誰得だよ
ちょろちょろちょろ〜
会場にはそんな音が鳴り響く。
ゾーラスを見ると股が濡れていた。
フェンゲル誇るギルドマスターがちびるほどの迫力に会場は未だに静まり返っている。中には気を失ってる人もいるのではないだろうか。
そんな中、フロヌィチは零断の実力を甘く見ていたことを後悔する。
【彼はこんなにも強いのかっ!しかも、あの“ライトニング”は私とゾーラスが何年もの月日をかけて理論上できると推測したものだ。それをやすやすと…】
そこまで考えると1つのワードが頭によぎる。
『転移者』
「彼らは絶対に敵に回してはいけない存在なのだろうね。我らがいくら努力、研究しても追いつけない存在…」
「それは違いますよ。」
「えっ、?」
フロヌィチは自分の考えを無意識に声に出していた。
ユニ達は試合の終わりを宣言させるためにフロヌィチのもとを訪れていたのだ。そして、そのフロヌィチの呟きをユニが否定した。
「あなた達がどれだけ努力したかはわかりません。しかし、それは零断さんとは格が違うんですよ。」
ユニは零断の方を見て言う。
「確かに零断さんは圧倒的な才能があります。しかし、その才能は雷魔法の才能ではありません。雷魔法に関しては私と同じ時に零断に助けられた少年の方が才能がありました。その中で零断さんはその少年と比べ物にならない強さを得ているのです。それはなぜかわかりますか?」
ユニはフロヌィチに問いかける。
その問いはまさに
『彼の努力を才能として片付けるな』
と言っているようだった。
「信じられますか?私と零断さんがあった時、零断さんは無口で愛想がなく、怖かったんですよ。それでも、零断さんは1人でひたすら自分を極めていました。身体強化の質を上げ、未知である雷魔法の新しい技を考え、作り出し、また新たな魔法を考える。」
その途方も無い作業はおいそれとできるものでは無い。フロヌィチもゾーラスも研究してきたが、それは普通を超えるものではない。しかし、零断は1日1日を全て魔法の研究に費やした。特に山脈に入りたての頃はただひたすら自分を追い詰めて開発していた。
今ではそんなことは“少ししか”やっていないが、ユニは知っている。
時々ユニが寝た後に森へ向かっていることを。
そして、次の日の朝は零断から血の匂いがすることを。
零断は自分を見て欲しいとは思っていない。わかってくれる人がいて、その人に理解されていればいいのだ。
しかし、ユニは違う。零断の驚異的なまでの努力を“才能”の一言で済まして欲しくないのだ。
フロヌィチはユニの目を見て思う。
【転移者であり、あの欲しいものをどんな手を使ってでも手に入れる王国から目をつけられながらも逃げ延びた彼は、なぜ、そこまで強くなれたのか?恐らく、生半可な道ではなかったのだろうな。だからこそ、ユニ君を含め、色々な人が彼を評価する。】
実は、フロヌィチはダンディからも報告をもらっていたりする。その時にダンディは零断に対して非常に高い評価をしていた。
商売をするものとしてダンディは人を見る目がある。だから、できない者は切り捨てる。そんなダンディが零断のことは高く評価しているのだ。
そのほかにも、零断に助けられた人は皆高く評価する。
フロヌィチは大きく息を吸い、ユニに問いかける。
「だから、彼のことがそんなにも好きなのかい?」
「はい。」
ユニはすぐに答える。
フロヌィチはその返答に満足したのか顔に笑みを浮かべる。
「確かに彼は生半可な道を歩いてきたわけじゃないみたいだね。私はこれから、君たちを援護して行くとしよう。」
「ありがとうございます。」
そこまで会話してからフロヌィチは零断と尻餅をついているゾーラスの方を向く。
試合終了の合図をするためだ。
しかし、その方向には奇妙な光景が広がっていた。
ゾーラスが零断に対して土下座しているのだ。
そして、闘技場にいる誰もが聞こえる声で叫ぶ。
「どうか!わしを君の弟子にしてくれないか?」
それは大ギルドの長がただの冒険者、しかも自分よりランクが低いBランクの少年へ弟子入りの申請だった。
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ユニとフロヌィチが話している間、零断とゾーラスの間でも会話が起こっていた。
「何ちびってんだよ。ゾーラスさん。」
「そんなことはどうでもいいんじゃよ!その魔法、どこで習った?!?!」
