から2頭が飛び出してきた。
…僕の知能は狼以下か。
魔力を編んで魔術を使う「風よ」自身の背に突風を当てて軌道をずらす、ついでに黒尾狼にはもう暫しの空中浮遊を楽しんでもらう。
目線を地に向けると、4頭。着地と同時に左右から僕に到達する速度だ、賢い。
背後からも数頭が迫ってきている気配がある。
仕方無し「死ぬなよっ」呟きながら秘匿魔術を発動後、魔術を多重展開していく。
地面との距離が1mになろうかという瞬間に起動、同時に爆音が轟く。着地し、走り続けながら周囲を確認する。
簡潔に言うと、辺り10m四方程を吹き飛ばしただけである。実際には爆発の指向性の誘導など色々としたが、割愛。
黒尾狼達は重傷とはいかないまでも、こちらの速度について来られる状態ではなさそうだ、ひと安心である。
さて、何故実力差があるにも拘らず、僕がこんなにも苦戦しているのか。それは、黒尾狼達の立ち位置が分からないからだ。
行動からして、彼等は声の主の方へ僕を近づけさせない様にしている。何らかの要因で幼子を保護している可能性があるのだ。
その場合は、人としての礼を彼らに伝えるべきであろう。殺すなぞもっての他という訳だ。僕としては殺しても構わないのだけれど、声の主が狼に情を持っていた場合に面倒になるのでやめにした。
保護しているのでなければ……
そこは小高い丘の麓だった。辺りには比較的藪が多く、身を隠しやすい。獣の臭いが微かに残っており、周囲を見渡すとその痕跡から、恐らく黒尾狼が子育てをしていた場所なのだろう。
しかし、既に逃げ出したのだろう。その姿は一頭も見当たらない。
残されていたのは血塗れの少年ただ一人だった。
先ず、本作に目を通していただき、ありがとうございます。
批評、感想など何か一言お書きいただけると幸いです。
誰にも目を通されることがないやもしれぬと戦々恐々としております。
これを貴方が読んでいるということ、これに勝る喜びはありません。重ねて感謝申し上げます。