足に力が入らないのか尻餅をついた状態でプルプルしながら訪ねてくるゾーラス。
零断の内心は非常に困っていた。
【おっさんのお漏らしを見て、さらに身体をプルプルさせてるところなんか見て誰得なんだよ…】
そんなものを見ても誰も得しないだろう。
「どこにも習ってねぇよ。全部自分で考え、実行した。」
「こ、個人で習得…だと…?」
「ああ。火力を出すためにはどうしても雨雲から作るしかなかったからな。雨雲がある範囲内なら何発でも撃てるぜ。」
あんな高火力の技を何発も…
とゾーラスは絶句する。理論上の“ライトニング”はそこまで火力は出ないが、広範囲に何度も攻撃できる上級魔法と認識していたのだ。
今回の火力はその何発も撃てるのを1発に絞ったから火力が高いと予想していた。
しかし、この火力は通常の1発であり、それが何発も撃てると言う。
絶句するのも無理はない。
「君の神職は…」
「教えるわけないだろ。まぁひとつ言わせて貰えば、俺の神職は雷魔法に関するものではないぜ。雷魔法はただ適性があっただけだ。」
その言葉にさらに絶句する。
ここまでの雷魔法使いならば神職もそれ相応のものだと思っていたのだが、予想は外れていて、神職とは全く関係ないと言う。
「俺より才能あるやつは多分結構いるぞ。俺の弟子にもいるしな。」
「き、君は弟子を取ってるのかね?」
「まぁ、一応な。」
すると、ゾーラスはプルプル震えている足を必死に動かし、正座する。そして、額を地面につけて叫ぶ。
「どうか!わしを弟子にしてくれないか?」
闘技場に響き渡る声で叫ぶ。
零断はそんなの気にした様子もなく即答。
「却下。」
「なぜじゃ!わしを弟子にすれば大ギルドを自由に扱えるのだぞ!しかも大量の金が手に入るんじゃぞ!」
ガバッと顔を上げて抗議するゾーラス。
しかし零断はめんどくさそうな表情をして答える。
「大ギルドに興味ない。カネは必要最低限でいい。弟子を取るメリットがない。」
「ならなぜ他のやつを弟子にした?」
自分が弟子になれないのに他のやつが弟子となっている。おっさんの嫉妬など、誰得か…
「そいつを育てると同時に俺も強くなれるからだよ。」
「わしを育てても強くなれないと言うのか?」
「当たり前だろ。ただの魔法使いが使う技なんてたかが知れてる。まずまず雷魔法の才能が足りないんだよ。」
「な、わしは全属性に適性があるぞ!」
「なら他の属性を伸ばせ。雷魔法の才能は俺から見たら足りないんだよ。そんなに不満があるなら俺の弟子のところに直接向かえばいいんじゃねぇか?ウワラズッレにいるぞ。多分ダンディから保護を受けているクロノってやつだ。あいつに雷魔法の勝負で勝ったら考えてやらなくもねぇぞ。」
「そうか…」
そこでやっと沈黙が訪れる。はぁ…とため息をついた瞬間にまたゾーラスが動き始める。
「ウワラズッレまでは約半年。すぐに戻ってくるとしても一年、か。そろそろわしも歳じゃしギルドを部下に引き継ぐかのぉ。」
零断は思う。ガチで俺の弟子になりたいのか、と。
しかし、おそらくだがクロノにゾーラスは勝てない。
【クロノは俺よりも雷魔法の才能がある。その上に雷の精霊から加護を受けているんだ。生半可なことじゃ負けないだろうな。】
しかし零断は止めはしない。もしかしたらゾーラスが覚醒して強くなるかもしれないからだ。
…そんな確率万に1つもないが。
このようにしてこの事件は幕を閉じた。
後に
『ギルドマスターお漏らし土下座事件』
としてよに語り継がれるのだが、まだそれを知るよしもない。
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その後、フロヌィチが会場をうまくまとめ、解散にした。
零断は零断でなんとなく疲れを感じたのでフワンの訓練である依頼は受けずに宿舎でのんびりすることを選んだ。
それからは特に何もなく終わった。
あるとすれば、フワンに料理の才能があるとわかったことだ。
ユニを真似して作ったはずの料理がユニの味を超えているのだ。
これにはユニが大きく落胆し、
「零断さん。慰めて。今まで自分の取り柄だと思ってたことがどんどん吸収されていくんだ。私の出番がなくなっていってる気がするんだ。これ、結構くるよ。ちょっと、慰めて。」
流石にユニの泣きそうな目で迫られると何も言えず、その日はユニ専用の抱き枕化した零断だった。
そして次の日、朝食を終え冒険者ギルドへ依頼を受けに行く。
ギルドマスターとの戦いも終わったのでやっとこの街に来た本題である謎の病気にとりかかるのだ。
フロヌィチのフェンゲル担当のギルドマスターからの直々の依頼となる謎の病気の解決を始めるのだ。
冒険者ギルドへ入るとその場にいた全員が零断の方を向く。
その視線には様々なものが混じっていた。
畏怖
尊敬
恐怖
憧れ
興味
好意
悪意
しかしその視線を全て無視する零断。相変わらずである。
「すみません。フレンです。ギルマスいますか?」
「少しお待ちください。」
受付嬢の顔も固まっている。昨日のあの戦いを見たら誰でもそうなるだろう。フェンゲル三大ギルドの長を圧倒したのだから。
「やぁ、よく来たね。こちらへ来てくれ。」
フロヌィチは零断一行を招き入れる。
零断一行も、フロヌィチも座ったところで会話が始まる。
「さてと。とりあえず昇格おめでとう。」
「A-ランクに昇格か。」
「いや、違うよ。あれから3人と話してね。特例でAランクまで上げることが決定したよ。ユニ君はA-ランク。フワン君はBランクまで上げることになったよ。」
「ユニは納得だが、フワンはいいのか?」
「ああ。いまは戦闘力がないとしても、すぐに相応の力を手にするっているのが私たちの意見だね。」
「それなら良かった。それで、早速本題に入ろうか。俺たちは今日から謎の病気に関して調べるためにこの街を出る。」
零断とユニだけでなくフワンもランクが上がるのは嬉しい誤算である。これでめんどくさい依頼を受けずにただひたすら敵と戦って実力を上げることができる。
「それに関しての依頼もしっかりと作っておいたよ。確認して見て。」
依頼の内容は実にシンプルで
『冒険者ギルドから最近流行っている謎の病気に関して調べる調査員を派遣した。協力を要請する』
と言うものだ。また、ギルド長であるフロヌィチの印が押されているのでおそらくどの村でも手伝ってくれるだろう。
「これは助かる。ありがとな。」
「もともとこう言う約束だろう。気にしないでいいさ。それよりも、君は冒険者ランクを上げて何がしたいんだ?」
次はフロヌィチの質問に入る。
零断は素直に答える。
「特に何も。あえて言うならば、前にも言ったように、転移者を集めたいんだ。」
「それはその戦力で王国を落とすために?」
「いや、違う。ただ集まるだけだ。そこから元の世界に変える方法を探したり、また同じように転移してしまった人たちをいち早く見つけて保護する機関も作りたいと思ってる。あとは知り合いを見つけたいって言うのもでかいかな。」
「そうか…あ、そういえば君の名前を零断へ戻しておいたよ。冒険者にもその情報が流れてるんじゃないかな?フレンは転移者である零断であり、山脈を越えるほどの力があるってね。」
「無駄に悪い噂が立たないならいいさ。おっさんを漏らさせた男とか、女には手加減するけど男には容赦のない甘いやつだとか言うあだ名にならなくて良かったよ。」
「まぁそれに関してはあの3人のプライドにも影響があるからね。流石にそれほど酷いことは言えないさ。」
そこまで会話したところで零断は切り上げる。これ以上話すことはないという意味だ。
それを理解したフロヌィチは零断達が出て行く前にこう言う。
「君がどういう道を歩むかは全くわからない。しかし、私はその道を支援すると決めた。いつでも相談に来てくれ。役に立とう。」
「そうか。じゃあまた困ったらくるな。」
零断は手をひらひらとさせて別れを告げる。
フロヌィチは零断と話していたソファから自分の椅子に移動して一息つく。
「さてと。フレン君…改めて零断君がこれからどう動くのか。この謎の病気にどのような目的があるのか。楽しみですね。」
フロヌィチは新たな光を見つけてくれた零断の行く先を見据えて面白そうに微笑んだ。
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その頃、アリィたちはついにウワラズッレへたどり着いていた。
途中で帝国の兵士と遭遇し、王国の冒険者カードを見せて納得された。
兵士たちはまた山脈から王国から逃げて来た転移者がくるかもしれないと言われていたらしい。
これは零断の予想をダンディが聞いて保護できるようにした結果だ。
その頃はまだ王女が追って来ていると言う情報はなかったが、あの王国から自分のように逃げてくる人がいないとは限らないと考え、ダンディと共に備えていたのだ。
アリィたちはそのまま兵士にダンディの元へ案内された。
悠太と穂高はもちろんダンディと面識がある。
と言っても、ゲームアカウントとリアルの体は全く違うので誰が誰かなど分かるわけもない。
アリィたちはダンディと対面する。
「まずはキャラ名である。教えてくれるか?」
「ん?である?ダンディ?」
ポンがである口調と言うだけでダンディと予想する。
「そうであるぞ。我を知っているのか。」
「当然さ!相当お世話になったからな。俺はミジューだ。こいつはポンだ。ござるじゃないのは了承してくれ。」
「おお!ポンとミジューであったか!ゼロに引き続き2人が来るとは。最強パーティが揃うのではないか?」
「それができればいいけどな。まぁそれはいい。俺らは出来るだけ早く零断…ゼロと合流したい。今すぐ出発したいんだ。」
「休まないのか?」
「ああ。この赤色の髪の子は訳ありでな。」
赤髪の子はもちろんアリィのことだ。
アリィには人を見る目があるのでダンディが悪人ではないと理解している。
しかし、意外と人見知りなので会話はない。
「そうか。一応今ならすぐに出せるぞ。」
「頼む。あと、おこがましいかもしれないが食料と金をこの宝石と交換してくれないか?」
王国と帝国では金が違うので、金を稼げるようにと宝石を持って来たのだ。
「ほうほう。これは珍しい宝石ばかりであるな。少し時間をくれるか。なに。今日はもう夕方だ。今でても危険になるだけである。」
「そう…だな。明日まで待たせてもらうよ。」
「そうである。零断殿が連れて来た子供たちもいるから関わってみるがよい。」
ダンディは自分の家である後ろの屋敷の庭を目で刺した。
そこには何人かが戦闘訓練を行っている。
「わかった。接触してみるよ。」
ダンディは部屋を用意すると言って屋敷に戻って言った。アリィたち3人はアイテムボックス以外特に何も持っていない。
それは全てアイテムボックスに入るからだ。手軽である。
「それにしても、零断が連れて来た子供たちも…か。」
庭をへ向かう途中にポンがつぶやく。
「子供達を連れて山を登ったってのに俺たちより早いなんてな。さすがとしか言いようがない。」
「そうですね。早くお会いしてみたいです。」
「多分驚くぜ。だって零断は…」
「今、零断兄って言ったー?」
零断は普通じゃないからな
と言おうとしたところに1人の少女がものすごい速さで飛んでくる。
言わずもがな、ティアである。
「お兄ちゃんたち、零断兄さんのことを知ってるの?」
ティアに続いてマサ、チャマ、ムペが続いて近づいてくる。
「ああ。昔一緒にいたからな。」
「つまり、あなたたちは転移者ですか。」
「っ、!へぇ、君、面白いね。」
マサは微笑みながら3人を観察する。
【おそらく危険はない。けど、全員僕たちより強いな。黒髪の2人は転移者だと思うけど、もう1人は違う…というか、何か不思議な気分となる。なんなんだ?】
マサは赤髪の女性、アリィに対して不思議な感情を抱く。それは恐怖ではないが、逆らうことを考えられなくなる主従関係のようなものだった。
「こんにちは皆さん。私はアリィ、アレイクシアです。あなたたちは?」
「ティアだよー!」
「ムペです。」
「…チャマ」
「零断兄さんにリーダーを任されたマサです。本当はもう1人、クロノがいるのですが、現在冒険者の依頼に行っていていません。」
「そうなんですか。あ、彼らは零断様と友達だった悠太さんと穂高さんです。」
「え!あなたたちが悠太と穂高?!?!」
「…まさか会えるとは。」
「え、えっと…」
穂高と悠太と言った瞬間に態度が大きく変化したことに戸惑う3人。
それをみてマサは説明する。
「零断兄さんに昔の仲間のことを話してもらってたんですよ。その話の中で悠太さんと穂高さんの話もありましたからね。本当に会えるとは思ってませんでした。そりゃ強いですよね。」
「ああ。そういうことか。零断のやつめ。子供達に変なこと話してないよな?」
「ポンはちっちゃいー!」
「あいつ!次会ったときにぶっ飛ばす!」
穂高が何か言ってないかと心配になった瞬間、いつものネタがティアから飛んでくる。
そして穂高は零断をぶっ飛ばすと心に決めた。
その後、アリィたちはマサやダンディたちとご飯を食べ、夜はゆっくりと休み、朝一でフェンゲル目指して馬を走らせた。